怨念
「お前がやったんだろう!証拠はあがっている。」
カウフマン公爵の一室に軟禁されたバーゼル男爵に近衛騎士が詰め寄る。今の代の近衛騎士は全て爵位を持つ者で男爵程度の威光は通用しない。
「信じてくれ、私はやっていない。公爵を殺していったい私に何の得があるのだ。」
「ふん、どうだかな。夜半に公爵の部屋を訪れたことは分かっている。それに大きな声で公爵を責めていたことも使用人の証言で聞いている。そんな詭弁で言い逃れできるとでも思ったか。」
傲慢さを前面に出した近衛騎士、おそらく中隊長クラスであろう男は部屋に部下数名を常駐させて、威圧的にバーゼルを詰問していた。弁護する者はもちろんのこと、屋敷にいた他の貴族との連絡もさせてもらえない。完全に犯人と決め付けている態度だ。
「違う、違うんだ。確かに私は公爵に夜中に会った。話しあっても埒が明かないので思わず大きな声を出したのは間違いない。だが私は殺していない。」
「ふん、どうだかな。男爵が公爵に不当に財産を奪われたことは同情するが、それゆえに最も怪しいとも言える。公爵の部屋には二つのグラスが残されていて、酒の残ったボトルに毒が入っていることはすでに分かっている。口論の末、公爵に殺意を抱いた男爵が残った酒に毒を入れたであろうことは子供でも分かることだ。おおそうだ、たしかバーゼル男爵は毒を扱うことに精通していたな。」
「うぐっ!」
決め付ける近衛騎士に言葉を失った。全ての証拠がバーゼル男爵が犯人だと示している。まさか過去の影働きまで不利な証拠になるとは思ってもみなかったのだ。バーゼルが項垂れたことで観念したと思ったのか、近衛騎士が行動に出た。
「バーゼル男爵、そなたをカウフマン公爵殺害の罪で拘束させてもらう。なお国務大臣殿の御好意により、100万G支払えば保釈してもよいとのことだ。権利を行使するか?」
「無理です。いくらなんでも即金で用意できる金額ではありません。」
「そうか、では仕方が無い。男爵を素敵な牢獄にご招待しよう。」
「待ってくれ。爵位に相応しい待遇を要求する。薄暗い地下牢など耐えられぬ。」
「善処致しましょう。」
近衛騎士がバーゼルの腕を両脇からとって立ち上がらせる。素直に立ち上がったバーゼルはうつろな目をしたまま連行されていった。
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俗に貴賓室と言われる貴族の犯罪者専用の牢獄が、ノイエブルクの城の塔にある。豪華な内装があるにも関わらず、外が見える窓には鉄格子がある為ここが牢獄であることを改めて感じさせた。出入りには塔の下からの螺旋階段を使うしかない。
「なんだこれは!?」
「食事ですが、それが何か?」
トレイの上には粗末な食事、パンが一つと小さな皿にスープが乗っているだけ。飲み物も適当なピッチャーに入れられた水だけで、勝手に飲むようにと空っぽのグラスが放り出されている。
「これが男爵たる私への待遇か。」
「さあ?小官は決められた食事を運ぶだけです。無理に食べろとは言いませんのでご自由にどうぞ。では失礼します。」
慇懃無礼な口調でそれだけ言ってバーゼルに背を向けた。以前はバーゼルにぺこぺこして機嫌を伺うことしかできなかった男が今はこの態度だ。込み上げる怒りを抑えて背中に声をかける。
「ちょっと待ってくれ。」
「まだ何か?」
「私の屋敷に伝言を頼む。如何なる手段を使ってもいいから保釈金を用意せよ、そう伝えてくれ。」
「分かりました。では失礼。」
貴賓室の扉が閉められ、向こう側から鍵をかける音が聞こえた。
「くそっ!今に見ていろ。ここを出たら思い知らせてやる。」
部屋の中をうろうろ歩きながら呪詛の言葉を吐いた。
「こんな物が食えるものか。これでは奴隷と何ら違わないではないか。」
そうは言ったが出された食事が何であれ、物を食べる気になれない。だが怒鳴り散らして乾ききった喉を潤す為、グラスに水を入れて一気に飲み干した。グラスをテーブルの上に置いて椅子に腰掛ける。目を瞑ってこれからのことを考える。自分が無実なことは自分が一番分かっている。保釈金を払って外に出たら、なんとしてでも自らの無実の証明する。それがなったら如何なる手段を使ってでもこの恨みは晴らす、そう決めた。
どくん・・・どくん・・・
やけに心臓の鼓動がうるさく感じる。
(おかしい、なんだこの感覚は!?)
