生誕
落ち着け、俺。今の俺に何ができるか?現状を把握しよう。
おそらく産まれてくる子供は胎児の時点で魔道士である。自我はないが反射的に防衛しているものと考えられる。さらにその魔法力にて成長が早まった。そのせいか、まだ産まれたくないらしい。自我があるとは思えないからよほど居心地がいいのだろうか?
天然魔道士、マギーから魔法力がだだ漏れになっていることを聞いてから幾つかの文献を調べた。炎に包まれて産まれてきた赤子の話では、母親は焼かれて死に赤子は忌子として海に投げ捨てられた。他にも半年で産まれることになった赤子は魔物に関わるものとして母親もろとも父親に殺された。
駄目だ、悲劇的な話しか思い出せない。どうしたものか!
「・・・宰相様、・・・宰相様?どうされましたか?」
女医が心配そうな顔で俺を覗き込んでいる。
「いや、なんでもない。子供を産んだことなんかないし、こんな時にどうしていいか分からない。」
「当然です。宰相様は男性ですから・・・。」
「いやいや、そういう意味じゃなくて、こんな状況に出くわしたことがないって言う意味で・・・。」
訳も分からずに弁明する。
「分かりました、よく分かりましたから落ち着いて下さい。」
そうだ、落ち着くんだ。俺が慌ててもなにも解決しない。大きく深呼吸、それを何回もする。十回ほどそうしていただろうか、なんとか心が落ち着いてきた。
「よし、俺は何をしたらいい?現時点で何が一番の障害になっている?」
「魔法力です。まずあの魔法力を止めて下さい。私共ではマギー様の魔法力を封じることができません。もしそれさえなれば切開して取り出すことができるかもしれません。」
「分かった。切開するかはともかく俺が魔法を封じてみる。」
とりあえずやるべきことは分かった。マギーの下に戻って額に手を当てる。体力的には問題ないが精神的に相当まいっているらしい。俺だとは気付いていない。
「マギー、聞こえるか?今から君の魔法を封じる。無理かもしれないができるだけ気を楽にして魔法を受け入れてくれ。行くぞ。」
《俺は魔力を3消費する。魔力はマナと混じりて万能たる力となれ。
おお、万能たるマナよ。、不可視の力となりて魔力の放出を封じよ!Mqgicae Signati(魔力封印)!》
微かに頷いたのを確認してから魔法を詠唱した。
「おお、魔法の流出が止まったぞ。」
魔法が効果を示したのか、この場にいた誰かの声がした。確かにさっきまで充満していた魔法力は感じられなくなった。離れていた医者がマギーに群がる。
「これなら何とかなるかもしれません。通常どおりの分娩ができるかもしれません。」
医者が邪魔と言わんばかりに俺を押しのける。部屋の隅で大人しく見ていることしかできない。
「駄目だ。」
「どうしてうまく行かない。」
しばし広がった楽観的な雰囲気から再び焦燥が感じられるようになった。ずいぶんと梃子摺っているようで、子はまだ産まれない。先程の女医が俺に向かって話しかけてきた。
「このままでは母体にまで危険が及びます故、切開しての出産を具申します。」
「説明が足りない。何がどうなっているんだ?」
「抵抗が激しすぎてどうにもなりません。こんなことは初めてです。」
「分かった。」
「ありがとうございます。では切開の準備を始めます。」
「違う。俺が分かったと言ったのは状況のことだ。大人しくさせることが出来ればいいのだな?」
俺が帝王切開の許可をしたと思ったのだろう。女医が行動に出ようとした。そこに声をかけて止め、疑問に思ったことを聞くと無言のまま首が縦に振られた。
「よし、まず母子共々眠りにつかせ、その後マギーだけ起こす。それでなんとかなるか?」
「そんなことが可能なのですか?」
「可能だ、俺にならできる。それでどうなんだ?」
「ではそれでお願いします。」
医者達が期待の目が俺を見ている。その中で魔法を行使する。まず眠りの魔法、
《俺は魔力を2消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ
おお、万能たる力よ、雲となりて眠りに誘え!Somnum Nubes(眠りの雲)!》
魔法が聞いたのか突然マギーが大人しくなる。お腹の子供は・・・同じく眠りについたようだ。次は目覚めの魔法、
《俺は魔力を3消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ、
おお、万能たる力よ、太陽の光となりて彼を起こせ!Arousal(覚醒)!》
マギーの目が開いた。多分自分になにが起こっているのか分かってはいないだろうが、多分準備は整った。医者がマギーに群れ集る。これで産まれるまでは俺にできることはない。視線の先でことが進んでいく。しばらくして子は無事に産まれた。とりあえず無事、今はそうとしか言えない。
