鉄壁の過去
連合王国の城下にあるガイラの屋敷は大きい。建物はそうではないのだが大牙が自由に行動できるように広い庭がある屋敷が与えられたのだ。もちろん魔獣が簡単に出入りできないように高い塀で囲まれている。
「来いっ!」
「参るっ!」
ガイラとアイゼンマウアーが相対している。ここ数日の早朝、当たり前のように行なっている。まず体を温める為に一通りの基本鍛錬を行い、その後に訓練用の武具を使って模擬戦を行なうのだ。
相対する二人の距離が縮まる。先に敵を自分の間合いに入れたのはアイゼンマウアー、当然のことだが武器を持つアイゼンマウアーの方が間合いは広い。本来ならこのまま相手が攻撃してくるのを待つのがアイゼンマウアーの流儀だが、最近は違う。そのまま足を進めてガイラの間合いぎりぎりまで距離を詰めた。ガイラは動かない。
「はっ!」
中段に構えたアイゼンマウアーの剣が一瞬振りかぶられ、軽く前に突き出されていたガイラの右手を襲う。それを予想していたのかガイラの半身が引かれて剣が空を切った。ガイラは引いた体ごと拳を突き出すが、押し付けられた盾によって本来の威力を発揮できない。もうこうなると互いの間合いの内側すぎて攻撃はままならない。互いに後ろに跳び下がった。
「やはり無理か、こちらから手を出すのはまだまだのようだ。」
「そうだな、こっちも受けからの攻撃はうまく行かん。慣れないことをするのは難しい。」
アイゼンマウアーが剣を下ろして感想を口にすると、ガイラも拳を下ろして感想を言う。広い庭の片隅で今の勝負を見ていた大牙は、大きな欠伸をすると目を瞑って顔を伏せた。どうやら今日の鍛錬が終わったと判断したようだ。
「鉄拳、悪いな。まだ何日か付き合ってもらわねばならないようだ。」
「そうでもないぞ。自慢するみたいで嫌なんだが、俺以外の者になら今のままでも通用すると思う。」
「そうか、鉄拳に褒められるとは光栄だ。こちらも言わせてもらうと最小限の動きでこちらの攻撃を避けたのはいい。だがその後が駄目だな。」
「分かっている。鉄壁、あんたには俺がどう反撃するか分かっていたのだろう?」
「勿論だ、それでも私以外の者になら通用するだろう。」
アイゼンマウアーの言った冗談にガイラが笑う。それにつられてアイゼンマウアーも笑った。
「私以外と言えば聞いたか?あいつがやってくれたようだぜ。」
「あいつ?誰のことだ。」
「あんたの国の辣腕宰相のことだ。エグザイルの影の支配者相手にやらかしたらしい。それで交渉がうまくいったが、うちの王子にとっては自分の力だけで交渉がうまく行かなかったことが悔しかったそうだ。昨日の夜戻ってきて愚痴を並べていったよ。」
ガイラが楽しそうに語るが、アイゼンマウアーには初耳のことだった。
「そんな話は聞いていない。エグザイルの影の支配者とは何のことだ。それに何をやらかしたのだ?」
「そう怖い顔で尋問しなくても教えてやるよ。商人の町エグザイルには二人の長がいるんだ。一人は当然町長で、もう一人が商人ギルドの長だ。この商人ギルドの長が厄介なばばあで、こいつに嫌われたらあの町で商売はやっていけないらしい。何度か護衛をしてやった商人がぼやいてたよ。で、そのいけ好かないばばあの目の前に炎を叩き付けたというわけだ。リスター王子が離れた場所で見ていたが、それですっかり大人しくなって話がまとまったそうだ。」
「ずいぶんと驚いたことだろう。あのワンワードマジックは他の誰にも真似できることではない。少々やり過ぎな気はするが必要なことだったのであろうな。」
「違いない。無意味に力を誇る奴じゃないからな。鉄壁、知ってるか、あいつは結構人見知りする方なんだ。それとあの見た目だから何も知らない相手なら舐めてかかられることが多い。見た目はそこらにいる学者だが戦うこともできると揶揄して戦う学者なんて渾名をつけてやったんだぜ。気に入っていたみたいだがな。」
