12
「と、いうわけじゃ」
昨日と同じ教会の客室。
昨日と同じ顔ぶれ。
昨日と違う所があるとすれば、夕刻ではなく朝だという点と、これまでの経緯を語るスフィーに首から上が無く、どこに行ったかといえば脱いだヘルメットのようにテーブルの上に鎮座しているくらいか。彼女が喋るのに合わせて眼がピカピカと点滅するあたり、どうやらまだ本体と何かが繋がっているようだ。
「何が『と、いうわけじゃ』だよ。思いっきり裏切られてるじゃないか。しかも頭取れてるのにピンピンしてるし。色々とおかしーだろ」
「勘違いをするな。最初から互いに信用しておらんかったのだから、裏切るもへったくれもないわい」
「偉そうに言うな。っていうか裏切るの分かってて裏切られたのかよ。どんだけ間抜けだよお前」
「つまり、そのドラコって奴の目的は、最初っから俺とお前の始末だったって事か。騙した上に不意打ちたあ、宇宙連邦治安維持局も焼きが回ったなあ」
足をテーブルの上に投げ出し、手を頭の後ろで組みながら、ギシギシと椅子を軋ませる舞哉。まるで他人事だ。
「じゃあ、すぐにでもあいつがここに乗り込んで来るのか?」
「慌てるでない。逃げる際、咄嗟に船の主制御に制限をかけてきた。儂の制限は完璧じゃから、これで誰も船に出入りはできん。たとえ持ち主の儂であろうとな」
「お前も入れないのかよ……。まあ船に閉じ込めたと考えればいいか」
「じゃがの……」
「おいおい、また何か間の抜けた事をやらかしたんじゃないだろうな?」
「昨日儂が留守にしとった隙に、あ奴に船の機能を若干乗っ取られたようじゃ。ほとんどの機能は制限できたが、船の操縦系と通信系は完全に制限しきれんかった……」
「何だ、それくらいなら――」
「そいつはちょっと拙いな」
安堵する虎鉄とは裏腹に、舞哉は重々しく呟く。
「ん、ん、んん? どういう事だ?」
「つまり、現時点であ奴が取れる行動は二つ。通信機を使って援軍を要請するか、儂の船を使ってこの星もろとも儂らを始末するかじゃが、まあ前者は無いと見て良いじゃろう」
「え、何それ? ちょっと意味がわからない」
選択肢は二つだが、舞哉たちに時間を与えると逃走する危険があるため、援軍を呼ぶという選択肢はないだろう。だとすると二人の居所を知らず、宇宙船から出られないドラコが任務遂行をするためには、己の命を顧みずに宇宙船ごと特攻をしかけて惑星ごと始末するのが一番手っ取り早く確実だ。恐らく今頃は全速力で宇宙船を地球にぶつけるべく操作しているだろう。
「おいおい、特攻っていつの時代のアレだよ。そもそも宇宙船ごと地球に衝突したら自分も死ぬだろ。そこまでして何になるってんだよ。人間、死んだら何にもならないぜ?」
「もともとドラコは人間ではない。あれは昔、宇宙連邦治安維持局に依頼されて儂が作った人造人間じゃ。機械に死の恐怖や慈悲などありはせん。ただ与えられた任務を着実にこなすためのプログラムがあるのみじゃ」
「自分が作ったもんに裏切られてんじゃねーよ! お前バカだろ? 絶対バカだろ?」
「やかましい! ちゃんと儂よりちょっとだけ弱くなるように作ったわい!」
宇宙連邦治安維持局のお墨付きで資金も潤沢だったから思わず全力で作ってしまったとはいえ、いくらスフィーでもそこら辺の危険予測はきちんとしてあった。しかし昨夜、ドラコはスフィーの装甲を紙のように易々と手刀で切り裂いた。つまり、宇宙連邦治安維持局は後からドラコに何らかの強化を施したに違いない。だが、彼らの技術力でそれができるかは甚だ疑問である。となると――
「儂が思うに、宇宙連邦治安維持局は封印した兵器の技術を極秘で自らに流用しておるな」
「だろうな。俺も薄々そう思ってたぜ。何せあいつら、ぶっ壊す度にバージョンアップしてきやがったからな」
「お主も気付いておったか。きっとそれも含めて、宇宙連邦治安維持局は儂らを生かしておけぬようじゃな」
「口封じか……。畜生、汚い真似しやがって。っつーか関係ない俺らまで巻き込むなっつーの」
「前にも言ったが、この星はまだどこの機関にも認められてないからな。侵略しようがぶっ壊そうが誰にもお咎め無しだ。諦めろ」
「諦められるか!」
テーブルをひっくり返さん勢いで立ち上がると、急激に脳から血が下がって軽い貧血に陥った。だがむしろ血の気の多い虎鉄には好都合だったのか、彼には珍しく良い所に気がついた。
「この星もろともって言っても、たかが宇宙船だろ? 人類を滅亡させるのに、隕石でも直径二キロメートルの大きさが必要なんだぜ。地球をぶっ壊そうなんて思ったら、それ以上じゃないとな」
