ヨシュアの修行
穏やかな日差しが差すアウフヴァッサーの昼下がり、門番のする仕事などほとんどない。この町を訪れる旅人など極めて稀なのだ。ジャンはそんな時間を使って武術の鍛錬をする。腰の両サイドに差した短剣を一気に引き抜き、右左と一歩ずつ踏み込みながら振る。そこからバク転をして着地をした時には手にあった短剣は腰に納められている。さらにベルトにいくつか差してある投擲用の短剣を二本、抜き打ちで近くの杭に向かって投げる。ジャンは杭まで一気に間合いを詰めると、抜いた短剣を杭の首の高さにピタリと止めた。
「なんか曲芸みたいですね。」
「ん~、曲芸ね。言いえて妙だ。だけどな俺には速さはあるが力強さが足りない。だからこうやって人を圧倒する連続攻撃と予想外の攻撃を旨としている。このとおり昔から手だけは・・・器用だった・・からなっ!」
ジャンは右手に持った短剣を器用にくるくる回す。右手にあった短剣がいつのまにか左手に渡り、その場でくるりと回って短剣が円を描きその短剣の刃がヨシュアに向けられた。
「うわっ!」
ヨシュアは仰け反ってその短剣を避けた。ジャンは元々当てるつもりはない。だが避けられたことにかっとなったジャンは右手でもう一本の短剣を抜くと、体勢を崩したヨシュアの眼前に突きつける。そこで我に返った。
「何をするのですか!危ないじゃないですか。」
「済まん。まさか避けられるとは思わなかったんで、つい手が動いた。」
「いや、そうではなくて最初の攻撃のことです。避けなければ当たってましたよ。」
「元々止めるつもりだったから問題ないさ。それよりお前、避けたのはいいがその後がよくないな。せっかく紙一重で避けたんだ、反撃に移るなり距離を取るなりするべきだろう。」
「そんなことを言われても困ります。私には武術の心得がありませんので避けるので精一杯です。」
「はっ?」
予想外のヨシュアの答えにジャンの開いた口が閉まらなくなった。突きつけた短剣はまだそのままである。
「どうしたのですか?それよりいい加減に武器を納めて欲しいのですが・・・。」
「・・・ああ、そうだ、忘れてた。それより武術の心得がないって本当か?」
ジャンは短剣を鞘に戻しながら改めて聞いた。まさか自分の動きを見切ったヨシュアに武術の心得がないとは思っていなかったのだ。
「ええ、本当です。母の教育方針で教えて頂けませんでした。私もそれでいいと思っています。」
「そうか、なんかよく分からんが勿体ない。よし、とりあえず俺が一通り教えてやる。」
「私に拒否権はないのですか?」
「ないな。こうして門番をやっているなら武術の心得が必要になることもある。それにヨシュア、そんな立派な図体と目を持っているんだ、才能を無駄にすることもないだろう。」
「はあ、そんなものですか・・・母にはお前には武術の才能はないと言われていましたので、そう思い込んでいました。」
「ふん、なるほどな。どうやらお前の母親はお前に武器を持って欲しくなかったか・・・いや、ただ単に見る目がなかっただけか・・・まあどっちでもいい。俺が知る限り、お前には誰よりも武の才能がある。これを生かさないことはない。ヨシュア、とりあえずこの橋を走れ。向こう岸の大きな木まで500m、往復して1km、まず5分以内で帰ってこれるようになれ。よし、行けっ!」
「私がですか?」
突然走ることを命令されたヨシュアは自分の顔を指差す。
「なんで今更俺が走らにゃならんのだ。それよりお前、泳げるのか?」
「泳げません。」
「じゃあ落ちないように気をつけろよ。落ちたら命がない場所もあるからな。さあさっさと行け。」
ジャンの言葉にヨシュアがしぶしぶ走り出した。普段走りなれていないせいか、足元が心配なのか、その足取りは遅い。
「お~い、そんなんじゃ10分かかっても戻ってこれないぞ。」
橋の上にジャンの大声が響くと、ヨシュアの動きが少しだけ速くなった。
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「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・・・・・・・・。」
5分どころか、10分弱で戻ってきたヨシュアに対し、ジャンは更に4往復することを指示した。走る度にその足取りは遅くなって全て走り終えるのに1時間はかかっただろうか、なんとか走り終えた時には地面に大の字になって動けなくなっていた。
「んだよ、この程度で情けない。俺だったら20分、いやその気になれば15分で走れるぞ。」
「・・・そんなこと・・言われても・・・こんなに走ったこと・・・・・ありませんから・・・」
「そうか、なら30分以内で走れるようになるまで毎日続けるぞ。それが終わったら次は水練だな。」
「次々と勝手なことを!そんなことができて何になるのですか!?」
やっと息が整ったのかヨシュアの口から文句の言葉が出た。ジャンは笑って答える。
「何にもならんよ。こんなことはただの基本だ。この町で泳げないのは多分お前だけだ。それにお前の敬愛するケルテンの兄貴も当然のようにできるぞ。」
「そうは見えません。」
「馬鹿言え、それはお前の見る目がないだけだ。剣を振って一流、魔法も一流、両方を使わせたら超一流、それが俺の見立てだ。本人は二流、頑張ってなんとか一流に手が届く程度だと言ってたけどな。」
「そんな話、信じられません。何かの間違いではないのですか?」
横になっていたヨシュアが座りなおしてジャンに聞く。顔で不信を現している。からかわれていると思ったのだ。
「間違いじゃないさ。兄貴はあれで人が悪いからあえてそう見せている節がある。弱そうに見える相手には人は油断するからな。」
「はあ・・・。」
「なんだ気のない返事だな。いずれ野盗を相手にすることになるかもしれないから必要な体力はつけておいた方がいいぞ。」
「えっ、私が野盗の相手をするんですか?」
またヨシュアが自分を指差した。
「そんな時が来るかも知れないと言っているだけだ。それとも逃げ回るつもりか?それはそれで体力が必要だぞ。」
「茶化さないで下さい。野盗が出るなら護衛を雇えばよいではないですか。」
「護衛ね~・・・素人を護って戦うのって大変なんだよな。後ろから余計な口出しして禄なことになった試しがない。戦うなら戦う、逃げるなら逃げる、その判断ぐらいはできるようになれよ。」
「そう言われましてもよく分かりません。実例を知りませんので・・・。」
「ふん、まあそうだろうな。よしいいだろう、3年前に野盗を殲滅させた時のことを教えてやる。あまり気分のいい話じゃないけど我慢して聞けよ。」
ジャンの話が始まった。




