円卓会議
「全部吐き出したらすっきりしたな、まるで目が覚めたようだ。よし、もうノイエブルクにネガティブ工作を仕掛けるのは止める。」
「どうしたのよ、いきなり・・・。」
当然そう言った俺にマギーが目を丸くして驚いている。
「俺は今まで強者を相手にしているつもりだった。だが実際にはそれだけじゃなかった。強者を倒すことで連鎖的に弱者を虐げる。今回のことはそれが俺自身に跳ね返る結果になってしまった。この連鎖を断ち切ろう。」
「そう、それがあなたの結論なのね。じゃあ、皆に表明しないと。」
「ああ、そうする。一両日中に皆を召集して円卓会議をする。グランゼの連中もリスター王子にも聞いてもらおう。この表明をもって今後の行動指針とするんだ。」
「なら私も行かないと・・・ローザラインに行くのは久し振りね。」
一両日中にローザラインに行こうとするなら魔法を使わないといけない。転移の魔法は一般的ではなく妊婦が転移した事例を聞いたことはない。普通の人でも気分が悪くなる者が少なくないわけではない。その為、ここ三ヶ月転移の魔法の使用を禁じてきた。
「まだ転移の弊害は分かっていないんだ。ここは無理はしない方がいい。」
「メタルマの自治区長として円卓会議に出る義務はあるわ。なんと言われようが絶対に出るわよ。」
これは困った。こうなったら俺の言うことを聞くマギーではない。なんとか説得しなくては・・・そうだ。
「じゃあ、円卓会議の場所を変えよう。ここの城もだいたい出来てきたし、お披露目も兼ねてここに皆を集めるんだ。それなら問題ない、それでいいだろう。」
「まあ、それでいいわ。じゃあそれで手配しましょう。」
マギーがハンドベルを手に取って鳴らす。すぐに数人の人が来た。文官、武官、医務官と様々な職種が揃っている。
「ローザラインとグランゼに文を出します。すぐに転移の魔法を使える者を手配して下さい。文書は今から書きます。それとこの城の会議室に円卓を用意してください。椅子の数は12脚です。」
「はっ!すぐに手配して参ります。」
武官二人が駆け出す。俺は円卓会議招集の文を書く。俺とマギー二人連名の召集願いだ。
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翌日の昼すぎ、円卓に皆が座る。国王アレフ一世、王立学院院長ライムント16世、近衛騎士隊長アイゼンマウアー、副隊長ゲオルグ、宰相秘書官ドゥーマン、外務官シャッテンベルク、メタルマ自治区長マギー、農政担当クロウ、グランゼ統治責任者サイモン、同ホフマンス、連合王国王子リスター、そして宰相の俺、円卓故に席次は無い。
「皆様、本日はお集まり下さいまして、真にありがとうございます。私事でローザラインでなくここメタルマに収拾したことをお許し下さい。」
「失礼ながらお二人の連名とは言え、わざわざここに召集した理由はなんでしょうか?納得いく説明を頂きたい。」
「もっともな質問です、アイゼンマウアー隊長。恥ずかしながらメタルマ自治区長こと私の妻マギーが懐妊しておりまして、転移魔法による悪影響を恐れてここに召集することにしました。」
「「「「「おおっ!」」」」」
満場から歓声が上がる。そう反応されるのは分かっていたが想像より恥ずかしい。隣に座るマギーも俯いて恥ずかしそうにしている。
「納得いきました。ここは祝辞を申し上げねばなりません。」
「いや、まあ、それはいい。その為にわざわざ皆を集めたわけではないので・・・。」
うわあ~、これはきつい。今までこれ以上やばい状況に会ったことはなかった。サイモン、ゲオルグ、クロウがヒューヒュー冷やかしているし、良識派のアレフ、ライムント16世、アイゼンマウアーは笑顔で拍手をしている。
