開拓者
「宰相殿、例の農奴一族の引き抜きですが先方から連絡があっ・・・・・・・・・これは、リスター王子がおいででしたか?失礼しました。」
手にした書類に目を落としたまま宰相執務室に入ってきたドゥーマンが、報告の途中で言葉に詰まった。顔にしまったと書いてある。
「ドゥーマン、もういい。たとえ連合王国に対する工作であろうと、ここで聞いたことを外に洩らすリスター殿ではないよ。」
「いや、流石にそれはちょっと・・・。」
「冗談ですよ。今のところ連合王国に対して行なわねばならない工作はありません。少なくてもマクダネル家にはね。」
「それはよかった、宰相殿は本気か冗談かよく分からないですよ。」
俺とリスター王子がにやりと笑う。ドゥーマンはまだ浮かない顔をしていた。
「ドゥーマン、構わないから報告を続けて。」
「はっ!では報告します。バーゼル家からカウフマン家に出向されていた農奴達から亡命の意思が表明されました。許可があり次第こちらに転移させると、シャッテンベルク殿から報告がありました。」
「すぐに許可すると伝えてくれ。もしノイエブルクの者に見つかると彼等の立場がない。」
「分かりました。すぐに伝えてきます。ではこちらに着いたら、また報告します。」
ドゥーマンが手にしていた書類を俺の前に置くと、一礼して部屋を出て行った。その姿と俺の顔をリスター王子が面白そうに見ていた。
「そんなこともやっていたのですか?」
「自由意志による亡命者を保護しただけですよ。それほどおかしな話ではないでしょう。」
「自由意志ですか?秘書官殿の慌てぶりからすると、それだけとは思えませんね。」
なるほど人の心が見えるか、人の顔色を読まねばならない過酷な環境にいたのだろう。
「こんな時は御国では黙っていたのではないですか?」
そうは言ってみたが、まだ興味深そうにしているリスター王子にさっきドゥーマンが置いていった書類を渡した。その書類には今工作の発端から全てが記してある。つまり暗殺未遂事件から始まり、新天地の乗っ取りも含めたやばい極秘文書である。
「魔法言語で記した極秘文書ですか。私にもある程度読めますがよろしいのですか?」
「どうぞ、さきほども言いましたが他に洩らすことはないと信じています。」
「ありがとうございます。ですがそこまで私を信じられるものですか?」
「もし洩れることがあったら、私の人を見る目がなかったということ。責任を取ってここから去ります。勿論、その原因になった者は全力で処理しますが・・・。」
「なるほど、それは怖い。私も気をつけることにします。」
そうは言うものの手元の書類をめくる手は止まらない。俺が他の決済をする間も書類をめくる音は続いている。幾人かの文官が代わる代わる執務室を訪れ、一通りの仕事が終わった。休憩も兼ねて茶が運ばれてくる。俺とリスター王子がテーブルを挟んで座った。書類はまだリスター王子の手にある。
「想像以上です。計画の中身もそこに纏わる事件も、さらにこれを読むことで魔法言語の勉強になりました。お礼を申し上げます。」
「そうですか。てっきりひどいだの悪辣だの言われるかと思っていました。」
「確かにこの内容は悪辣です。全てが公表されたらローザラインもノイエブルクも大混乱になるでしょう。ですがこれぐらいならまだましです。我が国にも外に出すことのできない闇の話が溢れています。」
「なるほど、そこまで理解できているなら結構です。」
リスター王子の手が動いて書類が俺に渡される。受け取った書類はリスター王子の汗で濡れていた。
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シャッテブルクの連れてきた農奴の一族を、とりあえずローザライン迎賓館に招く。待遇の良さに不安を感じたのか誰一人椅子に座ることなく、豪華な部屋の片隅に集まっていた。こちらは俺、ドゥーマン、シャッテンベルク、そしてリスター王子、向こうは一族合わせて十数名が面会することになった。
「まずお座りください。この国では身分による差別はありません。」
長テーブルを挟んで向こう側の椅子が引かれている。長老と思われる人物が俺の前の席につくと、徐々に皆が座り始めた。全員が座ったのを確かめてからこちらも座った。
「まずは受け入れて頂いたことを感謝します。」
「いえ、人道的に当然のことです。それに如何なるものであろうと技術を持つ者を、我がローザラインでは歓迎します。」
「技術と言われましても、人に誇るような技術は持ち合わせておりません。」
「ご謙遜を。農業に関わる確かな技術、一族を束ねる統率力、更には与えられた財を管理運用してきたのでしょう。そう報告を受けていますよ。」
