千客万来
メタルマに滞在できたのはたったの一日半、ある程度の目処がついたのでローザラインに戻された。城外の転移ポイントに辿り着くと、衛兵の一人が俺に気付いて駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ、宰相様。第一秘書官のドゥーマン様より言伝を伺っています。戻られましたらすぐに迎賓館にお越しくださいますようにとのことです。」
「迎賓館?」
ここ一週間の内に要人が来訪する予定は聞いていない。となると急遽来訪してきたことになる。なぜメタルマに直接連絡を寄越さなかっただろうか。
「あの~、宰相様?」
「ああ、なんでもない。すぐに迎賓館に向かいます。職務を続けてください。」
衛兵から離れて急ぎ足で迎賓館へと歩く。二人ほど兵士が黙って護衛についてきた。面倒だとは思うが立場上断ることはできない。俺が断ると他の者も同じく断ることになるからだ。他にも急ぐといっても走ってはいけない。城の重鎮の誰かが息せき切って走ると、何事が起きたかと動揺する者も現れるからだ。立場とは面倒なことでもある。この間醜態を晒したのは勘弁してほしい。
迎賓館につくとなんとも言えない空気が漂っていた。慌しく走り回っていた使用人に声をかける。
「ちょっといいかな。誰が来ているんだ?」
「連合王国のヒックス卿ですよ。何様だか知らないけどずいぶんと偉そうな態度で好き放題してます。ドゥーマン様に言われてなければこんなことしてませんよ。」
怒りが頂点に達しているのか、話している相手が俺とは気付いていない。萎縮させるわけにはいかないのでこちらも気付かない振りをした。
「呼び止めて悪かったね。戻っていいよ。」
俺から開放された使用人が急いで仕事に戻った。さてどうしよう。なんでヒックス卿がいきなり現れたんだろう?当人に会う前にある程度情報が集める必要がありそうだ。
「宰相殿、思ったより早いお戻りで助かりました。」
後ろからドゥーマンの声が聞こえた。急いできたようで息が乱れている。
「自分の職に戻りなさいと追い出された。本当はあと数日は様子を見たかったんだがな。」
「話は聞いています。ずいぶんと大変な体質のようですが、よろしかったのですか?」
「うん、まあ何とかなった。魔力の放出も起きている間だけで、それで負担が半分以下になった。後は完全に封じておくのも弊害が出るかもしれないから、1時間に10分ぐらいは放出させておくことにした。」
「なるほど、それならばマギー様だけでもなんとかなる計算ですね。」
そう、それで済むと分かったから俺がメタルマにいなくても良いと判断されたのだ。もし何かあったらすぐに連絡を寄越すこと、それを約束してこちらに戻ってきたのだった。
「まあそれはいい。それより何があった?ヒックス卿は何の用で来たんだ?」
「分かりません。昨日の昼過ぎに突然現れて宰相殿に会わせろと仰られました。」
「は?用件も聞いていないのか?それに急ぎの用なら呼びに来ればよかっただろうに。」
「ええ、そうなんですけど、宰相殿にしか言えない。宰相殿が戻ってくるまで待つとも仰られて、こちらに滞在してもらうことにしました。まずかったですかね?」
ドゥーマンが心底済まなさそうな顔をしている。
「まあいい。とりあえず今から会ってくる。悪いけど引き続き城の方は任せた。」
「はい、ではこちらのことはお願いします。」
ドゥーマンがあからさまにほっとした顔をして城へと戻っていった。では俺はヒックス卿に会うことにしよう。ドゥーマンに聞いても大した情報も得られなかった。さてヒックス卿はどんな面倒なことを言い出すのだろうか。
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「おお、アウフヴァッサー宰相殿、よくぞ戻られた。お久し振りですな。」
散らかったテーブルの向こうでヒックス卿が立ち上がった。ずいぶんと酒が入っているようで予想していたような不機嫌さはない。どちらかと言うと上機嫌である。これなら姓が変わったことを告げておいてもいいか。後日になって聞いていないと言われるのも困る。
「いえ、私事でお待たせして申し訳ありません。それと姓が代わりまして昨日よりワイズマンの姓を名乗ることになりました。ぜひそちらでお呼び下さいませ。」
「ほう・・・ワイズマン、なかなかいい姓ですが、何か改姓する理由でもあったのですか?」
「これも私事ですが子が生まれまして、それでいつまでも出身地を名乗っているわけにはいきませんので改姓するに至りました。」
「おお、それは目出度い。これは祝いの品を用意せねばなりませんな。」
ヒックス卿がこれ以上もないほどにこやかな表情で語った。なんだ、これは?ずいぶんと調子が狂う。あからさまな敵対の方が対処がし易いと思ってしまった。
「いえ、お気遣い無く。それより私に用とはなんでしょう?」
「おお。そうであった。先日頂いた氷製造機なのだが、あれのおかげで私のサロンは大人気になってな、特に用があるわけでもないのに毎日客が来るようになった。」
「はあ・・・?」
この人は何が言いたいのだろう。思わず気のない返事をしてしまった。それでもヒックス卿は全く気にせず話を続けている。
「それで・・・卿に相談があって来たのだ。聞いてもらえるか?」
「はあ、私に出来ることであれば。」
「おお、それはありがたい。では聞いて頂く前に祝いの杯を傾けることにしよう。我が国から持ってきた蒸留酒でよろしいか?待っている間にずいぶんと空けてしまったがまだ残っていたはずだ。」
ヒックス卿が手を叩いて使用人を呼ぶ。まるで自分の屋敷にでもいるようだ。
「お呼びでしょうか?」
「うむ、みやげに持ってきた酒を。それと氷も頼む。」
「はっ、承知しました。」
素直に頭を下げた使用人だが、立ち去る前に恨めしい目で俺の方をちらっと見た。気持ちは分かる。まあここは俺に免じて我慢してくれ、そう目で語りかけた。




