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船の上

 ローザライン大陸へと東に航海していた。ローザラインの西岸、メタルマまでこの船で3日掛かる。大海を行く船の上、潮風は実に気持ちがいい。ノイエブルクを離れた俺は、城の澱んだ空気から開放されたことを心から喜んでいた。


「しっかしまあ、でかい船だな。なあケルテン、この船は何で動いてるんだ?」


 そんな俺の気分を壊すかの様に外交特使として乗ってきたサイモンが、脳天気な声で話しかけてきた。


「秘密だ。国家レベルの軍事機密だぞ。」


「そう言わずに俺にだけは教えろよ。俺とお前の仲だろうっ!」


「駄目なものは駄目。まあ教えたとしても絶対に真似はできない。」


 この船は風がある時には帆船として動かすが、逆風や凪の時は帆を畳んで水中ジェットで進むことが出来る。動力源は勇者の剣、定期的に勇者の剣から送られる風をリヒャルト社製の魔力貯蓄器に貯め込み、必要に応じて放出することで船の動力源としている。動力が足りない時は俺かマギーの魔力が頼みになるので、実質俺の船ということになっている。


「ぬう、真似ができないなら教えてくれてもいいだろう。」


 俺の答えにサイモンが不貞腐れている。こいつが乗り込んできた理由の一つは、この船の技術を盗むことだ。それが分かっているから絶対に教えることはできない。首を振って改めて拒否の意志を示した。


「ふん、まあいいや。しかしこの船が現れた時は驚いたぞ。しかもこれ見よがしな船旗だ。お前達が復讐の為に戻ってきたと思った奴は少なくは無い。人が悪いにも限度があるぞ。」


「済まんな、それも外交手段の一つだ。あれで会わないわけにはいかなくなっただろ?」


「まあ確かにそうだ。あれで全ての主導権を取られたとも言えるな。だが出航の時にやったあれはやり過ぎじゃないか?」


「ん!あれか?まあ、あれも軽いデモンストレーションの一つだ。」


「何が軽いものか、間違いなく城にまで聞こえただろうよ。仕返しのつもりか?」


「否定はしない。だがいつでもあの程度のことはできる、それだけは覚えておいてくれ。俺はお前に向けてあれを撃ちたくはない。」


 港から離れてしばらくしてから、挨拶代わりに空に向かって船に搭載してある特大魔道砲を撃った。大爆発の魔法を電撃の魔法で撃ち出し、空に巨大な爆発を起こさせた。現時点で考えられる最大の破壊力を見せ付けてやったのだ。


「分かっている。俺は特使として敵対しない様に進言する。まあこれからお前等の国を見て来てからの話だけどな。」


「俺達の作った国を見たらそんなことを言っていられなくなるぞ。お前達が足踏みしていた間に、俺達がどれだけ前に進んだのか見せてやる。」


「楽しみにしている。アレフ達は元気か?」


「ああ、元気だ。アレフは王になることを嫌がっていたが、ローゼマリー王女と吊り合う為に必要だからと押し付けてやった。今や結構慣れて、板についたものだ。もっともノイエブルクと違って爵位とかないから、王と民の垣根は低い。」


「あっ、もしかして王女様の無理難題もお前の仕業か?」


「俺と王女様に何の繋がりがある?俺の知ったことじゃないな。」


 ここは知らぬ振りが得策だろう。あの二人の持っている魔法具のことを知っている者は少ない。


「本当か?どうもお前の言うことは信じられないな。まあいいや、それよりヴィッセンブルン嬢は元気か、あの後屋敷を引き払って消えただろう。多分お前達と一緒だと思ってはいたがどうなんだ?」


「マギーとは正式に結婚した。今は鉱山都市を任せている、一応ローザライン王国の鉱山自治区長の肩書きもある。」


「そうか、遅いかもしれんがおめでとうと言っておこう。」


「ありがたく受け取っておく。」


 少し照れくさいがサイモンが本心から俺達を祝福していることが分かったので、素直に礼を言っておいた。


「あとはあの無手で戦うガイラはどうした?国家とか無縁な男だったと思うが・・・。」


「しばらくは開拓を手伝っていたが、退屈の虫が湧いたと見えて旅に出た。ローザラインから遥か西に大陸があると教えたら、“俺より強い奴に会いに行く。”そう言って喜んで出て行ったよ。」


「羨ましい話だな、俺も城に籠もっていないで好きに生きたいものだ。アイゼンマウアー隊長が居てくれたらそれも叶っただろうが、まま成らぬな。」


「俺もそれは分かる、宰相なんてやりたくなかったんだが、アレフが王になる代わりの条件として俺が宰相になることを提案してきた。アレフを放り出せるほど無責任にはなれなかったので、こうなってしまったよ・・・ああ、そうだ。アイゼンマウアーならこっちで自衛の軍を率いてもらっている。まあ騎士隊長みたいなものだ。」


