現地からの要求
「宰相殿、各地から報告書が届いております。」
公衆浴場を作る計画が発動してから一週間、宰相執務室に積まれた書類の山はいつもより高い。ここ数日昼の間はほとんどの高官が各地に出向いている為、俺が処理しなくてはならない書類は多い。
「まずノイエブルクから聞こうか?一番問題がありそうだ。」
「シャッテンベルク殿からの報告書がこちら、ライムント16世様からの報告書がこちらです。他の地にはない要求が届いています。」
ドゥーマンから二冊の報告書を受け取る。目を通すと面白いことが書かれていた。
「なるほど、建設には賛成するが貴族や王族が使う特別室を作れか。それもこの設計図を見るとずいぶん広い部屋を要求しているな。どう思う?」
「そうですね、風呂を一般的にしたいとの当初のコンセプトと違い過ぎます。個人的にはお偉い方には来て欲しくないですね。」
「確かにそうだ、だけど特別室なる部屋を作らなかったら権力を盾に貸切られそうだ。となると、初めから分けておいた方がましだな。よし認めよう、特別室を二部屋作って、利用料を一人一時間100Gとする。それでどうだ?」
「悪くない案ですが、それでは場所を取られる割には儲かりません。一人しか使わない部屋に100Gでは場所が勿体無いです。」
「なるほど、じゃあ10人位がゆったりと入れる風呂にして、一部屋一時間1000Gとしよう。これなら人数が少なかろうが多かろうが一緒だ・・・・となると特別室では味気ないな。それにふさわしい名前を考えるか・・・・・・上等室、優等室、貴族室、高級室、貴賓室、こんなもんか?」
俺の言ったことをドゥーマンが手元の紙に纏めている。たまに独り言を言っていて、自分でも言ったことを忘れていることも少なくはない。その纏められた文書を見て改めて考え直すのだ。
「貴賓室が、これが一番しっくり来るな。ドゥーマン、どう思う?」
「それでよろしいと思います。ではシャッテンベルク殿からの要望は一部訂正で可でよろしいですね。」
「ああ、その分余計にかかる予算をつけてやってくれ。学院長からの報告書によると国務大臣殿はかなりあくどく稼いでいるようだ。その分建設費に上乗せされているはずだろう。」
「よろしいのですか?間接的に賄賂を贈っているようなものですよ。」
「いいも悪いもないな。そうでもしなければ話が進まない。そうだ、この貴賓室を連合王国、エグザイルにも提案しよう。金があって特別扱いされたい人間がいるはずだ。」
「分かりました。そのエグザイルから似たような提案が来ています。これです。」
リスター王子の書いたであろう文書が渡される。彼の真面目な性格がにじみ出ているような文字だ。
「なんだこれ、娼館が客と一緒に利用させてくれだと・・・よくこれを王子に提案できたな。」
「はい、私も驚きました。よほどリスター王子が深いところまで食い込んでいるか、それともただ舐められているだけか、普通の感覚では相談できることではありません。」
「そうだね、まあそれだけ度量が大きいのだと思うよ。で、娼婦同伴の利用となるとさっきの貴賓室では大きすぎだな。二人で入るには少し広い風呂でも作るか。個室とでもつけて一部屋一時間100G、その辺が妥当だろう。ドゥーマン、そう記しておいてくれ。」
ドゥーマンの手が動いて文書が書かれる。書いているドゥーマンはなぜか不満そうな表情をしている。
「なんだ、ドゥーマンは反対か?」
「どちらかと言うと反対です。個人的な意見ですが女を売る商売には嫌悪を感じます。」
「そうか、何か理由がありそうだな。聞いてもいいか?」
「よろしいですよ。私達三人がノイエブルクでのし上がる為になんでもしていたのはご承知のことでしょうが、その頃同じぐらいの年頃の女の連れがそうやって金を稼いでいました。それだけのことです。」
そう言ったドゥーマンは最後に自虐的な笑みを浮かべた。
「もしかしてその女のことが好きだったのか?」