昨日知ったばかりの知識を得意げに語る男、虎鉄。彼の持つ知識では、現実の宇宙船といえばまずスペースシャトルだ。フィクションを入れるととんでもない数になるが、それでも全長が二キロメートルを超える船というのはそうなかなかあるものじゃない。あるとすれば宇宙戦艦くらいだが、スフィーはずっと“船”と言っていた。その言を信じるなら、きっとそう大きくはないだろうと高を括っていたが――
「……すまんな小僧。儂の船は全長四キロメートルあるんじゃ」
そう言ってスフィーが出したALFには、小惑星にしか見えない巡航研究艦が、ご丁寧に比較対象物と並んで分かりやすく表記されて宇宙に浮かんでいた。
「何だよコレ? どう見てもちょっとした星じゃねーか! こんなただの隕石を船って言うなよ、紛らわしい!」
「儂がどんな形の船に乗ろうが、他人にとやかく言われとうないわ。それにこの隕石からは鉱物資源が直接採取できるし、うっかり迷彩装置を切っていても向こうからは巨大な隕石にしか見えなかったりと、何かと便利なのじゃ」
「まさか昨日の謎の巨大隕石ってお前の船か? おかげで世界の一部が大騒ぎだったじゃねえか!」
「あ……えっと、…………ごめんね」
意外にも素直に謝るスフィー。
「あ、でも今は迷彩をかけたまま制限がかかっとるから、これ以上騒ぎにはならんと思うぞ。あ奴もわざわざ解除して混乱を起こしても、何の得にもならんだろうしな」
「すると俺たち以外は何も知らないまま最期を迎えられるってわけか。知らぬが仏ってのは言い得て妙だな」
神父の格好をして仏と言われても説得力に欠けるが、たしかにこれ以上無用な混乱が起きないのは不幸中の幸いか。せめて自分たち以外の人々、特に家族や友人だけは何も知らぬまま、恐怖も絶望もなく最期まで日常を生きて欲しい。
「それで、その宇宙船が地球に衝突するまでには、具体的にどれくらいの時間がかかるんだ?」
舞哉の問いに、スフィーはひのふのみと呪文じみた言葉を唱えながら指を折って数える。
「儂の計算では……そうじゃな、あと三時間強といったところじゃ」
「さ、三時間? 冗談だろ? めちゃめちゃ時間ねーじゃねーか」
「だから一刻を争うと言ったじゃろう。正確にはあと三時間で衝突回避不可能になるという意味じゃ。だからそれまでに何とか手を打たんと、何もかもおしまいになってしまうぞ」
残された時間のあまりの短かさに唖然とする虎鉄。人類滅亡、地球崩壊までに残された時間がたったの三時間。今から何かをするには、絶望的に時間が足りない。
「そうだ、師匠が乗って来た宇宙船を使えば、こっちから向こうに攻め込めるんじゃないのか?」
「なるほど。あ奴がこの星に特攻をかける前に乗り込んで決着をつければ、万事丸く収まるわ。小僧のくせに、なかなか良い所に目をつけよる」
「フ、褒めても何も出ないぞ。で、師匠。師匠の宇宙船は今いずこに?」
期待を込めた二人の視線が舞哉に集まる。と言ってもスフィーの頭は現在動かないので、実質見ているのは虎鉄だけだなのだが。
「あ~、俺の宇宙船な。うん、それなんだが……」
「うんうん」
「なくなっちゃった。てへぺろ」
むさいオヤジがウィンクをしながら小さく舌を出しても、可愛くないどころか殺意が湧く。
「ぶっ飛ばすぞオッサン……」
殴りたい。黒い衝動に塗り潰されそうになる心を必死に抑え、虎鉄は震える拳を何とか収める。
「なくなったじゃと? 何故じゃ?」
「連邦宇宙軍や宇宙連邦治安維持局とやりあってる間にあちこちガタが来てな。この星に不時着する際、大気圏突入時の衝撃に耐え切れず爆発した。まあどうせ地球人にはオーバーテクノロジーだから、処分するにはちょうど良かったんだがな」
「なるほど、それは致し方ない」
「仕方ねーじゃねーよ。宇宙船なしにどうやって宇宙まで行くんだよ。終わりだよもう! 人類滅亡だよ!」
「慌てるな小僧。まだ最後の希望がある」
「何だよそれ? そんなのがあるのなら早く言えよ」
「貴様は自分の師匠が誰なのかを忘れたのか? かつて宇宙最強と呼ばれたのは、伊達ではないぞ」
そうだ。まだ希望は残されている。こちらには最強の切り札があったではないか。アペイロンならば宇宙船や
小惑星の一つや二つ、何とかしてくれるに違いない。
「お~……っていやちょっと待て。どうやって宇宙船の所まで行くんだ? アペイロンって空飛べるのか? いや、飛べたとしても、宇宙まで行けるのか? 師匠、ソコんとこどうなんだ?」
「ん? いや、ま~ちょっと言い難いんだけど……」
「心配するな。それに関しては儂にちょっとした策がある」
「俺さ、もう変身できねーんだわ」
まさかのカミングアウトに心停止する二人。さようなら地球。ごめんね人類。切り札だと思っていたら、実はハズレくじでした。




