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奴隷の性

「宰相殿、パイオニア一族に開墾してもらう土地なんですが・・・。」


「ああ、決まったのか。で、何か困ったことでもあったのか?」


 ドゥーマンがどこか困った顔をしている。


「それがですね、人数で割り振れる最大限の土地を希望してきまして結構な広さが必要になりました。それで問題が出てきまして・・・・。」


「なんだよ、歯切れの悪い。もっと簡潔に言えよ。」


「はあ、そうですか。では言いますけど、かなり野深い土地しかなかったので、宰相殿かマギー殿を派遣するよう願い出が来てます。」


「俺に焼き払えってか。まあ構わんが、ドゥーマン、お前さん大火炎の魔法は使えなかったか?」


「一応使えますが、制御に難があります。放つだけならクロウにも負けない自信がありますが、細かい調整は苦手なんです。どうもクロウみたいに器用なことはできないようです。」


 ドゥーマンの魔法の素質はB+、最大MPはA、クロウはB-、Bなので、魔法を使うことに関してはドゥーマンの方が上だと認識していたがそれだけではなかったらしい。それに同じ魔法でも現場で数をこなしていたクロウの方が細かい制御に長ける結果になったようだ。


「分かったよ、俺が行く。時間の調整をしておいてくれ。」


「そうですか、その調整が難しいのでマギー殿にお願いしたいと思っていたのですが、駄目ですか?」


「うん、駄目。今は都合が悪い。」


「都合ですか?ここ三ヶ月の間ローザラインの公式行事にも出ていませんが、もしかして体調でも悪いのですか?」


「体調ね・・・まあそんな感じだ。」


「ならすぐにでも医者を手配します。なんでもっと早く言ってくれないのですか。なにかあってからでは遅いのですよ。もっと自分達を大事にして下さい。」


 ドゥーマンがものすごい剣幕で俺を責める。


「ああ、そうじゃない、そうじゃないんだ。ちょっと気恥ずかしくて言いそびれていただけだ。どうも子供ができたらしい。大事を取って転移の魔法は使わせないようにしている。」


「はっ!?今何と言われましたか?」


「二度も言わすなよ、子供ができたんだ。今無理をさせて“妊娠中の転移魔法使用の弊害”なんて論文を書きたくない。」


 ドゥーマンの目が丸くして言葉を失っている。


「おい、どうした?聞こえているのか?」


「失礼しました。あっ!いえ、おめでとうございます。なんでもっと早く言ってくれなかったのですか?他の者に言い訳するのも大変だったのですよ。」


「うん、まあ、ゴメン。なんとなくだ。」


「もう他に秘密はないでしょうね。」


「ないよ。じゃあさっきの話は俺が行くということで手配を頼むよ。」


 これ以上話していると、言いたくないことまで言わないといけなくなりそうなので話を打ち切ることにした。わざとらしく手元の資料に目を落として読み始めた。


 ---------------------------------


 グランローザ海峡の北、まだ開拓していない土地に来ている。パイオニア一族に与えた土地は野深く、ここを耕地にするには相当の手間が必要だと誰もが思うだろう。前もってここを焼き払うことを伝えてあるので、木材になりそうな木はすでに伐採済みだ。


「ひゃー、これはひどい。昔を思い出すな。」


 そう感想を述べたのは護衛についてきたゲオルグだ。確かにローザラインを開墾する時もこんな感じだった。まあ実際にはここの方がひどい。


「おい、声が大きい。彼等にも聞こえるぞ。」


「ああ、そうだった。しばらく黙っているよ。」


 パイオニア一族が少しずつ集まってくる。不安と疑念が表情に浮かんでいる。


「先日は大変失礼しました。まさか宰相様とは存じませんでした。数々の無礼お許し下さいませ。」


「無礼ですか?何のことやら記憶にありませんね。それにここローザラインには身分意識が希薄でね、そこまで畏まらなくてもいい。」


「そうですか、私は一族を束ねるハンスと言います。以後お見知りおきを。」


 老人の右手が差し出された。これは主従の礼ではなく、一般的な挨拶の部類に入る。どうやら俺の言ったことを理解してもらえたようだ。こちらも右手を出して硬く握る。これで概ね良好な縁と結べたと思う。


「ではここを焼き払います。危険ですので皆さんは離れていて下さい。」


「道具もなしにですか?」


「ええ、必要ありません。燃えにくい場所にはすでに油を撒いてあります。」


 ハンスを始めとするパイオニア一族皆はまだ半信半疑の目で見ている。遠巻きにしていた者の一人が俺に近寄ってきた。


「おい、本当にできるのか。城に籠もっているお偉いさんが来て、どうにかなるもんじゃねえぞ。」


「まあ、見ていてくださいいきますよ・・・・・・・がっ!」


 まず威力を見てもらおうと男に背を向け詠唱を始める。突然背中に強烈な一撃を受けた。


「何をするかっ!取り押さえろ。」


 前のめりに倒れた俺の後ろでゲオルグの声が聞こえた。怒号と人がもみ合う音がしばし続く。俺が立ち上がった時には、さっきの男が兵士に組み伏せられていた。男が使ったらしいナイフが今は足元に転がっている。近寄ってそのナイフを拾う。刃渡りは15cmほど、まともに刺されば命はないだろう。


