歩み寄り
「本日はローザライン主催の晩餐会にお越しいただき真にありがとうございます。ローザラインの誇る山海の珍味だけでなく連合王国、エグザイル、テメラリオ、トーレム、そしてノイエラントを含む全世界のご馳走をお楽しみ下さいませ。」
ノイエブルクのローザライン大使館にてノイブルクの王族、貴族、商人を招待して晩餐会を開いている。もちろんこちらを警戒して来ない者もいるが、用意した料理や酒が全て消費されるぐらいの客は来ていた。次々と消費される料理、客同士の歓談に時間が過ぎていく。俺のところに一部の貴族や商人は寄ってくるが、王族は一切近寄ってこない。いや、むしろ目が合うだけで恐ろしいものを見たかの様に目を逸らす。
「宰相殿、どうかされましたか?」
「うん、まあ覚悟はしていたがここまで露骨に嫌われると傷つく。なんだかこれからの商談がうまく行く気がしない。」
「そう気にしないで下さい。むしろ友好的な相手が分かるというものです。今回の計画にはその方が都合がよろしいでしょう。」
「まあそうなんだけどね。それでシャッテンベルクの目から見て有望な貴族はいるか?」
「ええ、何人かいますよ。まずあそこのゴルトベルク様。優秀な文官でしたが先日の国務大臣交代の際に王族を嫌って職を辞しました。昔から荘園の運営に定評があります。そして隣にいるリントナー様、さらにメイヤー様も有望です。二人とも我々が妨害工作を始める前に野に下りました。自信の荘園の運営に力を入れて今までにかなりの財を貯めています。」
シャッテンベルクの視線の先に歓談に華を咲かせている貴族がいる。一人は自信に満ちていて立ち振る舞いにそれが出ている。後の二人は場に合った立ち振る舞いでそれほど目立った感じはしない。
「荘園で稼いでいるか・・・無理に農奴を働かせているんじゃないだろうな?」
「いいえ、違います。ゴルトベルク殿の荘園運営の才能があるのか、農奴に無理をさせる必要がないそうです。それと後の二名なのですが、驚いたことに先代までの奴隷全てを解放してしまいました。」
「全部開放した!?それでは困るのではないか?」
「いえ、それが適切な給料を払うことで開放した者達を雇っています。そのせいで王族にはかなり嫌われていますが優秀な人材であることは間違いありません。」
「なるほど、損と得を理解できるのか。ならばこれからの話に乗ってくる可能性は高いな。期待させてもらおうか。」
俺の言葉にシャッテンベルクが笑みを浮かべて立ち去った。これからやるのは先日決めたネガティブでない対ノイエブルク工作の一部だ。この話に乗ってくる者がいればノイエラントの食料事情が改善されるだろう。
そろそろ晩餐が終わる。その前に俺から重要な案件を提示されてもらおう。始めに挨拶をした壇上に再び立ち会場に声を響かせる。
「皆さん、本日は我がローザラインから重大な提案があります。一旦歓談を止めてこちらに注目下さい。」
会場のいる者達が俺の方を見る。良くも悪くも俺は注目の的なのだ。
「我が国の保有しているノイエラントの荘園を安価で開放しようと思います。目録はこちらにありますので興味がある方はどうぞご覧下さい。」
その言葉に幾人かの貴族、商人が遠慮がちに目録を見に来た。はっきり言ってこちらが保有している荘園は条件はよくない。農奴の減ったノイエラントでは効率のいい荘園以外は真っ先に売却された。エグザイルや連合王国の商人の名義でそんな荘園を買い取っておいたのだった。
「失礼ながら宰相殿、ここにある荘園では十分な収入が期待できません。たとえ無償で借りることができても、つぎ込む投資に見合わなければこの話には乗る者などいないでしょう。」
自信たっぷりの貴族風の男が会場全ての者に聞こえるように話す。たしかさっきシャッテンベルクの言っていたゴルトベルクだ。
「当然のご意見です。そのご懸念を減らす為に少しお話させてもらいましょう。確かに指摘されるようにそこにある荘園は、現時点では優良物件とは言えません。」
現時点を強調して口に出し、一旦言葉を区切る。案の定さっきのゴルトベルクがそれに乗ってきた。