異変を感じたバーゼルは目を開き立ち上がろうとしたが、体は思考を裏切った。身動きできないまま全身に激しい痛みが走る。血管に針が流れ、内蔵が内側から殴られる様な痛みは筆舌に尽くし難い。
(この毒薬は無味無臭、まず標的の身動きを封じます。動くこともできず思考は正常な状態で、自らの体が内側から破壊されていくのを死ぬまで味あわせることができるでしょう。)
それはあの毒薬を買った時に商人が言った言葉、トーテムの村とやらで作られたと言う毒薬の効能を語った商人の嬉しそうな顔が思い出された。
(馬鹿な、なぜここにあの毒が・・・・・・・・)
痛みを通り過ぎてすでに手足の感覚がない。薄れ行く意識の中、ローザライン宰相の嘲笑が聞こえた気がした。
公式にはカウフマン公爵は病死、同じくバーゼル男爵も病死と発表された。だが無責任な噂がノイエブルクの貴族の間で流れた。公爵による不当な搾取に恨みを抱いた男爵が公爵を毒殺、その罪で捕らわれた男爵が同じ毒で自殺したと。
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「全て終わった。これが報告書だ。」
宰相執務室にアイゼンマウアーの影、通称ロバートと名乗る男が入ってきた。渡された報告書に目を通す。カウフマン公爵家とバーゼル男爵家は断絶、公爵のせいで損失を被った貴族には両家の財産を売り払った金で補填がされたとあった。
「ご苦労だった。結果には満足している。」
「全て宰相殿の計画通り。この間教えてもらった魔法が役に立った。ちょっと物足りないかなと思わんでもない。」
深刻な雰囲気を嫌ったのか、軽い冗談を言ってのけた。
「それはよかった。失敗する訳には行きませんから、物足りないのは我慢して下さい。あの魔法を使いこなせるのはあなたを除くと一人しか知りません。」
「もしかしてそれは宰相殿のことですかな?」
「違うよ、私では使いこなせない。あれを使いこなす為にはまず気配を消す必要がある。意味は分かるね。」
「なるほど、だとするともう一人とは王様の密偵のことですかい。」
「正解。でも聴覚や嗅覚を誤魔化すことまではできないから魔法を過信しないでくれ。君達の才能は他に変え難いと思っている。つまらないことで死なないでくれ。」
「へっ、泥棒、いや密偵の俺っちにそんなことを言ったのは宰相殿が始めてだ。」
自虐的に自らを泥棒と言った男は変なことで感心している。ふと思いがけない言葉が口から飛び出した。
「無益な策略だと軽蔑しましたか?」
「まあ、そこまでじゃないけど、迂遠なことをするとは思ったね。」
「うん、まあそう思うのは当然だ。死なすだけならもっと簡単にことは済んだだろう。ここは彼等に王族と貴族の間に不和の種となってもらった。いや、違う。俺はただ恨みを晴らしたかっただけだ。個人的な恨みを晴らす為に君達を利用したにすぎない。笑ってくれ、俺はそんなに立派な人間じゃない。」
密偵ロバートは俺の独白に唖然としたまま立っていた。
「すまない、つまらぬことを言った。忘れてくれ。」
「へえ、宰相殿も普通の人間だったみたいだね。もっとこう冷徹で事務的に処理する人だと思ってけど、結構俗っぽいところもあるようで安心したよ。」
「これは心外だ。俺だって只の人間だよ。」
「そのようで、では今日は失礼しますよ。」
軽い口調でそう言って執務室から出て行こうとする背中に声をかける。
「ああそうだ、明日の商談に出てもらいます。顔を見られるのが嫌なら仮面なり覆面をつけたままで結構です。」
背中を向けたまま言葉ではなく軽く上げた右手で返事をして出て行った。




