勝者なき闘い
控え室に戻ったアイゼンマウアーは椅子に座って左腕の鉄の盾を外そうとしていた。肩からだらりと下がった左腕は自由に動かない為、外すのに手こずっている。
「無茶しますね、旦那。」
いつの間にか部屋にいた影が呆れた口調で声をかける。
「無傷で勝てる相手ではない、それだけだ。」
「まあそうなんですけどね。ちょっと痛みますけど、我慢してくださいよっと!」
影が盾の外れた左腕を持つと外れていた肩を入れる。ボキッと嫌な音がしてはまったがアイゼンマウアーは顔色一つ変えない。動くかどうか調べるために左手を開こうとしたが前腕に響いた痛みに、今度は顔をしかめた。
「ご苦労さまでした。」
部屋に入ってきたアレフが善戦を労わると、アイゼンマウアーは座っていた椅子から降り臣下の礼を取った。左腕は背中側に回してアレフに見えないようにする。隣にいた影も同じく片膝をついた。
「陛下、申し訳ありません。勝利を得ることができませんでした。」
「いいえ、あれで十分です。あれ以上やったらどちらかが死ぬことになっていたでしょう。それで余計な遺恨を残しては元も子もありませんからね。それで怪我の具合はどうですか?」
「この程度大したことありません。」
「嗚呼、もう、旦那。大したこと無いわけないじゃないですか。肩も外れていたし、前腕も折れてますよ。」
何でもない顔で話すアイゼンマウアーに変わって影が申告する。
「それはいけませんね。具合を看ましょう。」
「いえ、そんな・・・勿体無いことにございます。」
アイゼンマウアーはアレフの手当てを固辞し後ろに下がろうとする。しかし後ろに畏まっていた影にぶつかってそれ以上下がれなくなった。
「私も片腕を失いたくないですから、動かないで下さい。ちょっと押さえていてもらえますか?」
「はいよ、旦那悪く思わないで下さいよ。陛下の命令なんで聞かないといけませんや。」
背後に立った影がアイゼンマウアーの両肩を押さえる。それで動けなくなったアイゼンマウアーの左腕に手を当てて折れている箇所を確認した。
「これはひどい。まず、ずれを治しますのでしっかりと押さえておいて下さい。」
黙って影はアイゼンマウアーの左腕を持つとしっかりと固定する。アレフはその手首を持つと一度引っ張る。それでずれた骨はぴったりとはまり腕は真っ直ぐになった。
「これでいいでしょう。では大治癒の魔法を使います。」
「いえ、それは自分でやります。」
「いいから任せて下さい。」
《僕は魔力を10消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ、
おお、万能たる力よ、血、肉、骨となりてこの者を癒せ!Magna Sanitatem(
大治癒)!》
アレフの手の平が光り輝きアイゼンマウアーの左腕に当てられる。光が吸い込まれて行き折れた腕を癒した。アイゼンマウアーは左手を開閉して治ったことを示した。
「陛下、ありがとうございます。」
「いえ、これぐらい何でもないことです。しかし一撃で腕を折り、肩を外すとはやはりガイラはすごいですね。よくこれだけで済んだものです。」
「御意、あれほどの強者はそうはいません。今まで相手をした者の中でも随一と言っていいでしょう・・・失礼しました。五指に入ると言って・・・」
自分の言葉が主君を貶める言葉であったことを訂正しようとしたが、それはアレフの言葉によって阻まれた。
「随一で構いませんよ。ガイラの強さは私の方が知っています。勇者の盾を持ってしてもあの一撃を受け止める自信はありません。」
「そうですか。私は止められると思っていたのですが、実際には三回目の攻撃を受け損ねてしまいました。」
アイゼンマウアーは先の闘いを反省していた。ほんの少しの慢心すら許せない、そんな表情をしている近衛騎士隊長にアレフは声をかけた。
