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形なき褒美

 連合王国の城の謁見の間、ウィルフレッド5世とアレフ一世が並んで座っている。そこに騎士アーサーに案内されてアイゼンマウアーが姿を現した。


「陛下、ローザライン共和王国国王アレフ一世様、同じく近衛騎士隊長アイゼンマウアー殿をお連れ致しました。」


「ふむ、ご苦労であった。列に戻るがよい。」


 騎士アーサーは騎士の列に並ぶ。並ぶ近衛騎士と騎士の視線が眼前で畏まるアイゼンマウアーに注がれている。アーサーを含む騎士の内何人かは尊敬と畏怖の目で、近衛騎士達からは侮蔑と畏怖が入り混じった目が注がれていることをアレフは見てとった。


「ローザライン共和王国近衛騎士隊長アイゼンマウアーよ、そなたの武勇、しかと見届けた。此度の勝利を持って我が国の試しの儀を達成したと認定させてもらおう。」


「失礼ながら申し上げます。先の勝負には勝者はおりません。」


 アイゼンマウアーの厳格かつ冷静な声が謁見の間に響き渡る。その言葉の内容に並ぶ者達がざわめく。


「なんと勝者がおらぬだと、それは如何なる意味であるか?」


「言葉通りにございます。双方に十分な戦闘力が無くなった時点で勝負が終わりました。それだけのことです。」


「ほう、余の考えとは違うな。あのサーベルタイガーが介入した時点ではそなたが優勢だと思っておったのだが違うか?それに故意ではないとは言え、介入を許したこちらの不手際は真剣勝負にはあってはならぬもの、故にそなたの勝利と判断したのだがそなたの考えは違うのか?」


「では説明させて頂きます。まず私が優勢であったと言うのは間違いです。あの時点で私の左腕は折れ、しかも肩から先が動かない状態にありました。おそらく私が斬ったガイラ殿の左腕も似たような状況にあったと考えます。さらにあの魔物はガイラ殿を援護する為に介入したのではありません。おそらく闘いを止める為、あのまま続ければ不毛な結果になることを恐れたと思われます。故に勝者は無いと申し上げた次第にあります。」


 再び、静かだが力強いアイゼンマウアーの声が響き渡る。さらにざわめきがひどくなり、近衛騎士の列の中から人を嘲る言葉が聞こえた。


「陛下の仰せに異議を唱えるとは何たる無礼、やはり新興国の者は礼儀を知らぬと見えるな。」


「止めよ、ヒックス卿。その者は余の臣下ではなく、余の大事な客分である。不当に貶めることは余を貶めることと思え、よいな!」


「はっ!ですがあまりに無・・・。」


「黙れっ!その者やガイラの武の足元にも及ばぬそなたが偉そうな口を聞くな。我が国は武を持って誇りとなす。ならばそなたは己の武を賭けよ、おそらくそこの武人は誰の挑戦も拒むことはないはず、違うか?」


 近衛騎士の一人の言葉を明らかな怒気を込めて阻む。さらにアイゼンマウアーに向かって思わぬ質問が飛び出た。


「勿論にございます。我が陛下のお許しさえあれば如何なる勝負でもお受け致しましょう。」


「よくぞ申した。ヒックス卿よ、そなたは名誉を賭けて挑まねばならなくなった。今後はそのアイゼンマウアー、もしくはその者と引き分けたガイラとの闘いをもってそなたへの試しの儀となそうか。」


「うぐっ!」


 ウィルフレッド5世の言葉にヒックス卿なる近衛騎士が絶句した。そして引き分けが認められたアイゼンマウアーは緊張を解き、アレフも安堵の表情を浮かべた。


「では引き分けをもって試しの儀を達成したものと見なす。試しの儀を達成した者には然るべく褒美をやらねばならぬが、何か希望はあるか?」


「望みですか・・・一つお願いがあります。此度当方が訪れた目的、城下に公衆浴場なる物を建てることをお許し下さい。」


「なんじゃ、そんなことでいいのか。余も計画書を見せてもらったが反対する理由はないが、何か問題でもあったのか?」


 アイゼンマウアーはその質問には答えない。他の国のこととは言え他人を貶めるが如き言葉を口にすることには抵抗がある。


「よい、申してみよ。」


「では申し上げます。今まで幾人かの有力者との面談を致しましたがより良い返事を頂けませんでした。」


「なるほど、どんな返事がされたか想像できるぞ。我等王族の風習が下賎な平民ごときに受け入れられるわけがない。平民が我等の真似をするなど想像もしたくない。まあそんなところだろうな。構わぬ、余が許可する。好きな様に計画を進めるがよい。」


「はっ!ありがたき幸せ。」


 アイゼンマウアーが深々と頭を下げる。今の大王の言葉でここに来た目的を果たすことができる、そう確信した。


「うむ、アレフ殿、これでよろしいか?」


「結構です。噂に聞く連合王国の大王の英断、しかと見せて頂きました。」


「噂か、しばらく顔を見ておらぬがその噂の主は元気でやっておるか?」


「ええ、元気にあちこちを飛び回っています。いずれ成長したリ王子をお返しできると思いますよ。」


「そうか、それは楽しみだ。」


 アレフの言葉にウィルフレッド5世が笑みを浮かべる。その表情に近衛騎士の席にいる者達の表情が曇った。


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「宰相殿、連合王国から報告書が届いています。」


 ローザラインは宰相執務室、留守番役となっている俺にドゥーマンが嬉しそうに書類を渡してきた。


「その顔を見ると朗報みたいだな。ふむ・・・・・なるほど大変だったようだが無事建設の許可を得られたか。しかしまあ、アイゼンマウアー対ガイラか、さぞかし見物であっただろうな。」


