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ヨシュアの仕事

 湖上都市の朝は早い。朝5時になると島の唯一の入り口である跳ね橋が降ろされ、外に出て行く者が列を成す。今日はいつもの門番二人にヨシュアを足してそれらを管理する役を担っていた。


 この街では出て行く人間に目的と帰町予定時間を聞いている。入ってくる者には別の手得続きがあるが、朝一の混雑時に入ってくる者はまずいない。1時間ほどして一通り出て行く者の行列を捌き終えた。


「ふう、やっと終わったな。次に忙しくなるのは跳ね橋を降ろす5時だから、それまでは適当に休みを取る。ヨシュア、疲れたなら1時間ほど休憩してきていいぞ。」


 門番の一人、まだ若い男がヨシュアに気を使って声をかけた。


「はい、ですがその前に一つ聞いてよろしいですか?」


「いいぞ、言ってみろよ。」


「ではお聞きします。なぜ出て行く者にまで目的や帰る時間を聞くのですか?非効率的だと思うのですが・・・。」


 ヨシュアが厳しい口調で質問する。若い男はもう一人の年配の門番を一瞥してから話し始めた。


「・・・まあ当然の質問だな。確かに俺がこの街に住むようになった5年前にはそんな決め事はなかった。だけど3年ほど前からかこの町の外にも野盗が出るようになってな、それで何人もの町人がそいつらの被害にあった。それからだ、こんな面倒なことをするようになったのは・・・。」


「なんとなく分かりました。ですがそれだけで野盗の被害が無くなるとは思えませんが?」


「勿論それだけで野盗の被害は減らない。だが予定通り帰らない者がいる場合は捜索に出ることにしている。もしそこに野盗がいた場合は徹底的に駆逐駆除する。それを1年ほど続けたせいか、この辺りから野盗の姿は消えた。まあだからと言って止めるわけにはいかないだろう?」


「なるほど、理解できました。では休憩してきます。まだ朝食をとっていませんので。」


「おう、ヨハンの爺さんによろしくな。」


 その言葉にヨシュアは一言も答えずに立ち去った。この街に来たのは昨日の夜でよろしく伝えるほど心を許した相手はいない。


「可愛くない餓鬼だ。ジャン、5年前の誰かさんみたいだな。」


「それは言わないでくれ。今思い出しても恥ずかしい。」


「そう思えるだけましな人間になったと言うことだ。あいつもそうなるといいな。」


 二人は立ち去ったヨシュアの背中を見送った。


 ---------------------------------


「じゃあ、あとはよろしくな。また昼になったら来る。」


 ヨシュアとジャンの休憩が終わると年配の男はそれだけ言って立ち去った。ヨシュアが不満そうな顔をする。


「どうして昼まで戻ってこないのですか?不公平だと思います。」


「そういう役割だ。朝と夕、一番忙しい時と昼の休憩の時だけ入って貰っている。それに他に家業もあるから無理は言うわけにはいかない。この街に専業で門番を雇う余裕はないんだ。まあお前が来たおかげで少しは楽になる。」


「私は門番になる為にここに来たのではありません。統治を実地で教えてくれると聞いたから、ここに来ただけです。」


 ジャンの言葉に反応したヨシュアがむっとして言葉を返した。その口調は厳しい。


「統治を習うね・・・統治と簡単に言うがそう楽な話じゃないぞ。」


「然るべき人を然るべき地位につけて働かせる、私はそう習ってきました。私自身が実地で働く必要はないはずです。」


「はっ、現実を知らない餓鬼が偉そうなこと言うな。あの爺さんがどれだけの苦労をしているか、知っらないくせに!」


「知らないからここに来たのです。私はそんなにおかしなことを言っていますか?」


「ああ、おかしいね。どこの貴族か大商人の子息かは知らんが、俺はお前の下につくのだけは勘弁してもらいたいものだな。」


 ジャンの言葉にヨシュアの顔が真っ赤になり、怒りで声もでない。貴族として育てられてこれほどの屈辱は受けたことはない。


「怒っても無駄だぞ。しばらくは俺と一緒に門番をしながら体を鍛える。それが終わったら次はノベンタとメイの所で羊の面倒を見ることになっている。その次は漁業か、狩猟か、いや鍵工房かな?まだ決めていないがこの街の産業に一通り触れてもらう。爺さんに教えてもらうのはそれからだな。」


