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ご機嫌取り

 訪問を告げて応接室に通されてから1時間は経っただろうか?未だヒックス卿は姿を現さない。


「宰相様、ずいぶんと遅いですね。闘技で怪我でもされたのでしょうか?」


 一旦ローザラインに戻り、試作品の冷蔵庫を持ってきた。結構大きいので運ぶ為に従者の一人に運んでもらっている。その従者も待たされていることに我慢ができなくなったようだ。


「単なる嫌がらせだよ。君の父上の攻撃は、髪の毛一筋たりとてヒックス卿には当たっていない。心配しなくてもいいよ。」


「心配などしていません。あの人は人としてはともかく、技量という一点において間違いはありません。」


 ついてきた従者はヨシュア=アイゼンマウアー、あのアイゼンマウアーの息子である。12才の現時点で俺と同じぐらいの背丈にがっしりした体格、文官より武官に適正があるのは誰が見ても分かる。しかしそれを望まず文官となることを表明してきたらしいので、仮に従者として城勤めをさせていたのだ。今日ここについてきたのは単なる偶然にすぎない。


「あの人ね・・・あまり父上が好きではないみたいだね。」


「ええ、好きではありません。昔から人の好悪に無関心で損を承知で己が道を進みます。最近は少しは変わったようですが、いまだに剣を振り続けています。これからは武ではなく文の時代だというのに・・・。」


 なんて可愛くないどこかで聞いたことのある台詞だ。思い出した、俺が15年前に言ったのは逆の台詞だ。俺が言ったのは“これからは文ではなく武の時代、魔王の再来に備えて力をつける。”だ。ノイエブルクからの使者にへこへこと頭を下げていた養父にそう言ったのだ。今更言うのもなんだが可愛げがない。


「まあなんだ、君の気持ちは分からないでもない。だが今ここはそれについて議論する場所じゃない。むしろ君の名が知れると厄介なことになるからしばらく黙っていてくれ。いいね?」


「はい。承知しています。」


 部屋の外から誰かが近づいてくる足音が聞こえたので話題を打ち切った。ノックとともにさっきから何度も見ている執事が入ってきた。


「大変お待たせ致しました。旦那様がお見えです。」


 そう言う執事の後ろからヒックス卿が現れた。座っていたソファから立ち上がる。ソファの後ろでアイゼンマウアーJr.が直立する気配がした。


「お待たせして済まない。ですが、本来は予定のない客には会わないのです。時間を作るのに苦労しました。」


 登場したヒックス卿は嫌味ったらしく、しかも恩着せがましい言葉を吐いた。友好的な雰囲気はまったくない。大体、本来祝勝会をするはずだった時間、アポもくそもないはずだ。


「忙しいところ申し訳ありません。こうしてお会いできただけで幸いです。」


 腹は立つが顔に出さずに差しさわりのない言葉を並べる。今日は喧嘩を売りに来たわけではない。


「ほう、流石に宰相ともあると礼儀を心得ておるようだ。さきの者とは違うな。それで何用であったかな?まさか私を笑いに来たとは言わぬだろうな。」


「はて・・・何を笑いにですか?私は善戦されたヒックス卿にお会いしたかっただけです。。まさか振り下ろされる武器を抜き打ちで両断されるとは驚きです。まあ、斬った先が頭に当たってしまったのは運がないだけで、そうでなければ勝利は卿の手の内にあったでしょう。」


「えっ、まっ、まあその通りだ。私としても狙いは悪くなかったと思っておる。はっはっはっはっ・・・。」


 俺とヒックス卿の乾いた笑い声が豪華な応接室に響いた。


「そうでしょう、そうでしょう。魔法のコントロール、味方との連携、どちらを取ってもなかなかの技術だと思います。私では怖くてできません。」


「いやいや、そう褒められたものではないですな。実質当たったのは最初だけで後は見事に避けられました。流石に近衛騎士隊長にある者は違いますな。」


「そうですね、私の知る限りあの者に一対一で勝てる者など知りません。あの者は以前ノイエブルクの近衛騎士隊長をしていまして、我が国の独立の際に無理を言って来て頂きました。」


「ほう、ノイエブルクでも近衛騎士隊長をしておったのか。なるほど強いはずだ。」


 適当な言葉を並べている内にヒックス卿の機嫌は良くなってきたようだ。こっちの話も身を乗り出して聞くようになってきた。


「と、まあ、無粋な話はもういいでしょう。実は本日訪れたのには他に理由があります。」


「他の理由?なんのことやら覚えがありませんな。」


 話題を変えた瞬間にヒックス卿の表情が変わった。さっきまでのにやついた感じがなくなり、文句や苦情でも言われるかと警戒している。


「卿に見て頂こうと面白い物をお持ちしました。ちょっと失礼・・・。」


 後ろに立っている従者に合図を送り、後ろにある冷蔵庫を運ばせる。50cm四方で高さ1mちょっとの金属の箱にしか見えない代物がヒックス卿の前に置かれた。卿は怪訝そうな顔をしている。


「これは何であるか?」


「冷蔵庫と言います。当方で作成させた物の一つで食料を保存する為の道具です。」


「はて?当家は商人ではない。売り込みに来るのは筋違いではないか?」


「売り込みではありません。まあ百聞するより一見と申します。」


 そう言いながら下の扉を開けてグラスを二つ取り出してテーブルの上に並べる。さらに上を開いてそこから氷の入った容器を取り出した。


「これは・・・氷か?」


「そうです。物を冷やす為に作り出した氷です。これがあれば冬に積もった雪を無理に保存しなくても年中氷が手に入ります。社交界ではこういった物が役に立つと思いますが。」


 話しながらグラスに氷を移し水を注ぐ。そのまま前に差し出すとヒックス卿が恐る恐る手に取った。


「旦那様、なりません。」


 慌てて卿の執事が咎める。卿の手が止まり罰の悪そうな顔をした。


「これは失礼、気を悪くしないでくれ。必要がないのは分かっておるのだが、こうでもしないとまわりの者が納得せぬのだ。」


「毒見ですか。当然のことです。こちらこそ配慮が足りていませんでした。ではこちらを。」


 もう一つのグラスを出てきた執事に渡す。執事は手にしたグラスをじっと見つめる、覚悟を決めてから一口口に含んだ。何も起きない。起きるはずがない。毒なんか入れていないからだ。


「大丈夫にございます。」


「うむ、では頂こうか。」


 執事の手からグラスが渡される。まず一口、さらに一口、そして全てが飲み干された。


「すばらしい。これだけでも話の種になる。」


「お気に召して頂けたのなら、卿にお譲りします。どうぞお納め下さい。」


「なんとこれを私にくれるのか?いや、貰えるのは嬉しいが何か魂胆でもあるのではないかと、邪推してしまうな。何か望みでもあるのか?」

 

 ヒックス卿の表情が喜色、困惑、遠慮、期待と目まぐるしく変化する。


「本日のところは只の挨拶でございます。それに素晴らしい闘いを見せて頂いた礼でもあります故、遠慮なさらずにお受け取り下さいませ。」

 

「おお、そうか。ではありがたく頂くとしよう。いずれそれ相応の礼をもってそちらにも伺わせてもらうぞ。」


「期待してお待ちしております。」


 これでこちらへの邪魔の手は減るだろう。別にそれ以外の見返りを期待などしていない。だが卿の流儀に従ってそう返答した。

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