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今回からレイアウトを変えました。

これまで投稿した分も変えて、少しは読みやすくなったんではないでしょうか?

こうすればもっといいよ、とか、他のやつもやってくれなど、ご意見があればお気軽にどうぞ。



 無事加速スイングバイを終え、虎鉄は順調にスフィーの巡航研究船へと向かっていた。宇宙を飛んでいるという実感がやや薄れてきた頃、通信が入った。


『そろそろじゃぞ』


 ヘルメット代わりに被っているロボ頭部内のモニターが、浮遊している隕石の一つをロックオンして拡大する。分かりやすく赤いマーキングで表示された隕石は、やはりどう見ても宇宙船とは思えなかった。


「本当にこれか?」


『自分の船を間違えるか。疑うのなら、センサーを切ってみい』


 言われるままにロボ頭部を操作し、視界モニターのセンサーをOFFにする。突如隕石が消え、漆黒の空

間にぽっかりと穴が開いた。


「あ、消えた」


『どうじゃ、消えたじゃろ? で、もう一度センサーを入れると』


「お、出た」


 なるほど、これなら間違いない。ロボットにただ運ばれるのに、いささか退屈していた頃だ。ようやく出番とあいなって、虎鉄の腕がボリボリ鳴る。


「しかし……」


 大気中と違い、光が空気で屈折しない宇宙空間では物の見え方もまた違い、十五年間地球だけで過ごしてきた視神経と脳ミソは、初めて体験する刺激に誤作動を起こす。地面に足が着いていない不安定感に加え、遠近感や平衡感覚がおかしくなり、宇宙酔いを起こしてゲロ吐きそうだ。


「これが宇宙船か? デカ過ぎるにも程があるだろ」


 虎鉄の目の前にあるのは、もはやただの岸壁。トンネル工事用の重機を使っても、内部まで穴を掘るのに何週間もかかりそうなほど、全長四キロメートルの隕石は圧倒的に大きい。それを二時間以内に素手でどうにかしろとは、なかなかどうしてスフィーも無茶を言う。


 しかし宇宙船までは何としてでも連れてってやるという広言を、彼女は果たしたのだ。だったらこちらも何とかするしかない。たとえ口約束でも、約束したからには何が何でも守る。それが虎鉄の俺ルールである。


「やれやれ、それじゃあ何とかしてみますか」


『何か策はあるのか?』


「あるわけねーだろ。こうなりゃ俺の拳と隕石、どっちが硬いか全力勝負だよ」


 言うが早いか、猛然と隕石へと殴りかかる。慌てて背中のロボットがバーニアを噴かすが、炎の勢いは悲しくなるほど見る影も無くなっていた。


 だがこちらが行かなくても地球を背にしている限り、宇宙船の方からやって来てくれるのだ。相手の速度を利用して、虎鉄は渾身の一撃を岸壁に放つ。


「せいやっ!」


 無音の世界に響く、破壊の衝撃。虎鉄の会心の一撃は、見事に隕石の一部を破壊した。だがその割合はあまりにも小さく、砂漠の砂をスコップで掬ったほどにも満たない。やはり相手が大き過ぎる。


「おわわっ、どうなってんだこれ!?」


 そして一撃の代償に、虎鉄は無様にも後ろ向きに回転しながら宇宙船から離れて行った。


『馬鹿者、作用反作用も知らんのか』


 すぐさまスフィーがスラスターを制御し体勢を整えてくれるが、見るからにガス欠という感じだ。恐らくあと何度も同じ事はできまい。


「どうした、気合が足んねーぞ」


『非科学的な事を言うな。それにこれ以上エネルギーを使うと、これを機関室で暴走させて船を爆破できなくなる』


「なるほど……っておいちょっと待て。今さらっととんでもない事言わなかったか? 暴走とか爆破って何だよ?」


『制限をかけた船の機関部を暴走させる事はできんからのう。代わりにこれを機関部で暴走させ、誘爆させる。そうすれば如何に巨大な儂の船でも、綺麗に粉微塵となって宇宙の藻屑よ』


「そういう大事な事は先に言えよ。じゃあナニか? 俺は爆弾背負って大気圏突破してきたってのか? ふざけんなよ、下手すりゃ俺まで宇宙の藻屑になるところだったじゃねえか。あ、だからお前地球でこれ脱いで俺に運ばせたんだな?」


『ここまで運んでやったのは儂の方じゃろ。文句ならすべてが終わった後でいくらでも聞いてやるから、今はどうにかしてこれをドラコに気付かれず機関部まで運べ』


「テメー、後で覚えてろよ……」


 不満たらたらで通信を切ったにも関わらず、虎鉄の口の端がにやりと持ち上がる。終わった後で聞いてやる。つまりスフィーは事がすべて終わった後、虎鉄が無事戻って来る事を前提に話をしているのだ。そのぶっきらぼうな信頼が、妙に心地いい。信頼には応えなければならない。それも虎鉄の俺ルールだ。


