凱旋
勇者達がノイエラントから姿を消して5年の月日が経った。ノイエブルクではかなりの数の貴族が没落してはいたが、残された貴族と裕福な商人によってなんとか平穏を取り戻していた。
国務大臣の執務室にいるホフマンスは、いつもしかめっ面をしている。たくさんいる文官は彼の機嫌を損ねないように、恐る恐る声をかけるのが常となっていた。そこに部屋の外から大きな声が聞こえた。
「ホフマンス、いるか!?」
返事をする間もなく執務室に入ってきたサイモンを、多くの文官が白い目で見ている。それを一切気にすることもなくサイモンはホフマンスに向かって声をかけた。
「報告だ。港に入ってきた船がある。それも我等が所有するどの船よりも巨大だ。風も無いのに考えられない速度で航行してきたらしい。」
「なるほど、どこの船かは分からぬが、純粋にこちらより技術が進んでいると考えていい様だな。いったいどこの船だ、何か手がかりはないのか?」
サイモンが懐から一枚の紙を取り出して、執務机の上に叩きつける様に置いた。
「船にあった旗だ。ホフマンス、記憶に無いか?」
その紙に書いてあったのは青地の旗、金で意匠化された竜の紋章が描かれている。紙に目をやったホフマンスが再びサイモンの方を見た。
「これは間違いなく勇者の鎧にあった紋章だな。となると、5年前に姿を消した勇者達が戻ってきたと考えるべきか。」
「やはりそう思うか。今こちらに向かっている。正式な国交を望んでいるそうだ。どうする?」
「どうもこうもないな、正式な国使ならば丁重に迎え入れねばなるまい。サイモン、行儀良く頼むぞ。近衛騎士隊長に礼無しとは思われたくないのでな。」
「分かった、式典のことは任せる。俺は配下を率いて向かえに行くぞ。」
返事を待たずにサイモンが執務室から出て行った。執務室にいた全ての者が国務大臣ホフマンスに視線を送っている。
「何をしている、話は聞いたのであろう。式典の準備、迎賓館の準備、国交関連の事務、仕事はいくらでもあるはずだ。」
その言葉を聞いた者の内、幾人かがすぐに動き出した。勇気のある者がホフマンスに対して口を開く。
「式典や迎賓に関しては問題ありませんが、国交に関しては前例がありません。誰がその任に当たるのがよろしいでしょうか?」
「そうだな・・・とりあえず自治都市の弁務官経験者を臨時の外交官としよう。もし分からぬことがあるなら私の下に来させよ。」
「はっ!分かりました。ではその様に手配致します。」
長いノイエブルク王朝の歴史に初めて外からの接触、その事実は城にある者だけでなく、この国全ての者に再び新たなる時代が訪れたことを知らせることになった。
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ノイエブルクの城の謁見の大広間に武官、文官が揃って並んでいる。王座に座るライムント16世もいつに無く緊張していた。そんな物音一つ立てられない中、古めかしい礼服を着た俺が、二人の配下を連れて赤い絨毯の上を歩いて入って行く。
ざわっ!俺を見た瞬間、会場にざわめきが起きた。そう彼等が見たのは存在を抹消された特務隊士だ。思わずにやけそうになるのを我慢して中央まで進んだ。
「余はノイエブルク王朝国王ライムント16世である。そなたは正式な国交を望んでいると聞いたが、如何なる国の如何なる者であるか?」
「まずはライムント16世陛下に置かれましては急な拝謁の許可、恐悦至極に存じます。当方はローザライン共和王国国王アレフ一世の代理にして、宰相を務めていますケルテン=アウフヴァッサーと申します。」
「ローザライン共和王国とな・・・大臣、どこの国か知っておるか?」
「残念ながら存じ上げていません。大海の外は我が国の届く範疇にはありません故、申し訳ありません。」
「で、あるそうじゃ。済まぬがそなたの国のことを教えてもらえぬだろうか?」
「では失礼して幾つかの贈り物を進呈致します。例の物をこれへ。」
後ろに控える者が持ってきた箱を開けて、一つの巻物を俺に寄越した。
「これは当方の知る範囲の世界地図にございます。貴国だけでなく世界に散らばる全ての町、村が描かれています。ここがノイエブルク、さらに貴国の開拓したグレンゼなる地がここであります。我が国はここに首都ローザライン、さらに鉱山都市を有しています。」
俺が手にした地図を広げ指差して説明している間、謁見の間のざわめきが収まる事はない。
「なるほど、よく分かった。しかしその地図は貰ってよいのか?想像はできぬが相当な苦労があったであろう、無償で受け取るのは少々気が引ける。」
「構いません、我が国から貴国への友好の証にございます。国王アレフ一世からもよろしく伝える様申し付かっております。」
「友好か、そなた等には何の遺恨もないと言うのか?」
「遺恨・・・ですか?何のことやら当方にはわかりません。それに広い世界にはまだ他の国もございます故、敵対する国を増やすのは得策とは思えません。」
「あい分かった。即答はできぬが、皆と相談して良い返事ができるよう善処しよう。」
「それで結構にございます。即答できる話とは思っておりませんでした。ではもう一つアレフ一世から伝言があります、よろしいでしょうか?」
「構わぬ、申してみよ。」
「では申し上げます。貴国との友好がなった暁には、ローゼマリー王女を王妃に向かえたいとのことです。」
俺がここにきてから最大のざわめきが起きた。いくつか公式には聞いていないことにしなければいけない台詞が聞こえる。
(なっ、若造が頭に乗りおって・・・)
(いきなり現れた自称の王が何を言う、そんな者に大事な王女をやれるものか!)
(ふん、誰の求婚も受けなかった姫様がそんな話に乗るわけがない。)
(そうだ、幾人もの者が姫の要望する物を探して苦労しているのだ。)
「それも即答できぬ話だ。余としても娘には幸せになってほしいのでな、当人の意向に任せることにしている。」
実はローザマリー王女が数々の求婚者を退けているのは知っている。アレフがここを離れても、二人が魔法の通信機を使って愛を育んでいた。さらに数々の求婚者が現れることに困っていた王女に、俺が一つ助言した。それはローゼマリー王女に“この世界のどこかに万病を癒し、去った魂すら戻すことのできる薬があると聞きます。それを持ってきた方と結婚いたします。”と公言させたのだ。その薬はノイエブルクからはるか遠くに存在する島にある巨大樹から作ることができるが、今のノイエブルクの技術ではそこまで行くことはできない。それ以前にどこにあるのかも分かるまい。
「それもそれで結構です。こちらも噂は聞いています、見目麗しい姫君が難題を盾に求婚を断っていると。それで貴国に進呈する贈り物の一つに、命の薬なる物も用意しています。後ほど確認して頂きましょう。」
「ほう、ずいぶんと用意のいいことだのう。」
「他にも我が国でしか手に入らない品々もあります。」
「ふむ、ありがたく頂こう。して要件はそれで終わりか?」
「こちらの用件はこれで終わりです。より良い返事が頂ける様、お願い申し上げます。」
「あい分かった。では国使殿にはご苦労であった。後は当方のみで相談したきことがあるので下がってもらえるか?」
「では失礼致します。ああ、そうだ。もしよろしければ、当方の城に誰か来て頂いてから返事をして頂いても構いませんよ。」
去り際にそれとなく提案を残して、謁見の間を後にした。目が合ったサイモンが、俺に向かって軽く親指を立てていたのが印象的であった。




