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国王の帰還

「只今戻りました。留守番ご苦労さまでした。」


 突然、宰相執務室に現れたアレフが帰還を報告した。ドゥーマンを除くほとんどの文官が驚いている。まあそうだろう、今日戻るなんて聞いてないし、わざわざここに顔を出す必要もないのだ。とりあえずドゥーマンに目配せして人払いを頼む。しばらくして部屋の中は俺とアレフと二人になった。


「お帰り、アレフ。ずいぶんと苦労したようだね。大体のことは報告書を読んで把握しているが、試合の後のことは詳しくは知らない。どうなったのかな?」


「試しの儀式なるものを達成した褒美として、アイゼンマウアーが公衆浴場の建設に協力してもらえる様要請しました。」


「なるほど、アイゼンマウアーらしいね。それで話が進んだのか、歴史ある国だけに面倒な話だな。」


「そうですね、ノイエブルクと違って有力な王家が三つあるせいか対立が酷かったです。現大王のマクダネル家のすることには無条件で反対しないと気が済まないみたいでした。そのせいで毎日反対派のフェアチャイルド家とロッキード家の会談と称する晩餐会に出席していました。」


 アレフが心底うんざりした口調でそう言った。やはりリスター王子に任せなくて大正解だったみたいだ。


「でも外交の練習にはなっただろう。その程度のやつならまだ楽な方だ。少なくともこちらに対して害意や殺意はないからな。」


「ええ、それは感じました。」


「それで十分、だったら次からは人物相関をよく調べてから行くといい。誰が誰に対してどんな感情を持っているか、それが分かるだけで交渉が一つ前に進むはずだよ。」


「確かにそうですね。でもどうやって調べればいいのですか?」


「影を使えよ。俺がノイエブルクに対する攻撃を止めさせたからシュミットが暇をしている。命令すれば世界中のどこにでも行くはずだよ。」


「そんな、悪いですよ。そう人を便利に使うのは慣れていません。」


「慣れてくれ。それにシュミットは便利に使われて文句を言うやつじゃない。むしろあらゆる場所に行けることを喜ぶはずだぞ。」


「そうなんですか?」


「ああ、世界中の町ごとに女を作ってやると豪語していた。暇をしているから諜報を命じておくといい。」


 俺の言ったことに呆れたのかアレフの口が開いたままになっている。


「えっと、何て言うか、それはそれで何か悪い気がします。」


「そう言ってやるな、シュミットが女を囲うことで救われる者もいる。諜報に金が必要なら俺に言ってくれればいい。それが例え現地の女に流れてもそれで構わない。」


「ずいぶんと達観視しているんですね。僕はまだそこまで割り切れません。」


「そうか、となるとエグザイルのこれも反対しそうだな。」


 エグザイルの娼館が絡んだ計画書を机の抽斗から出してアレフに渡す。読んでいる途中からアレフの顔が険しいものになった。


「これ本気ですか?」


「本気だよ。せっかくリスター王子が漕ぎつけてきたんだ、邪魔はしてやるなよ。」


「ですが娼館に協力するなんて賛成できません。」


「そう言うと思ったよ。だけど誰もがアレフみたいに理想の女性と結婚できるわけではない。それに金を稼ぐ為に体を売る女もいる。それを邪魔してはいけないよ。」


 アレフは顔を伏せて感情を押し殺している。何か言おうとしているが言葉にできないようだ。


「邪魔したいなら代替案が必要だ。それにたとえ代替案があっても他国に口を出すことはできないぞ。」


「もしかして我が国でも同じことをしようとしているんですか?」


「ああ、それ以前にローザラインやメタルマにはすでに娼館がある。それにグランローズにエグザイルと同規模の施設を作る予定だ。世界の中心となる港湾都市にするには清濁併せ呑む必要がある。」


「本当にそれでいいのですか?」


 アレフが念を押すように聞く。


「だから言っただろう。良いも悪いもない。こちらで用意しなければ勝手に何処かから現れることになる。そうなるぐらいだったらこちらで管理できた方がいいさ。」


「分かりました。ですが無理強いや奴隷の如く扱うことは許しません。」


「勿論だよ、そんなのは前提条件にすぎない。やるからにはできるだけ誰もが納得いく形にする。」


 それで納得いったのだろう。険しかったアレフの顔が笑顔に変わった。


「それはそうと、ガイラはどうだった?」


「それが別人のように穏やかで、前のどこか餓えた感じが無くなっていました。それでもアイゼンマウアーとの闘いが出来るとなったら元に戻りましたけどね。」


「うん、まあ昔から渇望していたからな。俺もその試合見たかった、影からの報告で何があったか分かっているけど、実際にこの目で見たかったよ。」


「すごかったですよ。あんな試合は二度と見られるものじゃありません。惜しいことをしましたね。」


 珍しくアレフが俺をからかう。ここ数年国王となってからは滅多に見ることのできないアレフの素顔だ。


「言ったな。よし、ならもっとすごい試合をみせてやる。報告を見ていて一つ試したいことができた。近いうちに近衛騎士の訓練に参加させてもらう。そこで近衛騎士隊長に1対1の試合を申し込むつもりだ。」