「だったらとっとと終わらせて、たんまり文句を言ってやるぜ!」

 もうロボットの噴射は期待できない。いや、そもそもここからは自分の仕事だ。虎鉄がやらなければ、これまでの何もかもが無駄になるだけでなく、人類が滅んでしまう。それは、できなければ、でも同じである。


「失敗できない上にアイテムもコンティニューも無しかよ。かなり無理ゲーだな」


 首を右に曲げてこきりと鳴らす。


「けど、それをクリアしたら、超カッコイイよな俺」


 もはや虎鉄に絶望も悲観も無い。目の前に立ちはだかる巨大な壁も、ただ打ち砕くと決めた物体。ならば、今の虎鉄に砕けぬものは何も無い。


 構える、と同時に虎鉄の背中が皮をめくるように開く。飛び出したのは、二基のブースター。いきなり出現した噴射孔ノズルに、おぶさっていたロボットが押されて仰け反る。


『な、なんじゃ? アペイロンの装甲が変形したじゃと?』


 遠隔操作でモニターしていた地上のスフィーは、いきなり虎鉄の背中から飛び出してきたブースターに度肝を抜かれる。何しろ、アペイロンを構成するネオ・オリハルコンに自己進化機能があるなんて、作った本人ですら想定していなかったからだ。原因があるとすれば、恐らく舞哉が構築した内燃氣環か核ユニットによるものだろうが、それでもこのでたらめな現象を起こしたのは、まぎれもなく虎鉄の魂の燃焼だ。


「さあ、ぶち抜くぜ」


 決め台詞と同時に、爆発のような全開噴射。スフィーのロボとは比べ物にならない火力に、危うく背中のロボが噴射の煽りを受けて蒸発しかける。


『なんという火力じゃ。内燃氣環で生産したエネルギーを、そのまま推進剤として放出しとるのか? それ

にしてもこのエネルギー量は……これではまるで、火山が丸ごと小僧の中に入っているようではないか』


 振り落とされないようにロボを虎鉄の足にしがみつかせながら、ちゃっかりデータの採取を怠らないスフィー。そうこうしている間に、アペイロンは再び巨壁に肉薄する。


「おうりゃあっ!」


 一撃。魂を込めた右拳の一撃が岩盤に打ち込まれる。一気に肩まで埋まる右腕。今度は反作用で弾き返されない。背中のブースターが拳をさらに押し込もうと吼えると、隕石を纏った宇宙船の外壁に亀裂が走る。いけるか? モニター越しにスフィーも熱く拳を握る。


 だがそこで虎鉄の動きが止まる。やはり圧倒的な質量の差はどうしようもないのか。物理法則はすべてに等しく作用するから、世界は秩序を保てるのだと嘲笑うかの如く、突き刺さった腕は前に進まない。


 あれだけの大火力を以ってしての一撃も、岩盤の厚さの前に屈した。如何に無敵のアペイロンといえど、質量差や運動エネルギーなどの物理法則には勝てなかったという事なのか。


『これまでか……』


 スフィーの落胆した声がロボ頭を通して虎鉄の頭に響く。科学者という、誰よりも物理法則の無情さに悩まされた彼女だからこそ、無念の篭った悲痛な嘆息だった。


 だがこれで終わったわけじゃない。


「決めるなよ」


『は?』


「俺の限界をお前が決めるなって言ってんだよ」


『何を言う。壁に叩きつけられた羽虫のようになっておるくせに、口だけは達者なものじゃのう』


「達者なのは口だけじゃねえってところを、これから見せてやるよ。ようやくこの身体と宇宙に慣れてきた

ところだ。このままいいとこ無しで終わってたまるか」


 虎鉄の声に、諦めの色は微塵も無い。むしろまだこれからだという闘志すら感じられる。


「燃える魂に不可能はない。俺の限界は俺が決める!」


 これまでも休む事無く噴き出し続けていた背後のブースターが、虎鉄の気合に呼応するように再び吼える。


無限大アペイロンの名は、伊達じゃねえ!」


 この時スフィーの観測機は、アペイロン内に太陽の熱核融合に等しいエネルギーが発生したのを計測した。


「うおおおおりゃあああああああああっ!」


 爆発的な推進力にモノを言わせ、有無を言わさず前に進む虎鉄。右の拳が埋まった体勢から、強引に左の拳をぶち込む。その反動で身体を捻り、岸壁から右腕を引き抜くと、間髪入れず今度は右拳を叩き込む。そして左、右、左、右、と瞬きも許さない速度で拳を打ち込み続ける。


 猛烈なラッシュで掘削機と化したアペイロンは、見る見る壁に巨大な穴を穿っていく。背中から出るバーニアの灯火も、すぐに穴の中に吸い込まれて見えなくなった。

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