メタルマの一大事
ヨシュアを爺さんに預けて2週間、平和な日常が続いている。平和でないのは執務室の机の上ぐらいだろう。金で解決する事案なら良しとするべきなのだろうが、たまには何の遠慮もなく叩き潰せる相手が望ましい。そんな物騒なことを書類仕事の合間に考えていると部屋の外から騒がしい声が聞こえた。
「いけません。順番を守って下さいっ!」
「うるせえっ!そんな悠長なことを言ってる余裕はないんだ。通せ、通しやがれっ!」
開けっ放しになっている執務室のドアから廊下を見ると、一人の男が数人掛りで押し留められている。確かあの男はマギーの部下のゴスラー、事実上メタルマのNo.2である。必死で何かを訴えている目と俺の目が合った。
「あ~、他の皆には済まないが通してやってくれないか?」
「はっ、宰相殿がそう言われるなら。」
俺の言葉で開放されたゴスラーが執務室に入ってきた。周りからの白い目を気にしている余裕はないらしい。全身から汗が噴き出していて息が荒い。おそらく城の外から走ってきたのだろう。
「御子がお産まれになります。すぐにメタルマに来て下さい。」
「はあ?誰の子だ。なんで俺が行かねばならん。」
「宰相と姉御の子ですから当然のことです。さあ早く!」
「ちょっと待て、そんな馬鹿な話があるか。まだ懐妊が分かってから半年しか経っていない。多少の誤差があるとしても早過ぎるぞ。もしかして早産?流産?それとも未熟児で産まれるのか?でも俺が行ってもどうしようもないぞ。いやそんなことを言っている場合か、えっと・・・《俺は魔力を8消費する。魔力はマナと混じり・・・》」
魔法だ。ここは転移の魔法ですぐにメタルマに跳ぼう。詠唱を始める。誰かの手が肩に当てられ俺の体を大きく揺すった。
「宰相殿、宰相殿。」
「何だ、邪魔をするな。俺はメタルマに行くんだ。」
「ここは屋内です。それに公務を放ってどうするつもりですか?」
ドゥーマンが冷静に俺を諌めた。確かにその通りで公私を混同するわけにはいかないが・・・?
「このど阿呆!メタルマの次期当主様の誕生以上の大事があるものか。つべこべ余計なことを言うとぶっ飛ばすぞ。」
「・・・なるほど確かに一理あります。結構です。後のことは任せてすぐにに行って下さい。」
ゴスラーの言葉は暴言ではあったが、そこには説得力があった。納得したドゥーマンから許可が出た。
「済まん。恩に着る。ゴスラー、行くぞ。」
「へいっ!」
俺とゴスラーが執務室から走り出る。すれ違った者達は何事が起きたかと騒いでいたらしい。
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メタルマの城についた俺は前を走るゴスラーの後を追っている。一つ奇妙なことに気付いた。俺は転移の魔法を使っていない、と思う。魔法の翼が使われたわけでもないのに、メタルマに辿りついていた。
「ゴスラー。お前何時から魔法が使えるようになったんだ?」
「つい最近です。毎日の様に強烈な魔法力に触れていたせいで感知できるようになりました。城に勤める4人に1人が魔法に目覚めています。」
走りながらなので大声で話している。でもそれで理解できた。最初に師が弟子の近くで魔法を使用する。それを何回か続けて魔法力が感知できれば魔法が使えるとされる。それに近いことがずっとこのメタルマで行なわれていたわけか。いやいや、今はそんなことを考察している場合じゃない。邪念を払って走る。城の中を通って臨時に用意された分娩室に辿り着いた。
そこにはお腹の大きなマギーがいた。悲鳴のような声を上げて苦しんでいる。周りには医者や産婆らしき者が何人かいて、皆忙しく動いていた。一人の肩を掴んでこっちを向かせる。
「どうなっている。誰か説明してくれ。」
「宰相様、落ち着いて下さい。ここで騒がれては邪魔になります。別室にて説明しますから、そちらにどうぞ。」
「分かった・・・・マギー、少し待っていろ。俺が何とかしてやる。」
部屋から離れる前にマギーに声をかける。痛みと苦しみのせいか返事はない。返事を待たずに別室へと案内された。先程呼び止めた女医が説明を始めた。
「では説明させていただきますが、常識では考えられないことが起きています。まず第一に妊娠8ヶ月ですがお子様は何時生まれてもおかしくないぐらい成長しております。昨日、陣痛を訴えられてから一日以上経っていますが、なぜか産まれる気配はありません。このままでは母子ともに危険です。」
「どうにかできないのか。その為の医者だろうっ!」
「そうは言われましても医者にできることには限度があります。それと理解し難いことですが、まるで御子自身が産まれることを恐れているような気がします。母体は産み出す状態になっていますが、子がそれに逆らっている、そう考察しています。」
「さっぱり意味が分からない。」
「そうでしょうね。言っている私にもよく分かっておりませんから。ですがもう一つおかしなことがあります。普通このような状況なら産道に傷を負ったり、体力を消耗したりします。それが傷つく先から即治っていきます。まるで回復魔法がかけられたかのようにです。このせいで腹を切って取り出すこともできません。真に申し訳ありませんが、後は神のご加護を祈るだけです。」
神の加護だとっ!そんなもの当てになるか。あいつ等は人間の一個人の為に動くことはない。それどころか国家の存亡すら気にしないはずだ。つまらないことを言った医者を睨みつけると、医者の目が俺から逸らされた。