「勝てる、そう思っているみたいですね。」


「まあね、一発勝負になるからまだ何も言えないがうまく行けば勝てると思う。」


「そうですか、アイゼンマウアーは明日にでも戻ってくる予定です。明後日にでもその場を用意させましょう。」


「よし、陛下の許しが出たなら無様な試合はできないな。少し練習をしておくかな。」


「そうして下さい、アイゼンマウアーは手強いですよ。中途半端なことをすると大怪我をします。では僕は私室に戻ります。一週間ほどローザの顔を見ていません。」


 アレフは席を立つと笑みを浮かべたまま出て行った。すれ違いで入ってきたドゥーマンや文官が怪訝そうな顔をしていたのがどこか可笑しかった。


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 俺は木工職人の下を訪れると腰の刀を見せ、同じ様な木刀を作るよう頼んだ。勿論鞘も一緒に作るように頼む。細かい寸法まで指定すると嫌な顔をしたのでいくらか金を包んで渡した。一日の仕事が終わると思うことがあってメタルマに跳ぶ。そこで思わぬものを見た。夜になって暗くなった城下町に一際明るい区画がありそこにたくさんの人が群がっていた。


「なんで公衆浴場が開店しているんだ?」


 思わず疑問の言葉が口から飛び出た。誰かに聞いたわけではないので返事は返ってこない。まだ給湯器の核となる代理魔法石は持ってきていないはずだ。外に並んでいる人の列を掻き分け、公衆浴場へと駆け込んだ。風呂自体には行かず、本来代理魔法石の置かれるはずの場所へと向かった。


「あれっ、ケルテン、どうしたの?」


 そこにいたのはマギー、火炎の魔法を使って湯を沸かしている。


「どうしたのじゃなくて、マギーこそ何してるんだよ。」


「お湯を沸かしているのよ。見れば分かるでしょ。」


「いやいや、俺が言っているのはそう言う意味じゃなくて、なんて無茶をしているんだ。お腹の子になにかあったらどうするつもりだよ。」


「何にも起きないわよ。それよりしばらく魔法を使っていなかったせいか、魔力が勝手に放出されるようになったの。だからある程度魔力を自分で放出することにしたわ。皆、お風呂に期待していたしちょうどいいかなと思って、夜2時間だけ開店することにしたのよ。」


 なるほど、元々膨大な魔力を持つマギーだ。まさか魔法を使わないことでそんな副作用があるとは想像だにしなかった。改めてよく見るとマギーに向かって団扇で風を送っている者がいる。それも俺の慌てぶりに笑いを我慢していた。


「大丈夫です。姉御になにかあっては大変ですから、お腹の子供も含めて健康には気をつけています。」


「ああ、そうみたいだ、これからもよろしく頼む。それよりマギー、魔力が漏れるとどうなるんだ?」


「ん~、なんと言うか適当な魔法が発動する。回復系ならいいけど火炎とかの攻撃魔法だとそこら中に迷惑がかかるわ。一度は執務机の上にあった書類が全部燃えちゃった。」


 マギーは舌を出してばつが悪そうに笑った。


「燃えちゃったじゃねえよ。危険すぎるわ。」


「だからここで有効に利用しているの。いい考えでしょ。」


「うん、まあそうだけど・・・。」


「そう心配しなくていいわよ。自分の体のことは自分が一番知っているわ。絶対に無理はしないから好きにやらせて。」


「分かった。だけど絶対に無理するなよ。」


「分かってるわよ。それよりメタルマに何か用?ローザラインの留守番はもういいの?」


「いやマギーの顔が見たかっただけだ。アレフが一度戻ってきていて今日はローザラインにいなくてもよくなった。」


「そう、じゃあ今日はゆっくりしていきなさい。私もあと十分したら部屋に戻るわ。」


 マギーは俺の言葉に嬉しそうに笑った。本当は他にしたいことがあったがここは言わないことにする。余計な心配をかけることはない。

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