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目的と手段

「驚きました。元農奴の一族に姓を与えるとは・・・」


 亡命してきた農奴、いや、これからはパイオニア一族が迎賓館を去ってから、リスター王子が俺に詰め寄ってきた。


「その言い方だと納得していないようですね。」


「ええ、姓だけでなく無償で資金の援助をするなんてね。彼等の言い草ではありませんが甘いと思いますよ。」


「私はそうは思わない。」


「なぜですか。彼等が受け取る物を受け取ってどこかに逃げる、そう考えはしませんか?」

 

「考えない。彼等は何が得で何が損か計算できるはずだ。一時の得を取って全てを失う様な真似はしないよ。それに貸した資金は数倍になって帰ってくるとも思っている。」


「なぜそこまで彼等を信じられるのです。奴隷と言えば如何にして楽をするか、如何にして得をするかを考えているような連中ですよ。」


「なるほど、あなたの周りにいた者はそんな者しかいなかったのですね。」


 リスター王子が俺の言葉にあっと声を上げ、苦い顔をした。言ってはならないことを言ってしまったに違いない。


「こういう言い方は悪いが、そんな者なら始めから引き抜いたりしません。彼等は自発的に亡命してきた様に見えるかもしれませんが、周到な計画の結果ここに来たのです。計画書にそうありませんでしたか?」


「残念ながら、そこまでは分かりませんでした。巧妙に固有名詞が隠してありましたので。」


 リスター王子はそれだけ言うと自虐的に笑みを浮かべた。


「当然です。簡単に読めるなら渡したりはしません。」


「敵わないな。まだあなたの相手をするには早いようです。ではさっきの質問に答えてもらえませんか?わざわざ姓を与えたのはなぜです。単なる慈善ではありませんよね。」


「慈善だけではありません。理由は二つあります。一つは彼等の独立意識を高める為、もう一つは戸籍管理の為です。名前だけでは個人の判別がつき辛いのです。例えばアレフ、この名前だけでこの国に何人いると思いますか?」


「そう言われましてもまずこの国の人口すら知りません。」


「知りたいのですか?昨日までの時点で99822人。移民してきた者とこの国で生まれた者、そしてそこから死んでいった者達を引いた数です。」


 俺の言葉にリスター王子が呆気に取られている。開いた口が閉まらないようだ。


「そんなことまで覚えているのですか。」


「ええ、彼等をここに来させた責任があります。少なくとも来る前より幸福にする義務があると思っています。」


 これは俺なりの責任だと思っている。アレフやそれを慕ってついてきた者達に責任があるはず、できるかぎり幸福になってもらいたい。


「はあ、これまでそんなことを考えたこともありません。一王族に生まれた者として如何にして次の王になるか、そんなことしか考えていませんでした。」


「まあ、それも責任の一つです。連合王国は型ができあがっていますから大変です。ですがそれは手段と目的が混同していますね。」


「なるほど、今理解できました。目的を果たす気のない者は王になるべきでない。この際の目的は国を統治すること、王になるのはその手段にすぎない。国を統治するなら富ませなければいけない。そう言われるのですね。」


 連合王国の風習だと他の要因が必要だろうが、今のリスター王子になら大王になる資格がある。他所の国の次期大王を育てるのは我が国にとって得になるのだろうか?そうは思ったが打てば返ってくる話相手は実に楽しいので止められない。


「どう取ろうと王子の自由です。先ほどの話に戻しましょう。個人の識別に姓は不可欠です。名前と組み合わせることで違う固有名詞になりますからね。さらに同じ姓を持つ家族同士で連帯意識ができる。そのせいで、なるべく同じ姓にならぬ様に苦労しました。」


「そうでしょうね。一族合わせて10名としても、一万の姓が必要になる計算です。実際はもう少し少ないでしょうが、半分としても相当の数ですからね。」


「それはもう。まず本人の希望を聞くところから始まりますが、出身地、職業が一般的で重複し易い。組み合わせ、言語による読みの違い、他にもいろいろと無い知恵を絞りましたよ。まあ、皆喜んでくれましたから、報われましたけどね。」


「そう喜べる宰相殿は善人ですね。でも悪辣な罠を張り獲物を待つこともできる悪人の顔も持っています。」


 リスター王子の言葉にはニヤリと笑って返すことにした。


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「どういうことですか!当家の者に会えないとは公であろうと納得いきません。」


「そうは言われましても公爵様の荘園に男爵殿を入れるわけにはいきません。多分忙しいのでしょう、男爵に連絡するよう伝えておきますので、今日のところはご容赦を。」


 カウフマン公爵の屋敷にバーゼル男爵が押しかけていた。秋の収穫の時期になって男爵の荘園でも纏める者が必要になったのだが、屋敷に入ることもままならず公爵の使用人にけんもほろろに追い返されることになった。


「おのれっ!使用人ごときが頭に乗りおって!」


「どうかされましたか?ご主人様。」


 戻る馬車の中、当り散らすバーゼル男爵に同乗していた使用人が問いかける。


「黙れ、そなた達が不甲斐無いからこのような面倒になっておるのだろう!まさか農奴を纏めることもできないとは思わなんだわっ!」


「そうは言われましても、私どもではぷぎゃっ!」


 主人の機嫌をこれ以上損ねない様、必死で抗弁する使用人の顔を男爵の手が思いっきり叩いた。


「口答えをするなっ!私は黙れと言ったのだ。つまらん口答えをしている暇があるのならこの事態を解決する方法を考えるがよいわ。」


「もっ、申し訳ありません。では国務大臣殿にお伺いを立ててはどうでしょうか?」


「ふん、それができれば話は簡単だが実際にはそうはいかぬ。伺いをたてるのに幾らかかると思っておる。無償で何かをしてくれる方ではない。それに大見得を切った手前、今更泣きつくことなどできぬわ。」


「では裏から手を回して公爵の荘園を調べてもらいます。それまでお待ちいただけますでしょうか?」


「どれだけの時間がかかるのだ?もうこれ以上収穫を遅らすことはできないと聞いておるのだぞ。」


「一週間、いえっ三日、三日頂ければ調べはつくと思います。」


 一週間と言った瞬間にバーゼル男爵に睨まれた使用人は三日と言い直した。できる自信はなかったがそう言わねば己が命が危ない。そんな気がしたのである。


「一日、いや明後日の朝まで待ってやる。それ以上はまかりならん。」


「はっ!」


 バーゼル男爵の剣幕に使用人は反射的に返事をしたが、とてもできることではないと確信している。こうなれば如何にしてこの窮地、つまり自分の安全を確保するか、それだけを考え始めた。

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