「多分、そう多分好きだったのでしょうね。見知らぬ男につれられていく。それを見るのが辛かった覚えがあります。」
「過去形?」
「ええ、病で亡くなりました。娼婦がよくかかる病気でした。」
ドゥーマンが遠い目をして語る。なんだか悪いことを聞いてしまったようだ。
「失礼しました。全て私の個人的な感情論です。世の中にはそれで生計を立てている者がいることも確かですし、それを辞めさせてどうにかできるほど力がありません。」
「確かに世の中にいる全ての娼婦を養う方法は今すぐには思いつかないな。俺の個人的な意見を言わせてもらうと娼婦という職業は世界最古のサービス業だったんじゃないかな。力も縁のない女性が食事にありつく唯一の手段、今みたいに文字も魔法も貨幣制度も何もない時代の話だ。」
「大胆な意見ですね。他の者には言わない方がよろしいですよ。とくにマギー殿の耳に入ったら大変です。」
「分かっている。ドゥーマン、お前だから話しただけだ。だから俺はローザラインやメタルマの娼館を無理に閉じさせるつもりはない。しかしさっきドゥーマンが言ったような病が蔓延することは避けたいな、何か対策を考えるとしよう。」
「それでよろしいと思います。私の個人的な感情で話が外れています、話を戻しましょう。ではエグザイルには貴賓室と個室の両方を提案しておきます。あとは向こうが決めることになるでしょう。」
ドゥーマンが自らずれた話題を打ち切って、さっきに文書に決定したことを書きだした。書くことが多いようで俺が手持ち無沙汰になる。アレフとアイゼンマウアーの書いた文書を手に取って読むことにした。
「連合王国はどうかなって、あまり進んでいないみたいだな。あいさつ回りだけで結構な時間がかかっているみたいだ。他には報告は無いのか?」
「近衛騎士隊長の影からの報告があります。毎日の様に晩餐に招かれるのでうんざりしているそうです。暗殺や毒殺に警戒しなくてはならないので影としては大変なのでしょう。」
「いや、あの二人を消す理由が連合王国にはないだろう。警戒しすぎじゃないのか?」
「近衛騎士隊長はそうは思っていないようです。ずいぶんと張り切っておられるようで、そのしわ寄せが影のロバート殿に行っているのです。この報告書の文字がそれを物語っていますよ。」
そう言って見せられた報告書は文字が書き殴られている。書き手の憤りがその文字に現れているようだ。
「そうみたいだな。まあ任せておけばいい。戻ってくる頃には一通りの外交ができるようになっているだろう。そう考えると悪いことでもない。で、うちの国はどうなったんだ?」
「ローザラインは建設中、特別なことはしていないので当初の計画通りです。メタルマはすでに建設が終わったとあります。あとは給湯機待ちだそうですがまだ魔道研究所の方が間に合っていません。」
「ずいぶんと早くないか?手抜きは困るぞ。」
「それがそうでもないみたいです。計画が発表されて現地の者がずいぶんと張り切って造ったようですね。この設計図どおりなら湯船も建物も全て石材造りで排水も完璧です。」
渡された設計図を見るとドゥーマンの言った通りで、これが一週間でできるとはすごい執念だ。それほど鉱山で働くことは大変だということだろう。
「そういうことなら魔道研究所に急がせないといけないな。あとグランローズだけか?」
「グランローズは魔道快速船待ちです。今日ぐらいにエグザイルから戻るはずです。」
「そうか、ならグランローズは今までの案を結集したものにしよう。いずれ各地から人が集まる所になるはずだからな。ドゥーマン、任せて大丈夫か?」
「勿論です。今日は昼からグランローズに行く予定ですので、その間にこちらの棚の書類を片付けておいて下さい。」
「ふ~ん、まあやるべきことはやっておくよ。」
立ち上がってドゥーマンの指し示す棚へと歩く。中を覗き込むとびっしりと書類が入っていた。昨日にはなかったことを考えると事前に済ませておいたのだろう。余計なことをすると思ったが黙っていた。