「それについては別に報告書があります。ロバート殿からの物で、よほど嬉しかったのか絵によって描かれています。ご覧になりますか?」


「絵で描かれている?ちょっと見せてもらえるか。」


 報告書が絵で描かれていることなど聞いたこともない。少し疑問に思ったが見せてもらう。そこには対峙する二人の姿からどんな攻防が行なわれたかまで分かりやすく絵で描かれていた。最後に一言、あの魔物が割り込まねばアイゼンマウアーの勝利は確実であったと書いてある。


「なるほどね、実戦から離れていたガイラではアイゼンマウアーには勝てなかったか。不憫なことだ。」


「不憫・・・ですか?」


「そう不憫だ、昔からアイゼンマウアーを相手に闘うことを渇望していたが、それが叶った時には体はともかく心が鈍っていた。万全の状態で闘わせてやりたかったな。まあそれでもアイゼンマウアーの勝利は揺るぎないかな?」


「ずいぶんと近衛騎士隊長を買っておられますが、何か根拠でもあるのですか?」


「ああ、勿論ある。アイゼンマウアーの強さの秘密、ドゥーマンは分かるか?」


 俺の質問にドゥーマンが首を捻って考え込んでいる。ドゥーマンは魔法使いなので剣は得意ではない。


「力が強いとか、俊敏さとかですか?確かに近衛騎士隊長はどちらも兼ねそろえていますが。」


「違うよ、力と俊敏さならガイラの方が上だ。」


「では剣に加えて高度な魔法も行使できることでしょうか?」


「うん、まあそれもあるが本質はそこじゃない。アイゼンマウアーの真価は眼にある。」


「眼・・・ですか?」


 抽象的過ぎたのか全く意味が分からないとドゥーマンの顔に書いてある。ここは詳しく説明してやろう。


「ああ、眼だ。昔、初見で俺の抜き打ちの間合いを見切ってみせた。訓練用の木剣だったが普通できることじゃない。おそらくアイゼンマウアーは感覚的に相手の間合いが分かるんだ。そしてその感覚を生かせる身体を持っている。天性の素質と言っていいだろうね。」


「まだピンときませんね。」


「う~ん、そうだな。このペンを武器だとするだろ、これを俺がここから普通に振るうとドゥーマンの所までは届かない、分かるか?」


 手にしていたペンを軽く振って届かないことを示す。俺とドゥーマンとの間は2mはあるから当然届くわけがない。


「当然です。それぐらいは分かります。」


「でも実際は届く。俺が一歩踏み出して振れば・・・ほらこの通り届く。これが俺の間合いだ。」


 大きく一歩踏み出し、さらに腕を伸ばしてペン先をドゥーマンの目の前に届かせる。


「驚きました。宰相殿がすごいのは知っていましたが、対峙すると改めて分かります。それでこれが近衛騎士隊長の素質と何の関係があるのですか?」


「アイゼンマウアーにはこの間合いが見えている。だから相手の攻撃の届かない場所から自在に行動を取れる。剣を目の前1cmでやり過ごすのも、盾を使って受け流すのも自由自在だ。」


「なるほど、だとすると近衛騎士隊長殿に勝てる者はいないと言うことですか?」


「いや、そうでもない。実際に力量の近いガイラの攻撃は受け損ねているし、間合いの分かり辛い攻撃を使うことで惑わすこともできる。」


「なるほど、それで宰相殿は勝てるのですか?」


「白兵だけの模擬戦だとなんとか5本に1本取れればいい方だろうね。それも1勝する為に4本を捨石にしないといけないな。」


「何か意味深ですね。条件次第では勝てると言っているようなものですよ。」


「うん、一回しか通用しないだろうけど勝てるだろう方法がある。そうだ、アイゼンマウアーが帰ってきたら久し振りに近衛騎士の模擬戦に参加しよう。ドゥーマン知っているか、近衛騎士ではアイゼンマウアーから一本を取った者に全員が一杯奢ると言う決め事があるんだ。その恩恵に預かれるチャンスだな。」


「宰相殿はお酒を嗜まれないのではなかったですか?」


「うん、まあ酒が目的じゃなくて、勝ったという栄誉が欲しい。酒は呑んべえのゲオルグにでも飲ませておけばいい。なんだったらドゥーマン、お前も来ればいい。」


「そうですね、ではその時は必ず呼んで下さいよ。」


「了解、じゃあ仕事を続けよう。グランローズはどうなっているか?」


 脱線した話を元に戻し、仕事を続ける。山と積まれた書類を数人の文官に手分けする。処理されてきた書類に目を通し、裁可の印を押す。そうしたいつもの仕事の最中にも関わらず、俺の頭の中ではアイゼンマウアーに勝つ算段をしていた。

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