16
◆ ◆
聖セルヒオ教会の客室は、今や地球の命運を賭けた作戦の会議室と化していた。虎鉄の身体が大きくなって狭さに拍車がかかり、ややうんざり気味な面々ではあるが、外は風が強いし他に場所も時間も無いので仕方ない。もちろん茶なんて出ない。
「時間が無いので要点だけ簡潔に説明するぞ。宇宙船が衝突回避不可能地点を超える前に儂と
小僧が乗り込んで自爆させる」
「まとめたな~……。もちっと具体的なプランは無いのかよ」
「不確定要素が多すぎて、これ以上計画を固められんわ。そもそも小僧のデータが未知数じゃからな。臨機応変で何とかするしかない」
「何とかって、そりゃ何とかするしかないけどさ。ドラコって奴はどうすんだよ? そいつだって、俺らが乗り込んで来るのを指咥えて見てるわけじゃないんだろ?」
「この星の科学力からして、この短時間で宇宙船に乗り込んで来るとはあ奴も思うまい。それにいま儂の船は、索敵機能が死んでおるからな。上手くすれば気付かれずに侵入できるやも知れん。まあこればかりは運次第じゃがな」
「運悪く見つかったらどうなるんだ?」
虎鉄の何気ない疑問に、スフィーの答えが一瞬詰まる。
「その時は、全力で逃げろ。間違っても戦おうなどと思うな」
「マジかよ? そんなに強いのか、そのドラコって奴は?」
「ドラコは戦闘に特化した人造人間じゃ。アペイロンになったシド・マイヤーならともかく、小僧など片手で捻り殺されるわ。いいか、無駄死にしたくなければ、絶対に奴と戦うな」
脅しでも冗談でもないスフィーの語調に、虎鉄は思わず唾を飲み込む。殺される、という言葉が、生まれて初めて現実味を持って聞こえた。アペイロンになって世界を救うという展開に舞い上がっていたが、これからやる事は文字通り命がかかっているのだということを、虎鉄は改めて肝に銘じる。
「ところで宇宙に行くってのに何の準備もしなくていいのかよ? まさかこの格好のまま行くんじゃないだろうな?」
「心配すんな。アペイロンが宇宙で活動できるってのは俺が保証してやる。なんつっても昔は体一つで連邦宇宙軍の艦隊とやりあってたからな。いやあ、若かったなあ俺も」
「……まあ師匠の若気の至りはともかく、このまま宇宙に行っても問題ないってのはわかったよ」
「まずは船の内部に侵入できねば話にならん。だが儂の今の身体では、エネルギーの容量的に小僧を
連れて船に辿り着くのが精一杯じゃ。船までは何としてでも送ってやるから、後は何とかしてくれ」
期待の篭るスフィーの声に、虎鉄は親指を立てて自信満々に応える。
「ノープログラムだぜ。中に入ればいいんだろ? 任せろよ」
「計画無し《ノープログラム》か。うわ、アホがおる。ウチめっちゃ不安……」
「コイツのこの自信はいつもどっから出て来るんだ?」
「アホは生きるん楽そうでええなあ」
「うるっせ。外野は黙ってろ!」
「そうじゃぞ。お主が変身できてさえいれば、こんな事にはならんかったんじゃ。弟子に尻拭いさせて、恥ずかしいと思え」
「ぐ……、って尻拭いさせてんのはお前も同じだろ!」
「むぅ……」
宇宙人たちのまったく緊張感のないやりとりに、地球人二名は自然と肩の力が抜けていく。
「ほんま、世界の終わりや言うて震えてるんがアホらしなるな」
「終わらせねえよ。だからなんにも気にせずのんびり待ってろ」
「せやな、お茶でも飲んで待ってるわ。だから頼んだで、ヒーローさん」
エリサは笑顔で虎鉄の胸を軽く叩く。こーんと鐘を鳴らしたような音に混じって、ばしゅーっと機関車が蒸気を吐き出すのに似た音がした。
「何だ?」
「なんや?」
二人が異音のした方へと顔を向けると、スフィー(ロボ)の体が携帯電話みたいに腰からぱっくり開いて、中から小学生くらいの少女が出てきた。
「なにいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
