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新規格の鍵

「第一回ちきちき鍵開け選手け~ん!」


 どんどんどん!ぱふぱふぱふ!鳴り物入りの宣言に一同の目が白い。最近鬱屈することが多かったので出来るだけ明るく振舞ったのだが、おもいっきり外したようである。


「ゴホン!此度は多くの個人商人、及び商会の代表をお招きして、新しい商品のデモンストレーションをさせてもらうことにしました。その商品とはこれ、三種の規格の鍵前です。」


 まだ俺に集まる視線は白けたままである。招いた商人だけでなく当方の関係者までそうなのは心外である。


「あの~失礼ながら、今更錠前など珍しくも何ともないです。いったいそれのどこが新商品なのでしょうか?」


 並ぶ商人のうちの一人が遠慮がちに質問してきた。本当はできるだけ罵るなり否定してくれた方が、後々の為になるのだがここは仕方ない。


「もっともなご意見です。じつにいい質問をしました。ではまず錠と鍵のお話をしましょう。今世界には二種類の規格の錠前があります。そこの方、ご存知ですか?」


「えっ!ええ、存じてます。連合王国を主とする世界規格とノイエブルク規格の二種類です。鍵穴自体の大きさが違いますので互換性はありません。」


 俺に指名された者が困惑しながらもそう説明した。その答えに満足した俺は話を続ける。


「そのとおりです。しかしここに用意した新しい錠前はどちらの規格でもありません。さらに付け加えるとこの三種ですら規格が違います。これをもって新しく参入するのが今回の商談になります。」


「はあ、それは面倒なことを。いまさら新しい規格を作られても普及するとは思えませんが?」


 並ぶ商人の半分ぐらいが失望を顔に表している。ここに来たのが時間の無駄と言わんばかりだ。


「確かに普通に考えればそうでしょう。ですが、これからのデモンストレーションを見て同じ感想を持たれたならば、無駄に過ごした時間の分対価を払いましょう。」


「「「「おおっ!」」」」


 驚きの声が上がる。半分は難癖付けてでも金を手に入れようと、残りの半分は目の前にある商品を値踏みしようとしていると思われた。


「ではここにノイエブルク規格の錠前、連合王国規格の錠前、そして新規格の鍵があります。どれも現時点でピッキングが難しいとされている物です。皆さん、自慢の鍵師はお連れですか?」


「まあ、なんのことやら分からぬが用意はしました。それでいったい何をされるのですか?」


「用意した錠前を開けてもらいます。もし全ての錠前を開けることができましたら賞金を出させて頂きます。制限時間は30分、もっとも早く全ての錠前を開けた者に賞金10000Gを進呈させてもらいましょう。ああ、当方からも代表として二名出させてもらいます。」


 商人達の目が光る。それほど連れてきた鍵師に自信があるらしい。長テーブルの各鍵師の前に三つの錠前を並べた。


「開錠できた者は手を上げて宣告してください。では始めっ!」


 並ぶ鍵師が錠前を手に取る。当方の代表はシュミットとロバートの二人、ともに覆面をしている。他に5人の鍵師がいる。開錠作業を見ていると当然の様に魔法の鍵を使用している。あっと言う間にノイエブルク規格の錠前が開いた。次は連合王国規格の錠前、各自が独自に使っている道具が鍵穴に突っ込まれている。これもさほど時間がかからずに開けられた。見ている商人達がほくそ笑んでいる。


「大丈夫ですか?」


 俺の後ろでそわそわしていたドゥーマンが心配そうに聞いてくる。他にも同席しているアイゼンマウアーやゲオルグも心配そうにしている。


「心配するな、俺と魔道研究所の集大成だ。」


「本当ですか?まだ20分もありますよ。」


「1時間あっても無理だよ。特別な仕掛けがしてあるからな。まあ黙って見ていろ。」


 そう言ってもまだドゥーマンは心配そうである。そわそわしているのがより酷くなっているのが滑稽だ。新規格の錠前に手を出して5分、鍵師達の顔に焦りと汗がにじむ。鍵穴に突っ込んだ道具が思うように動かないことに苛立っている。見ている商人達の表情に余裕が無くなってきた。彼等のざわめきが心地よい。


 時は無常に流れ、終了の鐘を鳴らした。


「終了時間です。誰一人として開けることはできなかったようですね。」


 鍵師達の手が止まり、悔しそうな目で俺を睨む。


「おい、これ本当に開くのか?開きもしない錠で俺達をからかったんじゃないだろうな。」

「そうだ、だったら開けてみろよ。」


 一人の鍵師が立ち上がって文句を言うと、同調した他の者も同じく文句を言い始めた。


「そう言われると思いました。では今から鍵を渡しますので、依頼人と一緒に開くところを確認して下さい。」


 鍵を配ると各々が依頼人とともに開錠する。シュミットもロバートも俺の所に来て鍵が開くのを確かめた。


「開いた。絶対に開かないと思った錠前が開いた。そっちはどうだ。」

「ああ、開いたな。宰相殿は人が悪いから、おれっち達をからかう為にこんなことをしたと思ったぜ。」


「そんなつまらないことに人を集めたりしませんよ。公にはしませんが仕掛けがあります。まあ分かったとしてもまず開けることはできないけどね。扉を壊した方が早いぐらいだ。」