「では行きましょうか。結果はどうであれ挨拶に出向かねばなりませんからね。」
「御意。」
アレフが先導して部屋を出る。アイゼンマウアーはいつもの表情に戻り、いつも通りその後ろをついて行った。
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「くそっ!」
反対側の控え室に戻ったガイラはそこにあった椅子を思いっきり蹴飛ばした。一撃で粉砕された椅子の破片が飛び散る。後ろについて来ていたアン王女とアーサーが顔をしかめている。
「ガイラ、何をそんなに怒っておるのじゃ。」
「負けた。まあそれはいい。だがそれをなかったことにされた。向こうは自分が勝ちだと幾らでも言い張れたのにそうしなかった。こんな不愉快なことがあるかっ!」
「ガウ・・・。」
誰に向かってではないが怒鳴り散らすガイラに大きな虎が縮こまっている。
「これ、ガイラ。大牙が怒られたかと困っておるではないか。」
「済まん、お前に怒っているわけじゃない。まんまと奴の手に嵌った自分が腹立だしいだけだ。」
「なんじゃ、何か卑怯なことでもされたのか?」
「はははっ、何も卑怯なことなどされてない。」
自虐的な笑みを浮かべながらガイラは答える。
「では何じゃ?」
「まず最初に鉄の剣と鉄の盾を選択した。あれで俺はこれを使うわけにはいかなくなった。」
ポケットからミスリルナックルを取り出して見せる。
「その後もだ。鎧を着ていなかったのは余計な荷重で動きが鈍くなるのを避ける為だし、これ見よがしに盾で俺の拳を受け流して見せたのも俺の性格を見越してのことだ。あれで俺の鉄拳と奴の鉄壁、どちらが上か較べてみたくなった。」
「そこまで人の心を操作できるものか?そなたの思い過ごしだろう。」
「いや、そうじゃねえ。俺が相手にしていたのは奴だけじゃなかった。奴の後ろにはあいつがいる。そんなことすら忘れていたとは俺が甘かったと言うことか。」
「あいつって誰なのじゃ?」
「ローザラインの宰相ケルテン=アウフヴァッサー。勝つためには如何なる努力も惜しまぬない。それでいて勝てない勝負はしない男だ。あいつと5年もいっしょにいたんだ、その色に染まらないわけがない。」
「ほう、ガイラ、その男は強いのか?」
「強くはない。だが戦えば必ず勝つ。」
ぽつりとそう言ったガイラにアン王女が不満そうな顔をすした。
「また意味が分からんぞ。強くないのに勝つとはどういうことじゃ?」
「一言では言い表せないな。常識が通用しない、気付くとあいつのペースに巻き込まれている。その片鱗がさっきの闘いで現れていたな。」
「なるほど、さっきガイラが言った武器の話や意地っ張りな性格につけこんだのもそうじゃな。他にもあるのか?」
「そうだな・・・本来あいつらは全く分からないように魔法が使えるはず、今から思うとそれをこれ見よがしに魔法を使うように見せた。あれで俺は飛び込まざるを得なくなった。後は見たとおり、剣を持ったままの手で魔法を放ってみせたのも常識の外のことだ、そうだろ、アーサー。」
「そうですな。我々の中にも魔法が得意な者はいますが、あんなことをした者はいません。通常電撃の魔法を放つ時はこう掌を前に突き出すものです。」
アーサーは掌を前に出し、それっぽい動きをする。その姿にアン王女が納得したのか首を縦に振った。
「まあそんなところだ。こう並べてみると俺が負けたのも納得できるな。この敗北は次に生かすとするか。アーサー、済まんが傷を治してくれ、このままでは謁見の間に行けない。」
ガイラは血の固まりつつある左腕をアーサーに向かって突き出す。アーサーが治癒の魔法を使うと腕からかさぶたがぼろぼろとこぼれ落ちた。ガイラは腕に力を込めて治ったのを確かめる。さっきまでの不機嫌さが消えてすっきりとした顔をしていた。




