ノイエブルクの動き
「連合王国からの使者と聞いたが真か?」
ノイエブルクは国務大臣シュタウフェン公の屋敷の応接室、屋敷の主の正面に一人の男が座っている。ノイエブルクのものとは違った様式の貴族服を着ていて、くつろいだ格好の公爵とは対照的である。
「連合王国は三王家の一つ、ロッキード家はヒックス卿より密書を承っております。」
男が懐から封書を取り出そうとすると、公爵の使用人達の間に緊張が広がる。慌てて両手を広げて害意がないことを示した。
「よい、話が進まぬ。好きにさせよ。」
「はっ!」
緊張を解いた使用人達を見届けた使者がゆっくりと封書を取り出す。差し出された封書は使用人の手を介して公爵の手に渡された。封蝋を解き、中から手紙を取り出す。開いて中を見た公爵が愉快ではなさそうな顔をした。
「なぜ、わしのところにこれを?」
「もちろん当方と双壁をなすノイエブルク王家に一報あるべしと、我が主からの言伝にございます。やはり世界は古き良き秩序によって治められなくてはなりません。」
「ふむ、その方の言は正しい。だが心配はいらぬ、平民や奴隷風情がどう振舞おうと一時の血迷い事に過ぎぬ。飼い犬は主人の下に戻る以外に生きていく術はないのだ。」
「ですが、その飼い犬が好き勝手に世界を動かしております。公爵閣下にはさぞ腹立だしいことと存じますが、その点いかがでしょうか?」
公爵の主張は本心とは思えない。使者はそう思ったので控え目に反論してみた。
「賢しいな、そなたには何も分かっておらぬ。猟犬が取ってきた物は全て主の物、この密書にあるようなことなど考えられぬな。ご苦労であったが、これ以上話を続ける必要を認めぬ。客人はお帰りになられる、屋敷の外まで案内いたせ。」
「はっ、ではお客様、ご案内致します。」
使者は自分の任務の失敗を悟った。傲慢な王侯貴族らしい公爵の自尊心を擽ってやればよい、そう思って来たのだが、使者の想像以上に傲慢で無知であったようだ。応接室から出て行く際に見えたのは、自分が渡した貢物を嬉しそうに手に取る公爵の姿であった。
「あれでよろしかったのですか?」
連合王国からの使者を帰した後、使用人の一人が公爵に問うた。
「構わぬ、今更ローザラインの計画を潰してどうなると言うのだ。これまでに幾らの金が動いていると思っている。今までにわしが薦めた業者達から集めた賂、これから入ると思われる収益、それらの全てが台無しになるではないか。せっかく猟犬が獲物を取ってきてくれるのだ、獲物だけおいしく貰えばいい。そうは思わぬか?」
「御意にございます。」
「ふむ、そうであろう。だがこうも考えられる。奴等がいなかったら今のわしはなかった。そう思えば多少の増長ぐらい許してやれると言うものだ。」
(それにわしは永遠の栄華など求めてはおらぬ。わしが生きている間だけでも十分じゃ。藪を突付いて蛇を出す必要はない。いやこの蛇はドラゴンだ、自ら紅蓮の炎に焼かれたオットマーやカウフマンの二の舞は御免じゃ。)
「はて?旦那様、何か言われましたか?」
「なんでもない。もう下がってよいぞ。」
「はっ!では失礼いたします。」
使用人が部屋から出て行った。思わず漏れ出た本音は聞こえたのだろうか、それが気になった。
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シャッテンベルクは昼食の時間を選んでノイエブルクの公衆浴場建設現場にきた。昨日にローザラインから届いた冷蔵庫と一体化した台車にたくさんのグラスを積んできている。
「ローザラインの旦那、ご苦労様です。それはいったいなんですか?」
見慣れない物に気付いた現場監督が声をかけてくる。公爵の要請で建設に携わるほとんどの者はノイエブルクで雇った者でこの現場監督も例に漏れない。
「いずれここで販売する予定の飲み物です。よろしければ飲みませんか?」
「よろしいので?」
「よろしいも何も飲んでいただく為にお持ちしたのですよ。」
そう言いながらもシャッテンベルクの手は完璧な作法で動く。飾りのない透明なグラスを並べて氷を入れ、牛乳を注ぐ。また他のグラスには絞った柑橘類の果汁を天然の炭酸水で割ったものを注いた。
「どうぞ、皆さんで飲んで下さい。感想も言ってもらえると助かります。」
シャッテンベルクがそう言うと皆が集まり、銘々が適当なグラスを手にする。恐る恐る口をつけた。
「うめえ、それに冷てえ。あんたの国ではいつもこんな物を飲んでいるのか?」
「馬鹿、失礼な口を聞くな。」
一人の作業員が思わず声を上げると、慌てて監督が咎めた。
「監督、構いませんよ。質問でも疑問でもなんでも仰って下さい。さっきの質問ですが、これが商品化されたのはまだ最近のことですので、いつも飲んでいるわけではありません。」
「へえ、そうなんだ。これ、氷だよな。こんな贅沢に使っていいのかよ。」
「問題ありませんよ。飲み物自体はどうですか?」
「牛の乳はこう冷やして飲むとおいしいもんだな。」
「こっちのはなんと言っていいか分からんが刺激があってうまい。俺は気に入ったぞ。」
「そうか?俺は駄目だな。口から喉がぴりぴりしてどうもいけねえ。そっちの白いのを貰えるか。」
作業員達が好き勝手に口にすることをシャッテンベルクは頭に記憶する。これらの意見を持ち帰って報告することが今回の任務なのだ。好き嫌いはあるが今のところは概ね良好だ。
「旦那、こいつ等が好き勝手言ってすみません。でも本当によろしかったのですか?詳しいことは分かりませんが結構な値段がすると思うのですが・・・。」
「いえいえ、気にしないで下さい。いずれ一杯2Gぐらいで売るつもりですから、そう高い物でもありませんよ。」
「2Gですか。安くはありませんがそれほど高くはないですね。その値段なら平民のわしらでも手が出ます。」
「そうですね、入浴に10Gとこれの2G、合わせて12G貰えればいいと思ってます。どう思われますか?」
「いいと思いますよ。毎日は無理かもしれないが、三日に一度くらいなら来れるかな。」
「そうですか、ではその様に報告しておきます。」
昼食が終わるころには十分に用意していた飲み物が全て無くなっていた。シャッテンベルクは確かな手ごたえを感じながら現場を後にした。