「なっ!それまでにどれだけの時間がかかるのですか!?私にそんな時間はありません。」


「阿呆か、お前まだ12だろう。3年掛かってとしても15、5年なら18、10年でも全然遅くない。」


「ですがローザラインの宰相殿は19の時から宰相を務めていると聞いています。私はあの人みたいになりたいのです。」


「ふっ、ケルテンの兄貴が目標か、これまたずいぶんと高い壁だな。」


 ジャンが小馬鹿にしたように笑う。だがそこにヨシュアには聞き捨てならない言葉があった。


「あの方をご存知なのですか?」


「知っているもなにもヘンドラーで行き場をなくしていた俺達を、ここに連れてきたのはケルテンの兄貴だ。俺とノベンタ、メイとジャンヌを合わせてヨハンの爺さんの5人の子供、お前が6人目で一番下の弟になるな。」


「私が兄弟・・・ですか?」


「ああそうだ。あの家に住んだ者は皆兄弟だ。他にも俺達の面倒を見てくれたゲオルグ、クロウ、ドゥーマンの兄貴もまた別の兄弟で今も何かと世話になっているぞ。」


「名立たるローザラインの重鎮ではないですか。」


「まあ世間的にはそう言われているが俺にとっては只の兄貴だ。まあそんなわけだからしばらくは騙されたと思ってここにいろ。気に入らないなら俺が掛け合ってやるからさ。おっ、誰か来た。お前は黙って見ているだけでいいぞ。」


 話しながらもジャンの視線は跳ね橋の向こうから外れていない。その目は街の外から来た者を見つけた。ヨシュアの見ている前でジャンが旅人を迎え入れ、街に入る目的、滞在日程、武器所有の有無を聞いている。さっきまでのジャンとは違う雰囲気にヨシュアは驚いていた。


「ノイエブルク商人モーリッツと言います。町長様に商談がありまして、日程は決めておりません。武器は持っていません。」


「分かりました。ではお通り下さい。」


 意外にもジャンは禄に調べず素直に道を開けて商人を通した。ヨシュアは何か言おうと思ったが言葉を失った。それはジャンが商人とすれ違う瞬間、何かしたのが分かったからだ。次の瞬間、鋭い金属音とともに足元に短剣が落ちた。


「ありゃっ!これは何かな~?」


 その短剣を拾い上げながら空々しくジャンが聞いた。


「いや・・・あの・・それは護身用の短剣で持っていることを忘れていて・・・その・・・。」


「そうですか、ではこの町を出るまでお預かりしますね。よろしいですか?」


「・・・う、うむ、そうだ。それで構わないです。」


「ご協力ありがとうございます。では改めてお通り下さい。商談がうまく行くといいですね。」


 わざとらしい言葉でジャンが商人を通した。罰の悪そうな表情で商人が街の中へ入っていった。


「あまり感心しないやり方ですね。」


「ヨシュア、お前見えたのか?」


 ジャンは驚いていた。この掏りの技が見切られたことはほとんどない。まさか初見のヨシュアに見えたとは微塵も思わなかったのだ。


「ええ、なんとなくですが見えました。掏りみたいな真似をしなくても普通に調べればよいではないですか。」


「ヨシュア、お前の言うことは正論だが現実は奇麗事だけでは済まない。調べようとすると抵抗されるし、悪意を持たれることもある。ああすれば向こうも強くは出られなくなる。それに掏りみたいとお前は言うが、俺は一時は掏りで食っていたことがあるから正真正銘摺りの技だ。自慢にもならないことだがな。」


「それも感心しません。それにそんなことをわざわざ私に言う必要もないではないですか。」


「うん、まあそう思うだろうな。だけど俺が言いたいのはそんなことじゃない。さっきの技を掏りに使えば犯罪になるが、使い方によっては犯罪ではなくなる。これはケルテンの兄貴の受け売りだが、技も道具も使い方次第だ。分かるか?」


「分かるような気がします。私の父は剣では誰にも負けることはないそうですが、それを暴力として使うことは絶対にないそうです。それだけは立派だと思います。」


「ふ~ん、なんだ父親が嫌いなのか。俺と一緒だな。まあいいや、この町にいる間はそんなことは忘れておけ。お前の父はヨハンの爺さんで俺が兄貴だ。あとで他の兄弟も紹介してやる。」


「はい、そうしておきます。他の方に会うのが少し楽しみです。」


 ジャンの言葉にヨシュアが少しだけ笑みを浮かべた。それから二人は黙ると街の外に向かって立っていた。

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