鉄拳対鉄壁
あっと言う間に話は広がり、晩餐会会場は闘技場へと変えられた。ウィルフレッド5世とアレフ一世の座る簡易の玉座、さらにはアンナ王女の席も用意された。そして集まった人々が今から始まる闘いを固唾を飲んで待っている。
簡易の闘技場となった連合王国城の中庭の真ん中に竜闘着を着たガイラが立っている。そこに鉄の剣、鉄の盾を持ったアイゼンマウアーが姿を現した。なぜか鎧は着ていない。
「そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。」
思わず対戦相手を心配して声をかけたガイラに素っ気ない言葉が返ってきた。
「俺としては全力のあんたと闘いたかったんだがな。いつもの剣はどうした?」
「あれは人に向けて使う物ではない。こんな場所で使ったら死人が出るぞ。」
「そうか、なら俺もこれは使わないことにする。あと鎧は着なくてもいいのか?」
「必要ない。この装備でも十分お主と善戦できると踏んでいる。たとえ勝ちを得ることができなくても装備のせいになどしない。」
「分かった。なら遠慮はしない。アーサー、始めてくれ。」
ガイラとアイゼンマウアーは距離を取り、互いに向き合う。騎士アーサーが口上を述べ始めた。
「此度の闘技は一方が試しの儀達成者故、簡易の試しの儀として扱う。ローザライン共和王国近衛騎士隊長アイゼンマウアー殿が勝利した際には、連合王国大王ウィルフレッド5世の名において然るべく褒美がされるであろう。」
城の中庭に歓声が響き渡る。もう隣にいる者の声すら聞こえない。観客の視線の集まる中、騎士アーサーの手によって闘いの火蓋が切られた。
ガイラは軽く拳を握り腰を落とした構えを取る。対するアイゼンマウアーは左手の鉄の盾を軽く前に出し右手の鉄の剣はだらりと下げたまま、一見やる気の感じられない構えに観衆は不満そうに見ている。ガイラは盾の無いアイゼンマウアーの右側に回り込もうと少しずつ摺り足で移動する。しかしアイゼンマウアーはその場で静かに向きを変えるだけ、静かな立ち上がりに声を出す者は一人もいない。
「はっ!」
気合と共に5mの距離を一気につめたガイラの拳が鉄の盾に叩きつけられた。
「なにっ!?」
その一撃で盾が吹き飛ぶ、誰もがそう思ったがそうはならなかった。思わず出たガイラの疑問の声が会場に響く。
「ふんっ。」
だらりとぶら下げられていた鉄の剣が跳ね上がりガイラを襲う。右下から切り上げられた剣を仰け反って避ける。ガイラはさらにその勢いを利用してバック転で距離を取った。追撃は来ない。
一瞬の攻防に再び会場が沸く。今の攻防をはっきりと理解できた者はほとんどいない。
「なんじゃ、今のは?ガイラの拳は鉄の盾を割ることができるはず・・・。」
「アンナ王女様、今のはガイラの攻撃に対してアイゼンマウアーが半歩退き、腕が伸びきって本来の威力の失なった拳を盾で受け流したのですよ。さあ、次の攻防に移りますよ。」
アレフの解説に返事をする間もなく、再びガイラが動き出す。先ほどと同じ動きで盾に向かって盾を突き出す。アイゼンマウアーも先ほどと同じくまともに受け止めることはしない。当たる直前にガイラの手が開くと強引に盾の端を掴もうとした。
「させんっ!」
その腕を鉄の剣が切り払う。右下から伸びた一条の光がガイラの直前で停止した。
「「「おおっ!」」」
変則的な軌道をガイラが両の手で挟んでいる。その光景に大きな歓声が上がった。
「ふっ、狙っていたのか?」
「そうだ、これで俺の勝ちだな。」
ガイラは右に腕を捻って剣を折った、つもりだった。しかしアイゼンマウアーはその動きに合わせて左に飛んでいる。側宙をしながら力の抜けたガイラの手から鉄の剣を取り返した。着地をした次の瞬間には二人は跳びはねて距離を取っている。目の合った二人は不敵な笑みを浮かべてみせた。
「ちっ!これを見越しての軽装だったのか。」
思わずガイラはぼやく。勝利が掌中にあると思った自分が腹立だしい。
「のう、今の攻防も見えたのか?」
「見えましたよ。さっきと同じと見せてアイゼンマウアーの動きを確かめた。そこで盾を握る振りをして攻撃を誘い、来た剣を受け止めて見せたんですよ。あとは剣を折ろうとしたガイラの動きに合わせて飛んで剣を取り返した、まあそんなところでしょう。」
「すごいのう、その攻防をしてのけた二人もすごいが、それを見てとったアレフ陛下もすごい。どうすればそうなれるのじゃ?」
「日々、研鑽あるのみです。」
「むう、ガイラと同じことを言う。」
頬を膨らませたアン王女の目の前で先ほどとは違う動きが見えた。
「ガイラ、魔法じゃ、魔法に気をつけよ。」
だらりと下げられたアイゼンマウアーの剣がゆらゆらと揺れている。アイゼンマウアーの周辺に魔法力が高まるのが分かる人には分かった。
「分かっている。やらせるかっ!」
ガイラは間合いをつめて襲い掛かる。魔法を発動される前に集中を途切れさせてしまえばいい。そう判断して拳を三度鉄の盾へと叩き付けた。
ガッ!今度は大きな音がしてアイゼンマウアーが後ろに飛ばされる。その手応えに追撃を加えようとさらにガイラは飛び込む。それを阻む為にアイゼンマウアーの鉄の剣が前に突き出された。
「その手は食わん。」
ガイラは足を踏ん張ると前に進む速度を抑える。それで自分の勢いで串刺しになることは避けることができた。
「Incuisu(電撃)!」
剣の先から稲妻がガイラを襲う。その魔法にガイラの体が硬直する。さらに鉄の剣が突き出されてガイラの左胸から腕へと傷を付けた。アイゼンマウアーはそのままガイラの後ろにすり抜け、ガイラは前に転がって距離を取り向きを変えて立ち上がった。ガイラの左腕からは血が流れだらりと下がり、アイゼンマウアーの左手もだらりと下がったままになっている。
「ガイラッ!」
見たこともないガイラの負傷にアン王女が悲鳴を上げた。
「どうする、まだいけるか?」
「勿論だ。」
お互い死力を振り絞って突撃する。誰もがこれでどちらかが死んでしまう、そう思った時黄色の何かが二人の間を割り込んだ。その意外な状況に二人の動きはが停止する。そこにはガイラを守るべく、アイゼンマウアーの前に立ちはだかるサーベルタイガーの姿があった。
「大牙っ!邪魔をするな。」
「ガルルルルルッ!」
制止するガイラの言うことを聞かずに大牙はアイゼンマウアーに向かって牙を剥いている。その剣幕にアイゼンマウアーは全身の力を抜いた。
「ふう、この辺で終わりのようだな。無理に決着をつけることもなかろう。」
アイゼンマウアーは剣を鞘に納めると、ガイラとサーベルタイガーに背を向けて歩きだした。まだ飛び掛ろうとしている大牙にガイラの手がかけられた。
「大牙、もういい。」
大牙の介入で終わってしまった闘いにガイラは己の敗北を感じた。ガイラの左腕の傷を大牙が舐める。それはガイラを慰めているかのようだった。




