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宇宙は無限のフロンティア。

多少の科学考証のミスは笑ってご容赦を。

 宇宙に浮かぶ青い宝石、地球。


 などと思っているのは、地球人だけである。


 操縦室コントロールルームのメインスクリーンに映し出された、わざとらしいくらいの青と緑で彩られた地球を見て、スフィーはただ一言、くぐもった電子音声で感想を洩らした。


「……ちんけな惑星ほしだ」


 排気音に似た溜息が響く室内は薄暗く、スフィーの座る操縦盤コントロールパネル正面にある巨大な主映像メインと、彼女の周囲に浮かぶ十を越える14インチテレビモニターサイズの副映像サブが、安酒場のネオンみたく色鮮やかに明滅し、彼女の全身金属外殻フルメタルボディを照らしている。


 副映像に映るのは、主映像に映し出された惑星の細かな走査情報スキャンデータだ。惑星の重力、大気の成分、気候、気温、湿度など様々な情報が目まぐるしい速度で羅列され、記録されている。しかし副映像たちの中には、若い女性の気象予報士が日本各地の天気を予報していたり、インターネットの匿名掲示板のスレッドを片っ端から開いているのがあったりで、まるで一貫性が見られない。それどころか真面目に情報収集をしているのかさえ、少しばかり怪しい。


 だがスフィーはそれらの情報を、最初にちらりと流し見しただけだった。そもそも彼女にとって、大気や重力などは問題ではない。全身金属外殻の彼女は、その気になれば今すぐ手ぶらで木星の中心部へとピクニックできるのだ。それでも手順セオリー通りあらゆる情報を収集しているのは、これからこの惑星に降下するのだから、少しでも知識や情報があった方が良いだろうという常識的な判断だけでなく、研究者としての本能と言うか、さがのようなものなのだろう。変なもの、変わったものは調べたい。誰だってそうだろう。彼女だってそうだ。そして調べた内容が気に入らなければ、興味を失ってもいいはずだ。別にこれは仕事でも、学校の宿題でも何でもないのだから。


 まず第一に彼女をうんざりさせたのは、未開惑星特有の原色むき出しの外観である。これだけで、この惑星の住人が自然を支配コントロールできない低い科学力の持ち主だと判る。


 第二に、この惑星の住人が自分と同じ有機ヒューマノイド型知的生命体でありながら、こんな宇宙港も軌道エレベーターもオービタルリングも衛星プラントもない、あまつさえ最も近い衛星に都市も建造できない低レベルな科学力しか持っていない事だ。


 こんな星、旅行代理店が組む格安ツアーのシャトルが寄るサービスエリア《SA》以下ではないか。いや、むしろ人工的に環境改造コーディネイトされたSAの方が、よほど上等だと言えよう。


 許せない。科学という最も素晴らしい叡智に出会いながら、それを探求し極めようとせず、何も考えず本能だけで生きる動物の如く、自然の営みに左右される原始的な生き方をするなんて、科学至上主義である彼女には理解できない。それともこの惑星の住人はまだその域に達しておらず、未熟な科学力でありながらそれなりに満足した日々を過ごしているのだろうか。だったらむしろ滅ぼしたい、そんなぼんくら生物。


 なのでスフィーにとってこの惑星はもう嫌悪の対象でしかなく、宇宙連邦にも属さないど辺境のサル山惑星など、気に入らないという理由だけで簡単に滅亡させても良いのだが、そうもできない第三の理由が彼女をより一層うんざりさせている。


「……あ~あ~、やだな~、降りたくないな~。くそ~、こんな未開惑星に逃げ込むなんて、嫌がらせか?」


 溜め息とともに情けない声が出るが、それでも彼女はこの惑星に降りなければならない。人を探しに。


「でもやっとここまで来たんだし、今やめたらこれまでの苦労が全部水の泡だからなあ……」


 スフィーがその人物の居所を突き止めるのに、彼女の能力を以ってしても実に三年の月日を費やした。仕方がない。何しろ宇宙は広いのだから。むしろ全宇宙の中からたった一人を、よくぞ見つけたものだと言えよう。そしていざ見つけてみると、なるほどここまで辺境の、宇宙の果てと言っても過言ではないような未開の惑星が逃亡先というのはなかなか理に適っている。


 何しろどうしようもないほど僻地なので、まず原住民に顔は割れていないだろう。よしんば正体に気付かれたところで、タレ込みようがない。恐らくこの惑星には量子共鳴通信などという高等な通信技術は存在しないだろうし、旧式の光速通信では連邦宇宙軍ユニオン宇宙連邦治安維持局ピースメイカーに届く前に、通報したヤツどころか星が寿命を迎えている。


 かくして古来よりフィクションなどで見かける“スネに傷持つヤツぁ田舎に逃げる”の法則は、このように何かと理に適っているのである。


 だが三年越しの悲願が達成して喜んでいたのも束の間、何と今度はスフィーが探される側になってしまった。しかも正確には指名手配である。


 宇宙連邦治安維持法には――個人が所有するには大き過ぎる力(兵器・発明・能力など)は、宇宙連邦治安維持局によって規制・接収もしくは管理されなければならない。またこれを拒否する者は、如何なる理由があろうとも処罰・処分または処刑される――とある。今や子供でも知っているこの一般常識を、あろう事かこの女は知らなかった。そもそも知ろうともしなかった。そして自らの能力をフル活用して作ったものが、件の法令にずっぽし引っかかっていたのだ。