「なっ、それは無いぞ、返せ!」


「俺は無理強いはしていない。もし本人がノイエブルクに戻ると言うなら無理に止める気はない。」


「くそっ、隊長にそんなことができないのは分かっているだろう・・・そうだっ、返せで思い出したぞ。お前、ノイエブルクから職人も取っていっただろう?ずいぶんと大変だったんだぞ。」


 5年前、トロッケナーヴィントの民だけでなく、ノイエブルク中の職人を引き抜いた。城の建設に必要な石工、金属加工職人、貴族の荘園で働いていた熟練の農民、ほかにも新国家の運営に必要な人材をかなり引き抜いてやった。


「俺は十分な金、権限、やり甲斐を用意してやっただけだ。無理強いはしていない。」


「お前なあ、その言葉をホフマンスが聞いたら卒倒するぞ、あいつが一番割を食っていたからな。なあ、もしかしてお前を追い出したあいつに対する意趣返しのつもりか?」


「個人的に国務大臣に恨みは無い。俺が逆の立場でも同じことを言っただろうよ。まあ、それに追随して好き放題言ってた奴等には痛い目にあってもらったけどな。」


「やっぱり金目の物で食糧を買い漁っていたのはお前か。あの後、食糧関連の物価が2倍以上に上がったと聞いている、それで農奴を養っていけなくなった荘園から、農奴の流出が止まらなくなった。全部お前の仕業だな?」


「くっくっくっ、サイモン、お前の所は大丈夫だったのか?」


 思わず意地の悪い笑いが込み上げてきた。返答は知っているが一応聞いてみる。


「苦労はしたが大丈夫だ。俺の所に財宝を売りに来る奴もいなかったし、早くにその動きに気付いたから問題無い。」


「じゃあいいじゃないか、ずいぶんと人員整理もできただろう。」


「ああ、荘園を支えきれなくなった有数の貴族が、国務大臣であるホフマンスに援助を求めたがほとんどを断った。おかげでホフマンスが何度も命を狙われたんで、近衛騎士の警護が必要になったぐらいだ。全部お前のせいだな。」


「それは違うな、もし魔王を倒していても状況は変わらなかっただろうよ。時代の変革についていけない馬鹿は滅んで当然だ。俺は知っているぞ、グランゼを任されているカウフマン公爵が、お前達の目が届かないことを良いことに好き放題やっているのをな。中央の援助なくしてやっていけない現地の人を略取している。」


「馬鹿な、俺は何度もグランゼに行ってこの目で見ている。お前が言うようなことはなかったぞ。ノイエブルクへの報告書にもその様なことは書かれていない。」


 このグランゼなる地はノイエラントの南、船でヘンドラーから5日、ノイエブルクから10日ほど掛かる大陸に作られた入植地である。


「そんなものは幾らでも誤魔化せる。信じられないなら信じなくてもいいさ、いずれ失ってから分かることもあるからな。」


「ぐっ、帰ったら調べさせる。だが持っている船では最低でも片道一週間かかる、内密で調べるには限度があるぞ。」


「途中から一部だけでもいいから陸路を行かせるんだな。船で来た査察団が帰って気が緩んでいるところが見られるはずだ。」


「なるほど、よく分かった。帰ったら絶対にそうする・・・しかしお前の頭の中はどうなっているんだ、人の悪意でも見えるのか?俺はお前が恐ろしい。今改めてそう思った。」


「図書館の文献を漁ったのは伊達じゃないぞ。成功例でなく失敗例を習うといい、大体はそれで対応できる。」


「なんで成功例でなくて、失敗例なんだ?」


 サイモンの頭の上にクエスチョンマークが見える。


「成功例には都合の良いことしか書かれていないことが多いし、運が良かっただけの場合もある。」


「失敗例も同じじゃないのか?運が悪かっただけかもしれないじゃないか?」


「成功例も失敗例も残った勝者が書く。勝者にとって都合の良い記述しかされない。極論を言うと勝ったのは神の加護があったから、負けたのは神に背いたからだと書いてある場合もある。その場合は負けた側の悪いことは全て書かれているな。」


「なんとなく分かった様な気がする。今更遅いかもしれないが書物を読んでみる。」


「そうか、なら俺の部屋に来い。今持っている幾つかの書物を貸してやる。この航海の間だけでも読んでみるといいさ。」


 サイモンが首を縦に振ったのを確認した。俺がサイモンを連れて船の甲板を歩くと、すれ違う騎士や船員が俺達に敬礼する。城にいた連中から感じた悪意とは無縁だ。

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