----------------------------------
産まれてきた子供に即覚醒の魔法を使って強制的な眠りから覚ました。長い苦痛から開放されたマギーは疲れたのか本格的な眠りについている。赤子の泣く声は耳には入っていない。
「ここからが問題だな。そろそろ封魔の魔法が解ける。さてどうなるか・・・?」
誰も返事をしない。なんと答えていいか分からないからだ。もし産まれてきて尚、魔法力を放出し続けるならいずれ魔法力の枯渇により死ぬ。今までと違って母体からの魔力の供給はない。しばらくして赤子から魔法力が放出されることになった。
「やっぱりか。誰に似たのか面倒な体質で産まれてきたものだな。」
《俺は魔力を3消費する。魔力はマナと混じりて万能たる力となれ。
おお、万能たるマナよ。、不可視の力となりて魔力の放出を封じよ!Mqgicae Signati(魔力封印)!》
専用のベッドに眠る男児に手を当てて、魔法を唱えた。魔法力の放出が止まった。
「宰相様、これで大丈夫なのですか?」
「うん、この子に自我が出来て魔法力のコントロールができるまで、これを続けることが出来れば大丈夫だと思う。」
「ずっとですか?封魔の魔法の効果時間は10分、実質1日144回の魔法を使うことなど不可能です。今なら死産として・・・うぐっ!」
「おい、その言葉の先を続けたら殺す。」
「さっ、宰相、様。苦しい・・・。」
「宰相様、その手をお放し下さい。その者の失言はお詫びいたします。」
俺の手が医者の襟を掴んで締め上げていた。止める声に気付いてその手を放す。開放された医者が床に伏せて咳き込んだ。
「二度と詰まらんことを言うなっ!出来る限りのことはする。それすらしないで諦めることはしない。分かったか!?」
喉に手を当てて痛みか苦しみを現していた医者が首をこくこくと縦に振った。俺の視線はすでにそちらには向いていない。小さなベッドにいる我が子を見る。今のところ異常はない。
----------------------------------
「そう・・・、ずっと魔法をかけ続けなければいけないのね。」
目を覚ましたマギーに赤子を抱かせて、先程のことを説明した。妙に落ち着いていて動揺している様子はない。冷静な答えが返ってきた。
「ああ、そういうことになる。大変だとは思うが今のところ他の方法は思いつかない。」
「いいわ、私がするから。それよりこの子の名前は?」
「えっ!?」
「えっ?」
やばい、これまでの状況に慌てていて考えてなかった。マギーの目が俺を睨んでいる。何か答えないとまずいことになる。前から考えてあった一つの案を口に出すことにした。
「俺からはこの子に姓を与える。大仰すぎて改姓する気にならなかった姓がある。それはワイズマンという。」
「姓・・・・だけ?まあいいわ、じゃあ名前は私が決めさせてもらう。この子の名前はブリッツ、私とあなたつなぐ雷の魔法に因んだ名前よ。ブリッツ=ワイズマン、それがこの子の姓名、それでいいわね?」
なるほど、マギーに会って間もない頃俺が言った言葉をまだ覚えていたか。“Incursu、こんなものは本当の雷の魔法じゃないよ。”その言葉にむきになったマギーの顔を思い出した。
「OK、ブリッツ、いい名前だ。異論はない。」
「ふふっ、でもワイズマンなんてあなたらしくてあなたらしくない姓ね。」
マギーが軽く笑う。どこか引っかかって聞こえた。
「らしくてらしくない?」
「ええ、賢き人なんて、それだけの能力はあるくせに自分で吹聴することはしない。だからそう言ったのよ。でもなぜこの際改姓する気になったのかしら?」
「う~ん・・・俺の為でなくてこの子の為だ。このままうまく成長すれば俺や君に勝るとも劣らない能力を持つことになる。その時にその力を賢く使えるようになって欲しい。」
「なるほどね。でもアウフヴァッサーの姓はもういいの?」
「ああ、あれは出身地を示しているようなもので、他にもたくさんいる。紛らわしいからこの際だから改姓する。君の家のヴィッセンブルンもいいと思ったんだけどね。」
ヴィッセン=知識、ブルン=泉、代々の魔術師の家系に相応しい姓だと昔聞いたときに思ったものだ。
「じゃああなたがケルテン=ワイズマン、私がマギウス=J=ワイズマン、この子がブリッツ=ワイズマン、それで決まりね。」
「そうだね。」
改めて聞くと気恥ずかしさを感じて、短くしか返事ができなかった。まあいいさ、俺の名前はケルテン=ワイズマン、始めて自分が自分であると証明できたような気がした。