「宰相殿、現時点ではと言うことはなんらかの対策をしていると言うことでしょうか?」
「ええ、勿論です。我が国の誇る技術を使えば解決できる問題ばかりです。もしこの提案に乗っていただければ、その技術を提供することもやぶさかではありません。おそらくその技術を使えば必要となる人員は今までの半分になるでしょう。」
おおっと会場が沸く。今まで遠巻きに見ていただけの者が目録に寄ってきた。幾つか用意した目録が幾人かの手を介して渡された。
「なるほど、それは魅力的な提案です。ですがローザラインの技術は極秘で、いくら金を積まれようが外に提供することなどなかったはずです。一度流出すれば独占し続けることは不可能となりましょう。その辺にご懸念はないのですか?」
「こちらの心配までしていただいてありがとうございます。ですが最重要事項に関しては十分なプロテクトをしていますので心配に及びません。もっともそれは新しい技術でも何でもありません。むしろ古臭いと言ってよい技術を使っていますので、真似ができると言われるのならどうぞ真似をしてください。」
「大した自信ですな。よろしいでしょう、私は宰相殿の話に乗らせていただきましょう。」
一歩前に出て発言したゴルトベルクに追随して幾人かが前に出る。その中にメイヤーとリントナーの姿もある。
「では私の話の続きを聞きたいと言われる方々には別室が用意してあります。係りの者に従って部屋を移りくださいませ。もちろん話を聞いてから是非を判断してもらって結構ですので、冷やかしでも何でもどうぞ。」
それだけ言ってこの場を去る。後ろに聞こえるざわめきが一段と大きくなった。
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別室に集まってきたのは数人の貴族とその倍以上の商人、王族の姿は見えない。俺が話し始めるのを今か今かと待っている。だがまだ資料が足りていないので話は始めない。その間に今来ている者達を改めて観察する。シャッテンベルクの言っていた三人は固まって話をしている。たまに他の者が来て話に加わっている。単なる挨拶か、それともこれからの旨みに関する話か、そこまでは分からない。だがこの三人が中心となっていることだけは明確だ。来ている者達の中に妙に落ち着きの無い者が混じっている。たぶん、王族に言われて無理に来ているのだろう。
しばらくしてシャッテンベルクが部下に資料を配らせる。全員に資料が渡り、各々が資料に目を通している。ちらちらと俺の方を見てなにか聞きたそうにしている。その期待が最大限になったところで立ち上がった。
「では皆さん、一通り目を通し終わったと思います。その資料にあるとおりこの契約には条件があります。まず第一に荘園を運営できないとこちらが判断した方には、いくら金を積まれようが荘園をお貸しすることはありません。」
今の俺の発言に先ほど落ち着きのなかった者がさらに落ち着きをなくしている。視線をシャッテンベルクに移すと無言で首が横に振られた。なるほどその条件に満たないと判断したらしい。
「まず第一に無理な荘園運営をしている方、具体的に言うと農奴を虐げている方に貸す荘園もありません。」
「それは貴国が奴隷制度を禁じていることと関係ありますか?」
「勿論です。いずれ我が国から技術者を派遣することになりますが、その中に以前ノイエブルクで奴隷をしていた者も少なくありません。その者達が粗末に扱われるようなことがあっては困るのです。」
「なるほど、仰られる通りです。たとえ口に出さなくても態度に出ることは考えられます。」
この発言はリントナー、隣のメイヤーも頷いている。いち早く奴隷を解放した彼等が味わった苦労は想像以上なのであろう。
「最後にこちらで提供する技術に関して、十分な理解ができない者にもお貸しすることはありません。扱いを誤れば怪我は勿論のこと、死人が出ることもあるやもしれません。以上、二点の事柄を理解できる者のみお残り下さい。」
幾人かが席を立って部屋から出て行く。無理に出席していたらしい者も心当たりがあるのか、迷った挙句にしぶしぶ出て行った。残ったのは10名に満たない。