 シュミットの持つ銀の錠前を受け取る。閉まっていることを確認して鍵穴を二人に見せる。


「ここに何かが入ると自動的にMagicae scutumがかかるようになっている。Magicae scutumとは盾の魔法で、見えない壁が外部からの衝撃を逸らす効果がある。」


「ああ、なるほどな。どうりで道具がうまく動かないと思った。やっぱりお前、人が悪いよ。」


「最高のお褒めの言葉だね。」


「いや、それじゃあ、説明は半分だ。じゃあなんでこの鍵なら開くんだ。」


「簡単なことさ、この鍵なら魔法は発動しないようにしてある。全く同じ形の物を用意しても開かないよ。」


「「むう、こんな物が出回ったら・・・。」」


 二人同時に全く同じ感想が口から出た。言葉の続きは俺達の仕事がなくなるとかそんなことだろう。


「では皆さん、この錠前の性能は理解できたと思いますが、まだ二種類の錠前が残っています。基本的には同じ仕掛けですが鍵穴の大きさが違います。現時点では最初の錠前だけで十分でしょうが、いずれ種類が必要になると思いますので三種類用意しました。セキュリティーレベルに合わせて使うといいでしょう。順に鍵穴が小さくなりますので、万が一の時にも安全でしょう。説明は以上です。」


 用意しておいた金、全ての錠前とセットの鍵を渡す。しばらくは彼等を好きにさせておいた。


「近いうちにこの商品の販売権利の競売をします。お渡しした物は持ち帰って結構ですよ。では今日のデモンストレーションはこれで終了とさせて頂きます。本日はご苦労様でした。」


 まだざわめいている商人達を放っておいて退室する。彼等がどの程度の価値を見出してくれたかは現時点では分からないが、そう低い評価はされていないだろう。


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 その後、宰相執務室には多くの商人の面会願いが続いた。賄賂を寄越すような商人ははっきりと覚えておく。一応受け取った賄賂は後日そのまま返すつもりだ。そんな商人達に混じってこの間連合王国から来たオルト商会の代表が来た。


「なかなか素晴らしいデモンストレーションでした。ぜひとも我がオルト商会で扱わせて頂きたいものです。」


「そうですか、まあそのことは後日の競売にて決定しましょう。それで何か私に用ですか?」


「おお、そうでした。一つ献上したい物がありまして、宰相殿の時間を頂いた次第です。」


 なんだ、この商人もその程度の男か。残念だがこの話はなかったことにしなくてはならない。


「宰相殿、違いますよ。私が献上したい物はこれです。現時点ではこれだけしかありませんが、きっと興味を示して頂けると確信しています。」


 そう言ってポケットから豆粒くらいの金属を取り出した。彼の手から俺の手の上に置かれた。


「これはトーレムの村近郊の魔物が落とす金属です。その魔物に出会うのもまれですがその金属が手に入るのはもっとまれです。何よりも硬く、如何なる高熱にも解けない謎の金属です。それが何かお分かりですか?」


「おそらくはオリハルコン。だがなぜこんな貴重な物を私にくれるのです。」


「流石は名高いローザラインの宰相殿、一瞬でこれが分かるとは驚きです。私もそう結論付けました。お渡しした理由は簡単です。今現在その金属に全く価値がないからです。」


 面白い。まさかこんな手で俺を試そうとは今まで来た商人とは違う。ここはちょっと揺さぶってみよう。


「価値がない物を渡すとはずいぶんと舐められたものです。」


「それはご本心ではないでしょう。そう思うなら私に投げつければいいのですから。これは投資です。私は商人ですから損になることはしません。必要なら賄賂を渡すことも辞さぬでしょう。ですが宰相殿は賄賂がお嫌いでしょうからこんな真似をしました。」


「なるほど、よく調べたようです。それでこれをどうしろと言われるのですか?」


「好きにして下さい。宰相殿ならその役立たずの塊を価値のある物に出来ると期待しております。その暁には当オルト商会に専売の契約を。」


 わざとらしく頭を下げる。だがその礼に嫌味な感じはない。


「降参です。オルト商会、その名を覚えておきましょう。」


「ありがとうございます。今日はそれで結構、次は競売の時にお会いしましょう。」


 宰相執務室を出て行く男の背中にはうまくいったと書いてあった。彼とは長い付き合いになる、そう確信した。

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