実戦と実験
「何をしておる。たかが一人ではないか。さっさとかかれっ!」
闘技場の端に構えるアイゼンマウアーに向かって、三人の騎士がじりじりと間合いを詰める。そこから少し後ろに立つヒックス卿は、武器は構えているも緊張感を感じない。さらにヒックス卿から発せられた言葉は、その場に居合わせた者に不快の念を感じさせた。
「行けっ!」
一人やや後ろに陣取る騎士が前の二人に指示を出した。アイゼンマウアー一人に向かって左右からの同時攻撃、さらに指示を出した騎士も隙あらば攻撃を加えんと前に出た。二本の鉄の剣が振り下ろされれば一方を避けても一方が当たる。もしくは双方を避けることができたとしても、三人目の刃は止めることはできない。誰もがそう思いことの次第を見守った。だが次の瞬間、信じられない光景に目を見張ることになった。
キンッ!鋭い金属音が闘技場に響き、前に出ていた二人の騎士が地に伏せる。その後ろの騎士はそれ以上前に出ることも叶わず立ち尽くしていた。アイゼンマウアーは大きく弧を張った竹竿を自然な構えに戻した。
「なっ、何が起きたっ!?」
満場が言葉を失っていた中、誰もが聞くに聞けなかった疑問がヒックス卿の口から飛び出た。馬鹿か、あいつは?それを口にした時点で何も見えていなかったことが明らかになる。そんなことも分からない輩と闘わねばならないとは、アイゼンマウアーも可哀想だな。
「のう、ガイラ。何が起きたのだ?」
「はあ、見えなかったのか。まあ仕方が無い。一度しか説明しないからよく聞けよ。同時に襲い掛かったように見えた二人だが、鉄壁から見て左の騎士の剣の方が少し早かった。そこでその剣を竹竿で上から払い、さらに竹竿の反対側で右の騎士の剣を弾き上げた。勿論二人の攻撃を完全に見切ってのことだが、それだけのことをワンアクションでやって見せたのは流石は鉄壁というところだな。」
「それはすごい。だがそれだけではあの二人が倒れている理由にはならん。それに三人目の攻撃が止まった理由も分からんぞ。」
「そこまで説明しないと駄目か。右の騎士の剣を中央に向かって弾き上げることで三人目の騎士の攻撃は封じた。後は見たとおりで竹竿を持ち替えて自分を中心に一周、地面すれすれを薙ぎ払って二人を転ばしたってわけだ。」
「「なるほど・・・・。」」
ガイラの解説が聞こえていた者達が思わず声を上げた。途中までは隣のアンナ王女にしか聞こえないように話していたのだが、興奮してきたのか何時しか周りにも聞こえる声で話していたのである。広い会場の中でも今の攻防が見えていたのは俺とガイラ、あとは数名しかいないか。
会場のざわめきが徐々に納まる中、地に伏せていた騎士が立ち上がった。ヒックス卿を除く三人の目があい頷くと、すすすっと闘技場の中央へと下がった。アイゼンマウアーは闘技場の端から中央へと歩み出る。一見するとおかしな行動に会場が再びざわめいた。
「ガイラ、あれはどういうことじゃ?」
「おいおい、少しは黙って見ていろ・・・ああ、そう難しいことじゃねえよ、今度は人数の多い方が攻撃する方向が限定されることを避けただけだ。鉄壁の奴がそれを受けてやる義務はないんだが、まあなんとかできると踏んだんだろうな。」
文句を言ったガイラは王女に睨みつけられて解説を続けることになった。王女の機嫌を損ねることになるかもしれないことと、知りたいことを聞けたことに周りの者達が安堵していた。
闘技場の中央に移ったアイゼンマウアーは三方を囲まれている。正面に立つ騎士の向こうにヒックス卿の姿が見えるはずだが、気にしている余裕はないに違いない。騎士三人はアイゼンマウアーの隙を伺うだけで大きな動きはない。誰から攻撃するか互いに目配せしている。
(お前から行け。)
(いや、駄目だ。そっちから行け。)
(どっちでもいい。早くかかれ。それに合わせて動く。)
静まり返る会場の中、彼等の心の声が聞こえるようだ。
「何をしておる。三対一だぞ。動けないはずがないだろうがっ!」
時間にして一分は経ったであろうか、あまりの緊張感に焦れたヒックス卿が叫んだ。三対一ってお前が言うなよ。そう思っていると再び闘いが動き始めた。左側に構えていた竹竿がゆっくりと右側に移る。そのことに何の意味があるのか、誰にも分からない。しかし明らかにできた隙に、アイゼンマウアーの左後ろにいた騎士が襲い掛かった。上段から振り下ろされる鉄の剣、アイゼンマウアーが左上腕が差し出された。
ガキッ!なにか硬い物に当たるようなあり得ない音がして剣が受け流される。予想外の出来事に攻撃してきた騎士の動きが止まった。アイゼンマウアーはその場で一回転すると竹竿で鉄の剣を叩き落とした。さらにその後ろに滑り込むと、さっきの攻撃に呼応して攻撃してきた騎士に向かって竹竿を突き出した。味方の騎士で見えない場所からの攻撃、竹竿が喉元に襲い掛かる。仰け反りながらも盾をかざして竹竿を遮ったが、アイゼンマウアーは体ごと竹竿を回転させて盾で視界を失った騎士の脚先を思いっきり突いた。
「ぐあっ!」
鉄の鎧のブーツは、つま先まで鉄で覆われているとはいえそれほど厚みはない。痛みに飛び上がった騎士のブーツは小指がある辺りが凹んでいた。あれは痛い、しばらくは痛みでまともに動けないであろう。そう心配する間もなく竹竿によって剣が宙を舞わされる結果になった。