「そうか?私が始めて見た時には激しい内面が表に出ていた。それで私も本気で相手をすることにしたのだが。」
「ん?その話は聞いたことがないな。何があった?」
互いの頭にあるイメージがかなり違う。二人とも疑問が顔に出ている。
「何、そう複雑な話でもない。まだノイエブルク仕えていた時の話だが、出来の悪い部下が新人のテストに乱入した。小器用な新人をからかってやろうと思ったらしいが見事に反撃を受けることとなったわけだ。その後に一合だけの勝負をした。紙一重で私が勝ちを得ることができたが、それで大臣に推挙するに足ると判断した。結果的には正しかったと言えよう。」
「なるほどねえ、あの旅の間にもずいぶんとあんたを買っている発言を聞いたが、そんな因縁があったのか。あんたは運がいい・・・いや、運がいいのはあいつか?」
「双方であろうな。あのことがなければ大臣に推挙することもなかったであろうし、そうなればノイエブルクがどうなっていたか想像もできぬ。」
「そうか?その場合はあんたが魔王の島に派遣されていたと思うぞ。俺から見てもその力量は十分にある。」
「残念ながらそれは無理な話だ。姫様の誘拐によって騎士は動きが取れなくなっていた。」
「あ~、そうだった。立場に縛られるとは面倒な話だな。」
「違いない。当時の私も何度近衛騎士を返上しようと思ったか・・・。」
「それで思い出したことがある。なんで近衛騎士なんてやっていたんだ?貴族の出身じゃないあんたが忠誠を誓うに相応しい相手とは思えなかったがな。」
失礼な言い方に一瞬アイゼンマウアーが憮然とした顔になる。
「ライムント16世陛下には恩義があった。一介の戦士には過ぎたる恩義だ。」
「恩義ねえ、何があったか聞いてもいいか?」
「構わん、あれはまだ私が一介の戦士、陛下も王子の一人でしかなかった頃だ。ある依頼で敵対することになった者がいたのだが、その中に当時の近衛騎士がいた。」
「もしかして、叩きのめしたのか?」
「ああ、そうだ。身分以外にこちらに一握りの非もない状況だ、立ち上がることもできないぐらい叩きのめしてやった。あの頃は若かったな。」
アイゼンマウアーの言葉にガイラも覚えのあるようなことであったが口を挟まなかった。
「その後はよくある話だ。面子を潰された貴族や近衛騎士達の妨害によって私はノイエブルクにいられなくなった。そこを助けてくれたのが当時王子だった陛下で、自分の立場が悪くなることにも構わず間を取り持ってくれたのだ。だから陛下が王となられ、近衛騎士に誘われた際には即その要請を受けることにした。その際にアイゼンマウアーの姓も頂いた。」
「アイゼン(鉄)、マウアー(壁)ねえ・・・壁なら普通ワンツじゃないか?」
「響きが美しくない。私もそう思って聞いたら笑顔でそう答えられた。」
「なるほど、あんたが忠誠を誓うわけだ。さっきは何も知らずに詰まらんことを言った。忘れてくれ。」
ガイラの頭が素直にアイゼンマウアーの前に下げられる。アイゼンマウアーはふっと自虐的な笑みを浮かべた。
「これは私の心の内の問題で余人に話すことではない。だから余人が何を言おうが気にはしない。」
「そうか、そう言ってくれると助かる。だがそんな大事なことをなぜ俺に語った。」
「そうだな・・・あまり理知的な言葉ではないが、なぜか語ってもいいと思った。今まで誰にも語ったことのない話なのだがな。」
二人の間を静寂が包む。いつの間にか座り込んでいたガイラがすっくと立ち上がった。
「さて、もう一丁やるか。」
アイゼンマウアーが黙って立ち上がり武器を構える。しばらくして二人の影が交差した。




