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「変身できない、じゃと……?」
「じょ、冗談だろ? さすがにそれは笑えねえよ」
舞哉の表情に道化たところは微塵も無く、とても嘘や冗談で言っているとは思えない。つまりこれは、紛れもない真実。
「だから昨日言っただろ? 勝負は“無理”だって」
「あ……」
思い返してみると、舞哉にスフィーの勝負を受けるかどうかと訊ねた時、確かに“無理”と言った。駄目でも厭でもない“無理”だと言ったのは、自分にはもう不可能だという意味だったのか。感情に流され、師の深い思惑を汲み取れなかった事に、今さらながら虎鉄は自分が恥ずかしくなる。
「儂の露骨な挑発に乗って来ないのでおかしいと思っていたが、よもやお主が変身できなくなっておったとはな……。それで、原因はなんじゃ?」
「冷めちまったんだろうな」
「ほう」
「お前も知っての通り、アペイロンの動力源となる内燃氣環は、魂の燃焼によって無限のエネルギーが発生する。だが肝心の魂が燃えなければ、ただのゴミだ」
「魂が燃えなくなったか」
「お前と一緒にアペイロンを作って宇宙最強となったあの日、俺は震えたね。これで俺の正義を邪魔する奴は居
なくなったって」
「正義……」
正義という言葉に反応する虎鉄。心に刺さった棘は、まだ昨日の今日でちくりと痛む。その様子を見て、舞哉は自嘲するように口の端を持ち上げた。
「俺もまだ青臭かった頃よ。力さえあれば何でもできると信じていた。その結果、連邦宇宙軍や宇宙連邦治安維
持局に追い回されるハメになろうとも、それはそれで本望だった。だが――」
「その宇宙連邦治安維持局が不正を働いていた、と」
「それに気付いた時、俺は何が正義か分からなくなった。たしかに正義には力が必要だ。力の無い正義は無意味だからな。しかし力で相手を屈服させると、相手はより強い力で反撃してくる。そうなるともう、いたちごっこだ。相手より強い力を追い求めるようになり、しまいには正義を忘れ、道を外れちまう。そうなったらもうおしまいよ」
「それで冷めたか。まあ無理からぬ話よのう」
元から熱い男だった。それが正義に燃え、燃える魂を燃料に得た無限のエネルギーと力で、宇宙狭しと駆け巡った。その結果見たものが、心を凍らす世界の不条理と闇。若さという暴走を停める、社会の洗礼。夢を砕く現実の壁。そして醜い力の応酬。その醜さは彼の心の炎を消し、無意識に力を拒絶させた。
そうして舞哉は己の正義を見失い、
魂の炎が消え、
変身できなくなった。
「あとは想像つくだろ。変身できない俺には、逃げる他に手が無かった。長い逃亡生活の間に相棒を失い、そうして偶然流れ着いたのがこの星ってわけよ」
「師匠……」
「お前と出逢ったあの時が、俺の最後の変身だ」
金色の鎧を纏った騎士のような雄々しき舞哉の姿は、今でも鮮明に虎鉄の瞼に焼き付いている。だがあれは燃え尽きようとする宇宙船から脱出するための、死に物狂いの変身だったのだろう。地上に降り立ち、舞哉が変身を解いたその場に居合わせたのが、少年の日の虎鉄だった。
その虎鉄も今、己の正義を見失い変身できずにいる。何という運命の皮肉であろう。
「……もし本当にコイツと闘う事になってたら、変身できないのにどうするつもりだったんだよ?」
「正直に話して、俺の命はくれてやるからこの星は勘弁してやってくれって頼むつもりだったんだが……せっかく覚悟したってのに、無駄になっちまったようだ。すまねえな、俺が来ちまったせいでこの星が狙われて」
自嘲気味に笑う舞哉の貌はあまりにもあっさりとしていて、死を受け入れた悟りのようなものを匂わせる。
「フン、変身できないお主を倒しても、何の自慢にもなりはせんわ。もしそうなっていても、見逃してやるから安心せい」
「そいつはどーも。しかしそのドラコって奴には話し合いは無理そうだな」
「その選択肢すら無いわ。あ奴はお主を殺すためだけに儂が作った、謂わばお主抹殺専用機じゃ。だからあんな機械人形にお主が倒されるくらいならいっそ儂の手で、と思って案内を申し出たのじゃが、ミイラ取りがミイラになるとはこの事かのう」
「力を追えば、必ずそれ以上の力に追われるって事よ。俺はな、虎鉄。お前にはそうなって欲しくなかったんだ」
お前は俺みたいになるなよ。その一言にはかつて力を求め、得た力によって色んなものを失った男の、血を吐くような痛みが込められていた。
「初めて会ったあの日のお前は、俺の失った何かを思い出させてくれそうな気がしたんだぜ」
舞哉は虎鉄にかつての自分を重ね、かつ何かを求めていた。またも期待を裏切る不出来な弟子で、本当に心苦しい。
と同時に虎鉄は疑問に思う。舞哉の言う通りただ力を追い求めていては、いずれ手痛いしっぺ返しを喰らうのは道理。だが力とは、本当にそれだけのものなのだろうか。威を示し、敵を討つだけの力を、自分は欲しかったのだろうか。
握り締めた拳に目を向ける。幾度となく皮が破れ色が変わり、何度も骨を折っては治るを繰り返してすっかり形が変わった無骨な拳骨。けれどこうなったのは、純粋に武道の鍛錬などではない。これは虎鉄の怒りの歴史。彼がこれまで怒りの中で、己の弱さを呪った結果が今のこの拳だ。相手に勝てなかった怒りではない。大事なものを守れなかった自分への怒りだ。止め処なく湧き上がる自身への怒りを抑えきれず、だが誰に向ける事もできず、ただ闇雲に無機物の壁や地面に叩きつけ続けた結果だ。
その歪な拳が問いかける。本当の強さとは。力とは何か。
答えは未だ出ていない。