 要はこの女、頭はいいがアホなのだ。


 専門的な事――こと勉強や研究に関しては超一流だがそれ以外の事、一般常識や社会のモラルなど自分が興味のない事に関しては一切脳のキャパシティを割かない。あらゆるパラメーターのうち一部分だけがべらぼうに突出し、紙一重どころか天才とキチガイの境界線を日常的に反復横跳びで往復しているような女なのだ。



 スフィーはとりあえず降下した後の行動に最低限必要な、言語と一般常識の情報を圧縮する。十秒とかからず、膨大なはずの情報は残らず彼女の仮想脳の中にインストールされた。これで彼女はこの惑星のすべての言語を操ることができるし、あらゆる文化について造詣が深くなった。


 続いて念のために同じ情報素子で構築したナノマシンを生成し、バックアップとして体内に投与しようと思ったところで、突然背後で声がした。


「これが奴の逃げ込んだ惑星ですかな?」


 いつ室内に入ってきたのか、まるで感知できなかった。何気ない風を装ってゆっくりと振り返ると、ドラコ=フォルティスが仁王立ちして主映像を見ていた。


 そして軽口を叩くように発した次の言葉は、奇しくもスフィーが洩らした感想と同じだった。


「ちんけな惑星だ」


 ドラコは宇宙連邦治安維持局員のシックな制服ではなく、戦闘用防護服タクティカルスーツを着込んでいた。そのいでたちや太い首と手足と、二メートル近い高さにある刈り込んだ頭は、どう見ても役所の人間ではなく連邦宇宙軍の軍人だ。しかしスフィーは彼がれっきとした宇宙連邦治安維持局員だという事を知っている。何故なら宇宙連邦治安維持局には役所的な事務処理をする機関と、先の条文にある“処罰・処分または処刑”を実行する機関があって、その実行部隊のナンバーワン処刑人が彼であり、彼に検挙されたのがスフィーその人なのだから、いくら彼女が世事に疎くてもこればかりは知らないわけがない。


 今回ドラコが同行しているのは、スフィーと宇宙連邦治安維持局との間に司法取引が交わされたからだ。自分の罪を免除する代わりに他の違反者の居所を提供したのだが、信用されなかったのかこうして道案内をさせられている。しかも自分の宇宙船で。かかる諸経費も当然のように出ない。宇宙連邦治安維持局も意外とせこいところがある。


 まあ金の話はさて置いて、自分の研究所に呼びもせぬ官憲が居座っている居心地の悪さが、彼女をうんざりさせる最大の理由だ。


「ところで博士――」


 スフィーが醸し出す倦怠感をものともせず、ドラコが声をかける。ちなみにスフィーは正確には博士ではないのだが、ドラコごときに名前を呼ばれると虫唾が走るので、自分の事は博士と呼ぶようにと出発前に決めておいたのだ。


「ずいぶんと目的地に近づきましたが、もちろん船の迷彩装置は作動しているのでしょうね?」


 どきりとした。思わず飛び上がりかけたが、辛うじて踏みとどまる。いや、本当は頭をぶつけるほど飛び上がったのだが、幸いドラコに気付かれなかっただけの話だ。


 さて迷彩装置だが、はっきり言うとまったく動いてない。完全に失念していた。こんな原始的な惑星には、大した観測能力などないだろうと高をくくっていた。なので跳躍航行ワープによって生じる重力変動や中性微子ニュートリノも偽装していない。しかしこれらは向こうに観測技術がなければ大した問題ではない。


 だが冷静になって考えると、いくら下等な惑星でも人工衛星を打ち上げる程度の科学力がある以上、そこそこは宇宙開発が進んでいると見るのが妥当だろう。となると、少なくとも宇宙を観測するための機器や装置を有しているわけで、下手をすると向こうもこちらを見ている可能性がある。なにせ今現在この船は丸見えなのだから。


 これは拙い。もし向こうがこちらの宇宙船を捉えたのだとすると、恐らく今頃は悪ガキに小便を流し込まれた蟻の巣のように上を下への大騒ぎになっている事だろう。これでは事を極力穏便に済まそうという計画そのものが台無しになる。


「……そ、それくらい言われるまでもない。余計なお世話だ」


 できるだけ平静を装いつつ、ドラコに見えぬ角度で制御盤を操作。船体の迷彩装置をONにする。これで船は物理的干渉以外のあらゆる感知を受け付けなくなった。


「たしかに。連邦学術院アカデミーきっての才媛、しかも全宇宙に歴代七人しか存在しない最高峰の頭脳の

証、『魔法使い《メイガン》』の称号を持つ貴方が、まさかこんな初歩的なミスをするはずがありませんな。失礼、無用な節介でした」


 ごつい肩を揺らし、ドラコは快活に笑う。本人に皮肉を込めたつもりは無いだろうし、そのまさかがあるとは夢にも思うまい。宇宙最高の頭脳を持ち、全長四キロメートル、最大幅三キロメートルの小惑星をそのまま利用した巡航研究艦ラボシップの持ち主――スフィー=ファウルティーア=ゲレールターが、ここまで間の抜けた人物だとは。

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