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 地球から離れること約八十万キロ。宇宙の彼方に浮かぶ見た目隕石な巡航研究船内にて、光素子変換で転送されたスフィーが最初に見たのは、操縦盤コントロールパネル前に据えられた彼女の椅子に、我が物顔で座っているドラコの姿だった。


「おっと、これはお早いお帰りで」


「貴様、儂の席で何をしておる」


「座り心地が良さそうだったのですが、そうでもなかったようですね」


 ドラコは悪びれる風もなく、席を立ってスフィーに椅子を譲る。巨体のロボがどっかりと座ると、シリンダーが鼻息荒く軋んだ。


「それで、奴の首はどこに? こうして無事帰って来たという事は、当然勝ったのでしょう?」


「勝負は明日じゃ」


「は?」


「五年ぶりに会ったら腰抜けになっておったからのう、発破をかけるつもりで勝負せねば星ごと潰すと言ってやった。これであ奴も明日までには覚悟を決めるであろう」


「はあ……」


「何じゃ、その厭そうな物言いは」


 あからさまに納得できないという口ぶりに、スフィーは仮面の下で唇を尖らす。


「私なら、そのような好機を逃しはしませんがねえ」


「フン、貴様のような無粋者には理解できまい。儂はな、本調子でない相手に勝っても何も嬉しくはない。それがかつて、自分が手がけた兵器でもな」


「ああ、たしかアペイロンの核ユニットの一部は、博士の研究でしたっけね」


「儂が手を貸したのはネオ・オリハルコンだけじゃ。それ以外はすべてあ奴の研究の賜物よ。しかし儂は、儂以外の者が作った兵器が宇宙最強を名乗るなど我慢できん。だから必ずこの手で潰してやる」


「……大人げないって言うか、子供っぽいですよ。その発想は」


 アペイロンの核ユニットとは、簡単に言うと制御装置とそれを包むナノマシン化されたネオ・オリハルコンの集合体である。


 ネオ・オリハルコンは、かつてスフィーが連邦学術院に在籍していた頃に開発した、硬化テクタイトの数千倍の硬度を持つ合金で、その特性は与えられたエネルギーの量に比例して硬度を自在に増減するなどがある。


 彼女はネオ・オリハルコンをさらに発展させ、ナノマシン化に成功した。ナノマシン化したネオ・オリハルコンは、制御ユニットから出される指令によって様々な形状に変化する事が可能となり、可変合金となったネオ・オリハルコンの用途は、爆発的に広がるはずだった。


 だが完璧な発明だと思われたネオ・オリハルコンにも、重大な欠点があった。稼動させるのに莫大なエネルギーが必要なのである。コップ一杯分のネオ・オリハルコンを稼動させるのに、小型の発電所なみのエネルギーが必要で、バケツ一杯分ともなると、戦艦などに搭載されている対消滅機関級の発生エネルギーが必要となる。つまり、超がつく大飯喰らいなのだ。


 いくら用途が幅広くても、コストパフォーマンスが悪くては話にならない。仮に戦艦の装甲に使うとしても、船体をすべて覆うほどのネオ・オリハルコンを稼動させるとなると、いくら最新鋭のダークマター駆動機関であっても機関部だけで船の中が埋まってしまう。おまけにそれだけの機関を以ってしても、発生するエネルギーのすべてが装甲に食われるので、主砲はおろか動く事すらできなくなり、戦艦の意味を成さない。結局、べらぼうなエネルギー消費で最高の防御力を得るよりも、性能は格段に落ちても従来の装甲でそこそこの用を足せば良いという結果に落ち着くのであった。


「しかし兵装とは言え、ネオ・オリハルコンの装甲を稼動させられる内蔵型小型駆動機関を、まさか博士以外の人間が開発できるとは……」


「“内燃氣環ソウルジェネレーター”。魂の燃焼が無限のエネルギーを生むと、あ奴はぬかしておったわ。儂は魂とか精神とか、数値でデータ化できんものはまったく信用しなかったが、よもや完成するとはな……」


 純然たる科学者のスフィーにとって、舞哉の持ち込んだ内燃氣環は畑違いもいいところで、カテゴリとしては対極に近いオカルトみたいな位置に存在するそれを、彼女は内心小馬鹿にしていた。あんなガラクタ、まともに動くわけがないと。だが彼女の胸中をよそに内燃氣環は、ついには彼女にもできなかったネオ・オリハルコンを完全稼動させるという快挙を成し遂げた。あの時の屈辱は、今でも忘れられない。


 こうして完成したアペイロンの核ユニットによって、舞哉は宇宙最強の名を手に入れた。


 だがその代償に宇宙連邦治安維持局に追われる身となり、やがて消息不明となった。誰もが死んだと噂したが、スフィーは彼を探し続けた。目的はただ、屈辱を晴らすためだけに。そのためにアペイロンよりも強力な兵器を開発したのだが、そのせいで彼女も宇宙連邦治安維持局に目をつけられてしまったというのは、先にも記した通りである。


 さりとて、三年越しの祈願が明日果たされるとなると、スフィーの機嫌も良くなろうというもの。自分の椅子にドラコが座っていた事などすっかりどうでもよくなり、鼻歌がこぼれる。さりげなく背後に回られたとしても、普段ならどやしつけるところだが、今日に限っては怒りも湧かない。


「おや博士、ご機嫌ですな」


「当然よ。明日には宇宙最強の称号が儂のものになるんじゃからのう。貴様もしかと見ておけ。儂があ奴を倒すその瞬間をな」


「いや~残念ですが、そういうわけにもいかんのです」


「む? どういう事じゃ?」


「それはですね、博士の望みは実現しないからですよ」


「どうしてじゃ?」


「貴方の役目はここで終わりだからです」


 次にスフィーが何かを言う前に、ドラコの右手が一閃する。


 スフィーの頭が宙に舞った。

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