表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/166

贖罪

 俺が殺されかけた次の日、いつもの様に宰相執務室でドゥーマンの提出する書類を処理している。部屋の外から騒がしい声が聞こえたと思ったら、ゲオルグが駆け込んできた。


「おい、大変だ、大変なことが起きた。」


「ゲオルグ、他にも待っている者がいるんだ。順番を守れ。」


 息せき切ってきたゲオルグをドゥーマンが注意する。


「うるさい、そんなことを言っている場合じゃない。昨日の男が死んだ。」


 そんなことは予想の範疇だ。だがやりきれない思いに心が沈む。俺は手元の書類に目を落としたまま黙っていた。


「おい、聞こえているのか?昨日、お前を襲った男が死んだ。今朝、グランローズ海峡に死体になって浮かんだ。」


「聞こえているよ。自殺か他殺、どっちだ?」


「報告によると落下の際の外傷以外はない。崖の上にも争った形跡はない。おそらく自殺だと書かれている。」


「そうですか。まあそうでしょうね。」


「そうでしょうねってどういう意味だ。もしかしてこうなることは分かっていたのかよっ!」


 冷静に答える俺が気に触ったのか、ゲオルグが俺に向かって怒鳴った。


「分かっていた。と言うより、彼にはそうするしかなかった。」


「てめえ、それが分かっていて不問にしたのかっ!あの場でなんとかしてやれなかったのか?ええ、どうなんだ!?」


 ゲオルグが執務机を乗り越えて俺に掴みかかってきた。座ったままなので避けず成すがままになっている。


「どうにもならない。あの場で捕らえたら罪を問わねばならない。ドゥーマン、その場合はどうなる?」


「殺人未遂で数年の禁固、もしくは強制労働ってところでしょうか?」


「まあ当人だけならそうだ。でもそれだけじゃ済まない。公にするとあの一族全員になんらかの私的な制裁が行なわれた可能性が高い。それが分かっていたから他に影響が及ばぬよう、あそこにいた兵士に口外しないよう厳命した。ゲオルグ、お前も口外していないだろうな?」


 ゲオルグが俺を責めるような目をしたまま首を縦に振った。


「ああ、そうだよ。私は彼の者が死ぬしかないことを知っていて、あの一族の従属を得る為に利用したんだ。彼等はバーゼル男爵の下でも十分幸せだった。それを俺の私怨の為にその幸福を奪った。その結果がこれだ。犯す必要のない罪を犯させてしまった。もし彼等が事実を知ったらきっと軽蔑するだろう。余計なことをしてくれたと憤慨するに違いない。だからこそ私はああするしかなかった。何が慈悲深い宰相だ、とんだ偽善者でしかない!」


 自分でも驚いたが、隠しておこうと思っていたことが堰を切ったように口から飛び出た。聞いていた二人が沈痛な顔に変わっていた。


「ゲオルグ、もういいだろう。彼等はずっと奴隷だったんだ。一人が罪を犯せば連座で一族に罪が及ぶ。そう生まれた時から躾けられていたのだ。だから、宰相殿の処置はその時点では最善だった。」


「分かった、分かったよ。もうこれ以上言わない。それとお前っ、さっきから口調がむちゃくちゃだぞ。感情をコントロールできないのなら帰って休めっ!」


「いや、そうはいかない。やらねばならないことがあるはずだ。」


「宰相殿、私も同感です。冷静な判断ができないなら邪魔です。今日はお帰り下さい。」


 その顔をみると二人とも本気だ。有無を言わせぬ迫力がある。


「分かった、後は任せる。それと遺体は返して彼等の望むように弔ってやってくれ。それ以上のことは何もしなくていい。」


 今すぐしなければいけないことだけ伝えて、宰相執務室から出て行くことにした。なんとも言えない感情を持て余したままメタルマへと跳んだ。


 ----------------------------------


 メタルマの城再奥の部屋、自治区長のマギーはお腹に負担の少ない格好で書類仕事をしていた。最近は鉱山の発破も他の町への転移も禁止されていて深窓の婦人と化していた。


「あれっ!?どうしたの?今日はローザラインにいたのじゃなくて?」


 静かに部屋に入る俺に気づいたマギーが当然の質問をした。


「うん、まあそうだったんだけど帰れと言われた。」


「何かあったのね。それも私に言いづらいことでしょ?」


「昨日殺されかけた。大事には至らなかったけどね。」


「誰よ、そんな馬鹿なことしたのは?私が殺してやるわ。」


 今すぐ立ち上がって飛び出して行きそうな勢いだ。あわてて押さえた。


「君ならそう言うと思ったよ。だけどもう必要ない。自ら命を断った。」


「どういうことよ?」


「例のバーゼル男爵の所の農奴一族、男爵の下に帰る為に俺を殺そうとした。他の者に累を及ぼさない為に不問にしたけど自殺した、今朝のことだ。」


「そう、そのことがショックだったのね。でもあなたが罪の意識を感じることはないわ。その人は身分制度の犠牲になった、そう考えなさい。」


「理屈では分かっているんだ。彼等は追い詰められてローザラインに来た。それで隷属から開放されたと思っていたがそうではなかったみたいだ。その身は開放されたかもしれないが、本当に開放しなくてはいけないのは心だった。そのことを分かっていなかった。俺は愚か者だ。」


「じゃあ、次はそれを考慮して行動なさい。それで贖罪になるわけじゃないけど、同じ犠牲者はもう出さなくても済むわ。」


 俺はここに慰めてもらう為に来た。真っ直ぐで前向きなマギーの言葉は心地いい。そう思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