「武器の脱落により二名を行動不能とする。速やかに闘技場より出よ。」
審判を務める騎士により四対一のかなり不利な試合が二対一の試合になった。闘技場の上のヒックス卿がわなわなと震えているのが見える。ちょっと出来すぎな気がするが、アイゼンマウアーはどう事を納めるつもりか心配になってきた。
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「大変なことになりましたね。近衛騎士隊長殿。」
時は遡ること30分程前、試合の前に用意された部屋で控えるアイゼンマウアーを見舞った。話には聞いていたが本当に竹竿に礼服だけである。
「大変ですか・・・他人事みたいに言われるのは心外です。こうなったのは宰相殿の差し金でしょう。」
「おや、分かりましたか?」
「損失させられた10万Gに相当する謝礼金と理由のない賜り物です。いくら鈍い私でもここまであからさまなら分かります。人が悪いにもほどがありますよ。」
アイゼンマウアーが冗談めかして抗議してきた。少々怒ってはいるが文句を言うだけで済ませてくれるようだ。
「それは失礼しました。通常のスタイルで鉄の剣と盾、それだけあれば頑強な鎧はなくてもよいと思ったのですが、まさか竹竿一本でよいとは想像していませんでしたよ。四対一ですよ、なんとかできるのですか?」
「容易な勝負とは言えませんな。ですが私としては全力を尽くすのみ、その為の鍛錬も積んだつもりです。」
「なるほど、近衛騎士隊長らしいお答えです。ではある程度はお手伝いさせてもらいましょうか。」
「お手伝いですか?今更条件の変更などできませんし、私も望んでいません。」
「知ってます。竹竿と今着ている服だけで十分、そう言ったとオルト殿から聞きました。まあその服に関しては私の思惑通りです。もう分かっていると思いますが、その儀礼服は私の着ているミスリルローブと同種の物で高い防刃性能と魔法耐性があります。衝撃は防ぐことはできないので過信は禁物ですよ。」
「やはりそうでしたか。十分ではありませんが心強いことは間違いありません。」
「それで条件が代わりましたので、追加の装備を持ってきました。いえ、違いますよ。条件を変更するなど近衛騎士隊長殿の名誉を汚すことなどしません。追加の装備とはこれです。」
俺が代わりの武器や防具でも持ってきたと思ったのだろう、アイゼンマウアーの顔が厳しいものになった。一言断ってから二つのカフスを取り出して見せた。
「カフスですか?」
「ええ、人によって装備を変えることができるようにこのような形に収まりました。これは防御の魔法代理石で擬似的な盾になります。左袖につけておくといいでしょう。魔法代理石の使い方はご存知ですね?」
「勿論です。盾として使えるなら心強いですが、実際にはどの程度の盾になりますか?」
「そうですね・・・カフスを中心にして直径20cmぐらい、鉄の剣を受け流す程度の強度はあります。ですが真正面から受け止めることはお勧めしません。」
「それで十分です。ではこちらも同じですか?」
興味が沸いたのかアイゼンマウアーがもう一つのカフスを手に取った。
「そちらは魔法反射の魔法代理石です。やはり同じ大きさの盾が展開されます。反射される方向は角度次第ですので周りに注意して下さい。まあ今回は必要ないと思いますが、一応セットで作りましたので右袖にでもつけておいて下さい。」
「今回は必要ないと仰られると、他にも作る予定ですか?」
「ええ、円卓を囲む全員に用意するつもりですよ。」
「そうですか、盾だけでなく解毒や回復の魔法も役に立ちそうです。しかし私は魔法が使えますが、ゲオルグやホフマンスのように魔法の使えない者もいます。その点は大丈夫ですか?」
「魔法代理石ではなく魔法石を使います。今のところ魔力3までと限定されていますが、無いよりましでしょう。まあ、というわけで今回のことはその服と魔法のカフスの実験の一環なんです。魔道研究所の者も今回の実験結果を期待していますのでよろしく頼みます。」
「なるほど、私は実戦テストに使われるわけですか。ではこれをうまく使って勝利を得るとしましょう。」
再びアイゼンマウアーの口から冗談が飛び出た。だが今回に限ってはそれでは困ることになるだろう。
「いえ、勝ってはいけませんよ。」
「はて?ではここまで準備をしておいて、負けろと言われるのですか?」
「いいえ、近衛騎士隊長殿が負けるなど考えたこともありません。方法は任せますがヒックス卿の面目を保ちつつ、自身の名誉を汚さぬ結果を希望します。これは任務です、よろしいですね?」
「分かりました、任務とあらばお断りすることはできません。ご期待に答えることが出来るよう善処してみましょう。」
「では特等席で見ていますので、あとはお任せします。」
渡す物は渡した。後はアイゼンマウアーがそれをどう使うかだけだ。彼の気性からして無様に負けることなどありえない。だとしたら面白い戦いが見られるに違いない。そんな期待を胸に貴賓席に向かった。




