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実戦訓練

 アイゼンマウアーの闘法はきわめてシンプルである。恵まれた体格に思考を裏切らない身体、さらに相手の間合いが感覚的に把握できることは、相手より後に動いて尚有利なものとしていた。実際にアイゼンマウアーから手を出すことはまずなく、相手の攻撃に合わせて最も効率的な攻撃を加えることを信条としていた。


 だが今考えていることは違った。先日、宰相に見事に一本取られたのはそれらの利点を逆手に取られたもので、勝ちを得たと思った瞬間に負けていたのだ。ならば次はこちらから出て相手に対応させてみせよう。その実験台が目の前にいくらでもいる。


「手前、何笑っていやがる、舐めてんのかっ!」


「失礼、闘いの愉悦に浸るのは武人として控えるべきとは分かっているのだが、今はそれもままならぬようだ。」


 アイゼンマウアーは話をしながら周りにいる者の得物を確かめていた。素手のままでは思った鍛錬ができないので然るべき得物が欲しい。銅の剣、鉄の槍、棍棒、大型のナイフ、希望に沿う武器を持っている者はいない。それでもそれに近い武器を手に入れる妙案を思いついた。


「参るっ!」


 大勢に囲まれていても余裕を見せているアイゼンマウアーに対して誰から手を出すか、微妙な雰囲気になっていた。いつもは自分から相手の間合いに入ることはないが、ここはあえて飛び込む。近くにいた槍を持った男の懐に飛び込み、槍を掴んで軽く引っ張った。


「はっ、放せっ!」


 武器を奪われんと力を入れた男は次の瞬間自分の力で宙を舞うことになった。勿論微妙な力加減でアイゼンマウアーが投げたのだが、それを理解出来た者はいない。皆呆気に取られていたがいち早く正気に戻った者がアイゼンマウアーに切りかかる。振り下ろされる銅の剣をなんとか鉄の槍の柄で受け止めるが、木でできた柄は当然のように両断されてしまった。


「馬鹿が、その程度でよく今までやってこれたな。」


 槍を切り落とした男が嘲笑すると、周りの者も同調して下品な笑い声を上げる。


「いや、これでいい。ちょうどいい長さの武器が手に入った。さあ続きをしようか。」


 手にした鉄の槍の柄はいつも使っている豪炎の剣と同じ長さ、軽く振って感触を確かめた。囲むごろつきを改めて観察する。大体の力量と間合いは分かった。


「遅いっ!」


 手近なごろつきの間合いをあっさりと破り、胸の中央を突く。呼吸ができなくなった男は蹲ってもがき苦しむ。その鮮やかな手腕に時が止まった。


「くそっ、一斉にかかれ!」


 ごろつきのボスの命令で皆が襲い掛かる。アイゼンマウアーはその全ての攻撃に対して先んじて攻撃を加えた。武器を持つ手を軽く打って武器を落とし、すれ違いざまに脛を軽く打つ。前に出ようとする者の額に棍の先端をぴたりと当て、軽く突く。他にもあらゆる方法で攻撃をし続けるが、軽く打つだけなので動けなくなる者はいない。空き地の隅の小屋の中からその闘いを見ていた案内人は、演舞を見ている錯覚に陥っていた。


「ぜい、ぜい、ぜい・・・・てめえ、舐めてるのか、やろうと思えばいつでもできただろう・・・。」


 10分の後、息も絶え絶えのごろつき達の中央に立っているアイゼンマウアーがいた。その息は少しも乱れていない。疲れてもう立つこともできなくなっている者達が対照的だ。


「訳あって試したいことがあっただけだ。まだやると言うならいくらでもお相手しよう。」


「・・・遠慮しておく。これ以上続けたら身が持たない。」


「そうか、残念だ。」


 残念、そう言ったアイゼンマウアーの声にごろつき全てが背筋に寒いものを感じた。


「頼まれたとはいえ襲って悪かった。これは独り言だが、あんたを襲ったのはさるやんごとなき御方の命令らしい。他にも同じようなことを命令された者もいるとも聞いている。あんたなら問題ないだろうが、他にも来ている者がいるなら気をつけた方がいいぞ。」


「分かった、忠告感謝する。」


「そうか、じゃあ俺達は引き上げさせてもらう。それで構わないか?」


「好きにしろ。」


 ごろつきのボスは仲間達に引き上げを命令する。動けなくなっていた者も仲間の肩を借りて空き地から出て行く。空き地から出て行くときに、ごろつき達がアイゼンマウアーに一頭を下げていった。全てのごろつきが姿を消えた頃、小屋から出てきた案内人が感心した面持ちで話しかけてくる。


「いやあ、すごかったです。あの人数をものともしないとは噂以上です。」


「相手が弱いだけです。それより気になることがあります。他にも来ている者とは誰のことですか?」


「あれ、お聞きになってませんか?今日貴国の国王様が王妃様と来ておられるはずです。」


「何っ、そんなこと私は聞いていない。どこに滞在しておられる?」


「確かマグダネル家に招かれているはずです。」


「済まぬが所要を思い出した。今日は失礼させてもらう。」


 アイゼンマウアーは案内人の返事も聞かずに連合王国の城に向かって走り出した。


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「ローザ、今日のところは失礼させてもらうよ。」


「はい、アンナ王女様、本日は大変楽しい時間を過ごすことができました。今度はぜひローザラインにお出で下さいませ。」


「はい、勿論です、ローゼマリー王妃様。本日はありがとうございました。」


 歓談が一段落したのを見計らってアレフがこの場を辞することを告げた。二人はアンナ王女とガイラ、他の者が見送る。


「護衛をお付け致します。アーサー、お二人をお願いします。」


「いえ、結構です。ここは敵地ではありません。」


「ですが・・・。」


 まだ何か言おうとするアーサーをアレフが手で制する。


「すぐそこです。お気持ちだけ頂いておきますので、どうぞお気遣いなく。では。」


 アレフがローザの手を引いて城から出ていく。


「どこに行くの?」


「僕達が先日泊まった宿屋がある。あまり豪華ではないけど食事のおいしい宿屋だよ。」


「それは楽しみだわ。」


 二人が仲良く連れ添って歩いていく。


「あ~あ、行っちゃった。もっとお話を聞きたかったのにな。」


「なんだ、まだ話し足りなかったのか。なら今度はローザラインで話をするんだな。」


「うん、まあそうじゃの。」


 アンナ王女はその後ろ姿が見えなくなってから屋敷の中に入った。

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