「ゴホン!それはめでたいことですが、早く本題に入ってもらいたいものですな。それに我等グランゼ、及び連合王国の王子リスター殿を呼んだのはなぜでしょう。」
おお、助かった。ある意味融通の効かないことに定評のあるホフマンスの発言、これで本題に移ることができた。
「では本題に戻します。疑問についてはおいおい分かると思いますので説明は省きます。まず初めに先日私は殺されかけました。未遂で終わりましたが、犯人はノイエブルクから亡命してきた農奴の一族の一人で、自殺してすでにこの世にいません。衝動的なものですが今までの我が国の行動指針のせいであることは間違いないでしょう。そこで行動指針の変更を提案します。」
「失礼、それは本当ですか?警護責任者の私は聞いておりません。」
「事実です。申し訳ありません。その場にいた者には私が黙っている様命令しました。誰も責めないでください。」
「分かりました、不問に致しましょう。ですが次からは私にだけは報告して下さい。」
あの時点ではアイゼンマウアーには知らせるべきではないと判断した。今、アイゼンマウアーが怒っているのがその理由の一つだ。おそらく知らせたらその日の内に犯人を捕らえさせるか、調べさせていたであろう。
「承知しました。次に同じようなことがあったら、必ずお知らせします。ですが、同じことを起こさぬようにすることが先決です。そこで提案します、ノイエブルクに対するネガティブ工作を止めようと思います。これからは融和を図ることが必要と考えます。」
ざわ・・ざわ・・。俺の言葉に円卓がざわめく。呆気に取られている者、納得できないのか怒りで顔が赤くなっている者、客観的にそれらを見ている者といる。
「ケルテン、お前、毒を盛られたことを忘れたのか!?俺はグランゼの民を虐げていたカウフマンを許すことはできない。たとえ俺が許しても虐げられた民は恨みを忘れない。」
「勿論忘れてなどいない。だけど俺に毒を盛ったバーゼル男爵もグランゼで専横していたカウフマン公爵もすでにこの世の者ではない。」
「死んだから恨みを忘れろと言うのか?あいつらはノイエブルクの闇の一部に過ぎない。放っておけばまた何か仕掛けてくるに違いないのだぞ。」
サイモンが俺を睨んで怒りをあらわに、クロウが感化されたのか同じような顔をしている。他にはゲオルグ、ドゥーマンの二人が納得していないようだ。アレフ、ライムント16世、マギーは賛成、他の者は表情を変えてない。
「勿論仕掛けられたのなら反撃はする。だが、こちらから積極的に仕掛けることはもうしない。恨みを忘れろとは言わない、だが恨みに固執するな。恨みでは前に進めない。恨みは恨みになって必ず戻ってくる。この連鎖はどこかで止めねばならない。」
「おいおい、工作の仕掛け人のお前が自責の念にでも駆られたのか!」
サイモンが呆れて俺を冷やかす。確かに工作の仕掛け人であったことは否定できない。
「ああ、そうだ。敵を相手にしているつもりで敵の下にいる罪のない者を虐げていた。もう身分制度の犠牲者は出したくない。」
「これはこれは、どこかの聖職者みたいな台詞を吐くものだな、何の心境の変化だ。」
「・・・俺の子供が生まれる。その子に私怨で歪んだ顔を見せたくない。」
マギー以外の円卓を囲む全ての者が呆気に取られている。暫く時をおいてサイモンが笑い出した。他の者も釣られて笑い出した。
「OK、よく分かった。一番好戦的な奴にそう言われたら他の者は何も言えなくなる。お前を見習って俺も恨みを忘れよう。いや、忘れられないかもしれないがそう努力することを誓う。」
「ずいぶんと酷いことを言われているような気がする。まあいいや、サイモンは賛成してくれるんだな。他の者はどうだ?」
一同の顔を見回す。もう怒りを示している者はいない。無表情の者もいない。
「よし、皆賛成してくれるのだな。ではこれからのことを決めようか。」