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円卓会議②

「まずいな、やりすぎかもしれない。」


 魔道研究所からの報告書を見て思わず呟いた。


「所長、どうかなさいましたか?」


「ん?ああ、これは困ったことになるかもしれない。」


「何がですか?冷蔵庫も、給湯器も、洗濯機も、照明も注文どおりの物ができたと皆自負しています。」


 そう言うリンデは胸を張って自信ありげに話した。その口調に少し怒りが混じっている。


「いや注文通りどころかそれ以上だ。これらは世界の仕組みを壊してしまうかもしれない。それを危惧している。」


「意味がよく分かりません。これらは便利で世界に出回れば皆楽になるし、その分うちの国が儲かることになるはずです。」


「そう、そして人の仕事を奪う。さらには人に序列をつけることになる。」


「前者は分かります。でも我が国やグランゼだけなら人手が足りないぐらいだから、問題ないじゃないですか。」


 まだ怒りは収まらないみたいだ。俺を相手に論戦をするつもりか。


「よろしい、確かに我が国だけなら君の言う通りだ。だけどノイエブルクや連合王国、エグザイルだとどうなるだろうか。それは他所の国のことだから関係ないなんて言うなよ。」


「分かりました。じゃあ言いますけど、雇われる人数が半減すると思います。例え一つの道具が1万Gだとして全て購入して5~10万G、10人の使用人が5人になれば1~2年で元が取れる計算です。」


「そうだ、そうすると余った半分の者達はどうなるだろう?」


「事業の拡大に使えばいいのではないですか?荘園なら広げるとか、品質を上げるとかできますよ。」


 このリンデも元は貴族の出なので気楽に考えているようだ。


「残念ながらそう考える者ばかりではない。無理な事業拡大より雇う人間を減らすことを考える者も多いし、どうせ雇うなら役に立つ方がいい。あの装置は魔法を使える者の価値を上げてしまうんだ。そのせいで格差が生まれる。」


 俺の言葉にリンデが黙り込んでしまった。人を幸せにするつもりが反対の結果を生み出してしまうとは皮肉なことだ。


「まあ、今言ったことは極論過ぎるのかもしれないな。何を出して、何を止めるかは円卓会議で決めることにしよう。君達は今まで通り研究を続けてくれ。」


「はい、では失礼します。」


 リンデが来た時とは打って変わって沈んだ感じで帰っていった。


「ちょっと厳しくないですか?彼女も悪気があってやったことじゃありません。褒めて欲しかった、ただそれだけですよ。」


「ずいぶんと彼女の肩を持つじゃないか。まあそれはいい、我が国は誰と誰が付き合おうが個人の自由だ。ドゥーマン、近いうちにまた円卓会議を行なう。場所も同じくメタルマでいい。すぐに手配してくれ。」


「は、はい。」


 少し顔が赤くなっていたドゥーマンが我に返って返事をした。


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 メタルマの城、会議場。この部屋は秋が終わり冬に近づくこの季節にしてはずいぶんと温かい。今回の円卓会議に間に合わせて温度調整機を取り付けさせたのだ。


「おっ、温かいぞ。うちの村と変わらんな。」


 入ってきたサイモンが隣にいるホフマンスに話す。大きな声なので部屋にいる全ての者の耳に入った。グランゼはローザラインやメタルマより南に位置している。メタルマに飛んできた時はかなり寒く感じたんだろう。


 前回と同じ面子が次々に円卓を囲む。全員が集まったのを確認した。


「今回の円卓会議には少々趣向を凝らしています。まず飲み物をどうぞ。」


「おいおい、俺達はわざわざ飲みに来たわけじゃねえぞ。」


「今回の議題の一つです。まあ味わって下さい。」


 うるさいサイモンは封じておいて飲み物を用意させる。台車に乗せた冷蔵庫から冷たい飲み物と氷が出され、各人の目の前でグラスに注がれた。透明で飾り気のないガラスのコップも通常に売られている物とは違う。