「何やてえええええええええええええっ!」
宇宙人の存在や世界の危機よりも遥かに衝撃的な事件に、二人同時に叫ぶ。
「何じゃ、儂の顔に何かついておるか?」
少女は長い銀髪をかき上げると、体をほぐすように思い切り伸びをした。水着のように身体にフィットした服が、ますます幼児体型を強調する。
「え? 何これ? ドッキリ? ごついロボットからめっちゃ可愛い幼女が出てきた……」
「お前もそう見えたか? 良かった、俺もだ。てっきり変身の副作用で幻覚が見えたのかと思ったぜ……」
「誰が幼女じゃ、失礼な! こう見えても儂は十五歳の立派な大人じゃ!」
スフィー(中身)は舌っ足らずのロリヴォイスで怒るが、以前の『プライバシー保護のために音声は加工しています』みたいな声とのギャップで余計に幼く聞こえて全然怖くない。むしろこの天使の声をどう加工したら、
あんな声になるのだろう。宇宙の科学は無駄に凄い。
「十五って俺たちと同い年か……」
「いや~ん嘘や~ん。どう見ても小学生やん。何この超可愛い生き物。連れて帰ってうちの子にした~い」
「ぎゃ~、いきなり何じゃこ奴は! 離せ、離さんか、触るな! おい小僧、ぼ~っと見とらんで助けんか!」
エリサは光の速さでスフィーに抱きつき、嫌がる彼女を体格差と腕力に物を言わせて押さえ込み、無理やり頬ずりしたり全身を撫でくり回す。傍から見ると、大型肉食獣が小動物を捕食しているようにしか見えないが、これが可愛いもの好きの彼女のいつもの愛で方である。
「お~、ようやく俺の知ってるスフィーに会えたな。しかしお前、全然デカくなってねえな。もっとメシ食って外に出て運動しろ」
なるほど、これが『メカっぽくない頃のスフィー』か、と舞哉に首根っこを掴まれてエリサから助け上げられているスフィーを見て、独り納得する虎鉄。
「コイツ昔っから頭はいいんだが、この若さと見てくれだろ? 変なコンプレックス持っちまって、すぐ何かに引き篭もりやがる」
「いや、引き篭もりってそういう意味やないから。少なくともロボットの中に篭る事やないから」
「フン、愚昧な者どもは肩書きで勝手に理想を持ち、勝手に見てくれに幻滅しよる。儂はその煩わしさから開放されるために、それっぽい器に篭っておるだけじゃ」
「まあ確かに宇宙一の頭脳とか言われても、これじゃあ説得力ねえよな。人間見た目じゃねえってのを知らない奴が多くて、お互い苦労するぜ」
「師匠は見た目そのまんまだけどなー」
見た目で損をするというスフィーの気持ちは、虎鉄にはよく分かる。身体が小さいというだけで、他人は彼を軽く見る。若いというだけの理由で宇宙一の頭脳を疑われてきた彼女は、きっと虎鉄などとは比べ物にならない苦渋や辛酸を舐め続けてきたのだろう。
「ええい、いつまでグダグダやっておる! 時間が無いと言うておろうに」
「で、ロボから脱皮してどうするんだよ?」
「どうするも何も、これからコイツが大気圏を突破してお前を宇宙まで連れて行くんじゃ。儂が入っておったら危ないじゃろう」
「そりゃそうだけど、このロボ、お前が入ってなくても大丈夫なのか?」
「遠隔操作できるから問題ない。それに儂は地上から指示を出したり、他にやる事があるのでな。なに、ちゃんと宇宙船まで運んでやるから心配するな」
それと、とスフィーはテーブルの上に置いてあったロボットの頭部を虎鉄に投げて渡す。
「それを被って行け。いま儂の船は迷彩装置が作動しているから、そんじょそこらの探査装置では見えん。それに宇宙で必要な通信装置とその他便利機能を追加して、小僧でも扱えるように調整しといてやったから、後で試
すがいい」
「なるほど。見えないと捜しようもないし、宇宙じゃ声は届かないからな」
「さあ、作戦開始じゃ! 小僧、気張って行けよ!」
握り拳を天に突き出すスフィーの号令で、ついに作戦が始まった。