「遅いっ!何をしていたっ!」

 

 俺と男の間に割って入ったゲオルグが取り押さえている護衛の兵士に怒鳴る。怒られた鬱憤を晴らす下の様に兵士が暴れる男を小突き回している。一族の者達にも武器が突きつけられていた。


「ゲオルグ、そう言ってやるな。油断した俺が悪い。それにこの程度の武器ではこの服は傷一つ付かない。」

 

 俺が着ている白銀の宰相服はミスリルガーブ、リヒャルト金属から最近献上された物だ。より高温を出せることになってミスリルを完全に溶かすことに成功し、ミスリルの繊維を作ることを可能にした。その糸で作られた試作品だ。ただし薄い布状になっているので刃は防げても衝撃は防ぐことはできない。現に背中がものすごく痛い。


《俺は魔力を10使用する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ

  おお、万能たる力よ、血、肉、骨となりて、我を癒せ!Magna Sanitatem(大治癒)!》


 痛む背中に手を当て治癒の魔法を使用する。魔法の効果で痛みが引いた。


「その人を放してやって下さい。聞きたいことがあります。」


「危険です。この者達もまだなにか企んでいるに違いありません。」


「そうではないみたいです。他の人達は驚いているだけですから。とりあえず武器を納めなさい。私なら大丈夫です。」


「はっ!宰相殿がそう言われるなら従います。お前達、武器を引け。」


 ゲオルグの命令が響き、兵士達が武器を納める。ただし俺の周りに並んで警戒を解かない。俺を襲った男に一族の長ハンスと他の者達が駆け寄る。膝をついたままの男の頭を押さえて顔を地面に押し付けた。


「この馬鹿者がっ!なんのつもりだ、この方は一族の恩人だぞ。」


 ハンスの声が響く。悲しみと怒りが入り混じった声だ。これまでも似たような状況があったのだろう。それが例え貴族による理不尽な怒りであっても一族の長として謝罪しなくてはならなかったはずだ。


「なぜ私を襲ったのですか?。失敗に終わったとは言え、それぐらいは知っておきたいものです。」


 押さえつけられている男が声を出して泣き出した。手で合図して押さえつけているのを止めさせる。


「俺は、俺達は結局どこに行っても虐げられるだけだ。ここを見ろ、どう見たってここがまともな耕地になるとは思えない。形だけ土地を与えて俺達が干からびていくのを待っているんだ。」


 男の独白が続く。不思議に怒りは感じない。今まで虐げられてきた農奴達の悲しみが伝わる。


「それで私を殺そうとしたのですか?しかし、それでどうなると言うのです。」


「ううっ、あんたを殺せば、あんたの首を持って行けば、男爵も俺達の帰還を認めてくれるかもしれない。そう思っただけだ。」


 膝をつき両の手を地面につけたまま男が叫ぶ。流れ落ちる涙が地面を濡らし続けている。貴族にずっと尽くすことしかして来なかった者が持つ悲しい性だ。主人に許しを請い、元に戻ることだけが幸せと思っているのだろう。


「そうですか。残念ですがあなたの言葉には二つ間違いがあります。まず第一に、私を殺してもバーゼル男爵の下に戻ることはできません。バーゼル男爵は亡くなりました。男爵家も断絶となっています。」


「それは本当ですか?」

 

 俺の言葉に反応したのはハンス、見限ったとはいえ、長いこと仕えていた主人の死は信じられないらしい。


「本当です。表向きは病死となっています。」


「表向きとはどう言うことですか?」


「伝える気はなかったのですがいずれ伝わることです、お教えしましょう。あなた方を失う原因となったカウフマン公爵を毒殺、その罪で捕らわれた際に同じ毒で自殺されました。」


「なんと言うことを。やはり我々はここに来るべきではなかった。まさか我々の為にそこまでするとは・・・。」


 ハンスの目にも涙が浮かぶ。真実は違うが彼等の為に男爵がで示したと思っているのだろう。


「もう一つ、ここがまともな耕地になるわけがない。そう言われましたがそれは間違っています。よく見ていて下さい。」


《俺は魔力を15消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ

  おお、万能たる力よ、業炎となりて、全てを焼き尽くせ!Magna flamma(大火炎)!》


 俺の両手から業炎が放出する。大きく腕を振り払いその炎の範囲を広げた。撒いてあった油にも火が付き広い範囲が燃え始めた。


「これがローザラインを開拓した技術の一端です。」


 大火炎の魔法の効果に皆が目を丸くしている。こんな魔法は見たことがないはずだ。彼等が見ている前で更に魔法を使う。数回繰り返してかなりの範囲を炎で覆った。溜まった鬱憤が魔力を共に放出された。


「あとは類焼に気をつけて下さい。では、私は忙しいのでこれで失礼します。」


「あの・・・この者はどうなさるのですか?」


「ゲオルグ、お前は何を言っているのだ?俺は城に戻る。」


 彼を裁いても何の役に立たない。むしろ恨みを買うことになるかもしれない。ここは何もなかったことにした方がいい。彼等の勘違いも何もかも利用する。少々後ろめたいことがあるが、それは墓場まで持って行く。

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