俺の賞賛に二番目に座る長老に似た男が誇らしげに笑みを浮かべた。並ぶ者達も程度の差こそあれ同じような表情を浮かべているが、長老の表情は少しも変わらない。
「よく調べてあるようですが、私共は百年二百年と農奴の家系にすぎません。農場の一部でも貸していただければ、一族皆の命を助けられた恩を返す為に牛馬のごとく働きましょう。」
「親父、何言ってるんだっ!せっかくこっちを買ってくれているんだ。ここは高く売るべきだろう。」
「駄目だ。恩義を忘れては牛馬に劣る。農奴であろうと人としての尊厳を忘れてはいけない。」
「だからっ!もう農奴とか奴隷とか関係ないんだよ。さっきその人が言っただろう。」
「だからこそだ、なぜそれがお前には分からんっ!」
親子であろう二人の口論は終わりそうにない。ここは止めるとしよう。
「続きはまた別の機会にして下さい。私もそれほど時間を取れるわけではありませんので。」
「これは失礼しました。ほら、お前も頭を下げよ。」
強引に横にいる男の頭を手で押さえて下げさせた。少し苦笑してこちらも頭を下げてみせる。
「ではこれからのことを相談しましょう。私どもが手配できることが幾つかあります。まず一つ目、ここザラインか農地か、メタルマの鉱山で働いて頂きます。採れた産物は全て国で引き取る代わりに国から給金が出ます。次に二つ目、新しく農地を開墾する計画に加わってもらいます。給金はでませんが切り開いた農地は、一定の税を納めることを条件にそちらの物になります。我が国でできることはこの二つです。」
「ほう、他にも道があるような言い方に聞こえます。他に妙案がありますか?」
「ご明察恐れ入ります。あまりお勧めしませんが、グランぜへの逆亡命とか、連合王国やエグザイル、他の国への再亡命という方法もあります。」
並んでいる者達がざわざわとしている。今まで選択肢を与えられたことのない者達故か。
「幾つか聞いてよろしいですか?」
「どうぞ。」
「まず最初の提案ですが、それは農奴とどう違うのでしょうか?」
「働くことに関してはほとんど代わりません。植物が相手ですから個人の都合だけで休みを得たりするはできません。ですが、仲間内で調整することで自由な時間を得ることができます。好きな物を買ったり旅行に行くのも自由です。」
「なるほど、それだけでもずいぶんな厚遇だと思います。では次の提案に関して、農地を開墾するにもいくらかの纏まった金は必要でしょう。ですが、身一つで来た我々にはその金はありません。残念ながらこの案に乗ることはできません。」
「その点はご安心下さい。必要な道具、金はこちらでお貸しできます。」
「高い利子や税で拘束されることが予想されます。我が一族の恥を晒すことになりますが、遥か昔の先祖がそのような甘い話に乗った結果、農奴に落ちたと聞いています。」
「そこまで酷い利子を取るつもりはありません。道具は無償でお貸ししますし、利子は一年で一割、それも単利で結構です。農地として使用できるようになってからは税として一割頂きます。」
「ずいぶん甘いと思いますが、それでよろしいのですか?」
「今はそれで十分です。ずっとそのままである保証はありませんが、できるだけそうあれる様に努力します。」
「素直なお方です。結構です、あなたを信じましょう。我々は新しい土地を切り開くことにします。他の地に行っても誰かが助けてくれるとは思えません。だったらあなたに賭けましょう。」
「そうですか。ではその様に手配致します。あなた方に行ってもらうのはここグランローズ海峡、今ここの開拓村を大きくしている最中です。」
テーブルの上の地図を指差して説明する。位置関係が分かっていないようなので、ノイエブルクから始めて他の全ての国、町、村など説明した。並ぶ者達は皆驚いている。
「世界はこんなに広かったのですね。私達の知っている世界はずいぶんと狭かったようです。」
「そうですね。このことを知った者は皆そう言います。ではあなた達にも姓を与えます。いつまでも姓を持たない農奴のままでは不便です。なにか希望はありますか?」
「そうは言われましても学のない我々には・・・そうだ、切り拓く者、そんな意味の言葉はありませんか?」
「そうですね・・・・・・・・・ほかの言語にパイオニアとありますが。」
「パイオニア・・・パイオニア・・・ありがとうございます。その言葉を頂いて我が一族をこれよりパイオニアと致しましょう。」
並ぶ面々が各々その言葉を口にする。これまでこの国に来た多くの物に姓をつけてきた。今までになかった姓を与えられた者達の嬉しそうな顔はいつ見ても嬉しいものだ。




