闘いの後
「お疲れ様でした。結果はともかくとして見事な闘いでした。」
謁見の間を辞して、控え室に引っ込んだアイゼンマウアーを見舞う。力無く椅子に座り込んでいるアイゼンマウアーに皮肉を言ってしまったのは大人気ないだろうか?
「やはり宰相殿もそう思われますか?」
アイゼンマウアーが椅子に座ったまま答える。少々落ち込んだ感があるのは気のせいではないようだ。
「狙いは間違ってはいませんが、結果的にやりすぎですね。」
「相手の胆力を過大に評価していました。まさかあそこで気絶するとは・・・結果的にヒックス卿の面目をつぶすことになりました。申し訳ありません。」
「まあ済んだことは仕方がない。私から謝意を示しておく。言葉だけじゃなく試作品の冷蔵庫でも献上しておくかな?」
試作品の冷蔵庫は氷の矢の魔法石を使用した物で、魔力の消費無しに使用することのできる優れた代物である。ただし魔法力を貯めるのに一時間かかる為、連続使用ができない。個人の使用なら問題ないが、業務用に使用するにはとても耐えられない。よって魔法石でなく魔法代理石を使用する現在の形に落ち着いた。
「よおっ!鉄壁。なかなかいい試合だったじゃないか?」
脳天気な声でガイラが入ってきた。立場とか面子を考える意志も必要もないガイラは自由だ。羨ましくもある。俺もアイゼンマウアーも返事はしない。
「なんだよ、まるで負けたみたいじゃないか。まあいいや。それより一つ聞きたいことがあるんだが、最後のあれは偶然じゃないよな?」
「勿論だ。卿の差し出した刃を利用して竹竿を両断した。武器の破損をもって私の敗北、そうするつもりだったのだ。」
「なるほど、余計な荷物を背負っている奴は大変だな。俺には真似のできないことだ。」
ガイラがにやにや笑いながらそう言った。さっきも思ったがある意味こいつが羨ましい。改めてそう思った。
「ガイラ、あの棒術を教えたのはお前か?」
「教えてはいないな。三日前に不器用に竹竿を振っていいたから、こんな使い方もあると基本を見せてやっただけだ。それから丸三日、町のゴロツキ相手に練習して会得していたのは知っていたが、あそこまで出来るようになっているとは思わなかったぞ。」
「ゴロツキ相手にって、そんなことをしていたのですか?無茶はしていないでしょうね?」
まさか辻稽古や道場破りみたいなことをしていたのかとアイゼンマウアーの顔を見た。
「まさか、問題になることは一切しておりません。少し前に顔見知りになった者にいくらか払って稽古相手になってもらっただけです。」
「ぷっ!あれを顔見知りと言うのは鉄壁、お前さんだけだぞ。」
ガイラが吹きだすと、それにつられてアイゼンマウアーも笑みを浮かべた。俺だけ蚊帳の外である。
「よく分かりませんが、トラブルになることだけは避けて下さい。それでなくてもやっかみやら何やらあるのですから。」
「承知しました。心得ておきます。」
「ガイラ、お前も余計なことをして煽るなよ。」
「了解。」
「本当に分かっているのか、怪しいものだな。じゃあ俺はヒックス卿の所に顔を出してくる。また後でな。」
二人を放置して控えの部屋からでる。俺の知らないうちに二人の波長が妙にあってしまったようである。これは双方にとって良いことなのか、悪いことなのか、俺には判断できない。孤高と無頼、出会ったところに友情が芽生えるとは想像だにしていなかった。
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「うわぁぁぁぁ!!」
自身の屋敷に運び込まれたヒックス卿が絶叫とともに目を覚ました。執事が心配そうな顔で見下ろしている。
「旦那様、お気を確かに。ここは屋敷にございます。」
「はっ!」
きょろきょろの周りを見渡す。確かにここは見覚えのある自分の屋敷であった。
「・・・試しの儀式はどうなった?」
思い出したように聞くヒックス卿になんと言ってよいのか、執事が悩んでいた。誰かのお情けで引き分けとはとても言える雰囲気ではない。質問に答えるべく言葉を選ぶ。
「旦那様は振り下ろされた相手の武器を見事に両断しました。覚えてはおりませんでしょうか?」
「腰の剣を抜いたところまでは覚えておる。だがそれ以降の記憶がない。それで勝敗はどうなったのだ?」
「双方、敗北条件により引き分けにございます。」
「引き分けだと・・・万全の体勢をもってして引き分けでは私の面目は丸つぶれではないかっ!」
卿の手が近くにあった物を執事に投げつける。執事は結構な威力で飛来してきた物を避けることなく、体で受け止めた。
「おのれ、どいつもこいつも舐めた真似をしてくれおって・・・そうだ、あの商人だ、あの商人、名をなんと言ったか?」
「はっ、オルト商会のトーマス殿のことでしょうか?」
「そうだ、そのオルトなる者だ。すぐに呼び出せ。安くない金を払ってこの結果では納得いかぬ。」
「承知しました。すぐに連絡を取ってまいります。」
部屋の中にヒックス卿を残して執事が出て行く。なぜか10分と経たずに執事が戻ってきた。
「旦那様、お客様がお見えです。」
「ふん、ずいぶんと早いな。己がしでかしたことを理解する頭はあるようだな。」
「いえ、オルト商会の者ではありません。ローザライン共和王国の宰相を名乗っておられますが、お通ししてよろしかったでしょうか?」
「ローザラインの宰相?ああ、あの冴えない男か。よし、通せ。嫌味の一つでも言ってやらねば気が済まぬ。」
「承知しました。」
再び執事が出て行く。あの忌々しい蛮人ではないが、同じローザラインの者だ。なんと嫌味を言ってやろうか?ヒックス卿はその言葉を考え始めた。