「これは氷ですか?」


「そうです、陛下。例の代理魔法石に氷の魔法を組み込みました。何時でも氷が作れるし、食べ物を腐らないように保存することができます。この装置を冷蔵庫と言います。」


「このグラスも通常の物と違いますね。普通ガラスで作られたグラスは高価なので貴族しか使いません。ですのでもっと豪華な装飾がされているものですが、これは簡素な作りです。ですがその割には完全に透明で表面が滑らかです。かなり値が張る物ではないのですか?」


「さすがは元執事長、よくご存知です。そのグラスは今の所ここにある12個しかありませんので一個8333Gになります。まあこれから量産すればいくらでも値段は下がりますがね。」


 シャッテンベルクの質問に答えると皆が光越しにグラスを見ている。普通出回っているのは陶器のコップでこのようなグラスは珍しいのだ。というか見たことも無いはずだ。


「そのグラスも新しく作らせた物です。ガラスの製法は空気を送って膨らませるか、砂でできた型に溶かしたガラスを流し込んで作ります。ですがこれは精密な金型に流し込むことで作っています。一度作った金型は何度でも使えますので量産に向きます。ですのでこれからたくさん作って安価で売るつもりです。皆さん、どうでしょうか?」


「うちとしてはこのグラスより、そっちの冷蔵庫なる物が欲しい。今はまだいいが、夏場はすぐに物が腐る。そう多くはない食料を無駄にしたくない。」


「その冷蔵庫も連合王国やエグザイルの商人には受けがいいでしょう。特に冷蔵庫は海運商だと喉から手が出るほど欲しい物ですし、当家や他の王侯貴族には何時でも氷を作れるその装置は欲しいと思うでしょう。」


 サイモンの意見は暑い地方で苦心している者の意見、リスター王子は王族として、さらに最近我が国でいろんな方面に顔を出している者の意見だ。ここら辺でローザラインの意見を聞きたい。アレフ、アイゼンマウアー、その他の者に視線を送る。


「この冷蔵庫は我が国にとっては絶対に必要ですね。食料を保存する為には必須です。」


「陛下の仰られる通りです。ですが私としてはこのグラスも捨てがたいですね。労働の後、皆してこのグラスで酒を飲むとおいしそうです。そうじゃないか、ゲオルグ。」


「違いない。透明なグラスに涼しげな氷の入った酒、想像するだけでもうまそうだ。」


「そうか、なら冷蔵庫は国内だけでなく国外にも販売する。ガラスのグラスは当面は国内だけにしようか。評判を見てから国外のことは考えよう。」


 満場の皆が頷いている。しかしこれからが問題だ。


「次の商品なのだが、今と逆の効果がある。ちょっと見てほしい。」


 手を上げてリンデに合図を送る。台車に乗せた給湯器から円卓上のたらいにお湯を注がれた。皆の手がたらいの中に突っ込まれてその温度を確認している。


「今はそこの容器内の水をお湯にしただけだが、例のポンプと合わせると無限に近いお湯を作ることができる。燃料を一切使わないから安価で風呂に入ることができるようになるが。一般流通させるのは躊躇している。」


「なんでだよ。薪も無限にあるわけじゃないし、第一煙が出ないのが魅力的だ。すぐにでもグランゼに送ってくれよ。」


「まあ、サイモンがそう言うことは予想していた。だが今言ったように薪を必要としなくなる。これが大きな問題だ。」


「宰相殿、意味が分かりません。薪が要らなくて人手もかからない。悪いことは一つもないではないですか。」


 リスター王子もそう考えるか。他の面子の表情も見るがほぼ同じような顔をしている。一人シャッテンベルクだけが違う表情をしていた。


「なるほど、宰相殿の言われることが分かりました。個人で風呂を所有しているのは貴族か大商人ぐらいしかいません。これが流通すると薪を卸していた商人が不要になります。それに風呂を沸かすのに使われていた者も不要になる。宰相殿の言われるのはそのことですね。」


「正解です。我が国を富ませる為に他の国の民を虐げることになります。次の洗濯機も同様の結果になると予想しています。今日はこのことについて議論したかったのです。皆の意見をお聞かせ下さい。」


 ここからが問題だ。この円卓を囲む者はどう判断するのだろうか。俺は彼等の判断に従うのみだ

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