統治者の責任
連合王国の使者が来てから二週間が経った。連合王国首都に転移基準石を設置し少人数の移動が簡単に出来るようになり、文化的経済的政治的交流がさかんになった。ローザライン側は連合王国の歴史ある文化を、連合王国はローザラインの新技術を欲している。
「宰相殿、宜しいですか?」
グランローズ海峡開発が一段落ついて、ここ数日はローザラインの宰相執務室で仕事をしているのだが、前と異なることが一つある。どこにいてもリスター応じが常にそばにいる。ローザラインでも、メタルマでも、グランローズ海峡でも、はたまたグランゼに行ってもだ。
「構いませんよ。ですが、国に帰らなくても宜しいのですか?」
「ええ、問題ありません。父上にも許可は得ておりますし、いつでも戻ることができますから。」
「いつでも戻れる・・・ですか?」
簡単に戻れるとの言いように少し引っかかる。自由転移の魔法の技術はまだ公開していない。我が国の一部の者にしか使用できない為、各地に派遣してある魔法技術官に頼むしかないのである。
「いつでも戻れますよ。ローザライン、連合王国間だけですが転移の魔法は覚えました。愛しの姫の城と長き栄光の城ですか、なかなかの命名センスですね。」
「なぜ、それを?」
「技術官の詠唱を聞きました。さらにこの城の図書館の片隅で見つけた魔法学の書物を読みました。字体からすると宰相直筆の書と判断しましたが・・・。」
「なるほど、図書館の入室制限はしていませんでしたな。この短期間でそこまで解析ができているとは驚きです。どうもリスター王子の才は戦闘や政治以外にある様ですね。」
「褒めて頂けて光栄です。今まで剣であれ、魔法であれ誰かに褒めてもらったことがありませんでした。」
そう言ったリスター王子の顔は心底嬉しそうに見えた。
「ロイヤルデューティ、王子もずいぶんと苦労されたようですね。」
「お分かりになりますか。ええ、そうです。父が大王になってからついこの前まで、私に課せられた責務に押しつぶされそうでした。私に武の才は無い、人を纏めて行くだけの力がない。最近そのことがはっきりと分かりました。」
「かなりの武の才にめぐり合いましたか。」
「ええ、当代一と言っていい才です。その才の前に、私の価値観が否定されたような気になりました。さらにこの国に来て全ての価値観が破壊されました。」
リスター王子は話の内容にしてはずいぶんと楽しそうにしている。どこか吹っ切れたように見えた。
「その割にはずいぶんと楽しそうですね。」
「ええ、楽しいです。ここには得る物がたくさんあります。それら全ては無理でしょうが、できる限りのことを修めようと思っています。ご迷惑でしたか?」
「いえ、構いません。それで私の行く場所全てに顔をお出しになっているわけですね。何か気付いたことはありますか?今後の参考までにお聞きしたいですね。」
「そうですね・・・私ごときが言うのも何ですが、少し腐臭が気になります。」
「腐臭ですか?私には何も感じませんが?」
業とらしく鼻を大きく吸って臭いを嗅ぐ。
「その腐臭ではありません。人が出す優越感とか劣等感の様なものです。才のある者とない者、古参と新参、それらのものから臭う感情です。」
「なるほど、宰相である私の前では隠されて見えないことです。ありがとうございます。大変参考になりました。」
「そんな、恐縮です。」
俺が丁寧に頭を下げると手を振って謙遜している。
「謙遜しなくてもいいですよ。これからも助言してもらえる様、リスター王子にはどこにでも立ち入りできる様に取り計らいましょう。」
「ありがとうございます。ご期待に沿える様がんばります。」
リスター王子が心底嬉しそうに頭を下げる。このまま成長すれば大王になれる逸材かもしれない。そう思ったが口にはしなかった。できればこちらに取り込んでおきたい人材でもある。
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「親父、もうこんな所にいるのは嫌です。皆もそう言っております。」
「いきなりなんだ。農奴が居場所を自分で決めることなどできない。それは分かっているだろう。」
「そうだけどよ、農奴とはいえ俺達は客分としてこの荘園に招かれているはず。だけどそんな扱いは受けていない。ここに来て数ヶ月ずっと我慢してきたが、今日のことで愛想が尽きた。」
貴族の荘園の片隅にある質素な小屋で、初老の男と壮年の男が口論している。
「今日のこととは、収穫祭のことか?」
「ああ、そうだ。今までバーゼル男爵の荘園では秋の収穫の際、俺達の裁量で祭を行なってきた。ささやかだが、そんなことでも結束が固まるし、荘園の主にも感謝できるってもんだ。それが俺達一族のやり方だったはずだ。」
「そんなこと、改めてお前に説明されずとも分かっておる。だが、ここの当主カウフマン公爵のやり方とは違うのだ。仕える当主のやり方に従うのが農奴の責務だ。」
「馬鹿なことを言うなよ。出向させられているとは言え、俺達はバーゼル家の農奴であって、カウフマン家の農奴ではない。それにこの家は代々の農奴に逃げられ、助けてくれって泣きついてきたはず。元のやり方で通すのなら俺達は要らない。そうだろうがっ!?」
老人は沈痛な面持ちで話を聞いていたが、立ち上がって外の様子を確かめた。誰かに聞かれていては困る話だ。
「そうか、それでお前はどうすると言うのだ。」
「元の荘園に戻る。楽とは言えないがここよりずっとましだ。」
「ふむ、だがそれではバーゼル男爵様に迷惑がかかる。わしとしては恩義のある男爵に迷惑はかけたくない。」
「けっ!“大した役には立たぬでしょうが、農奴ならいくらでもお貸ししましょう。”そう言ったと聞いている。これが親父の受けた恩義だ。俺達を人間と思っていない、物か動物と同じと思っているに違いないんだ。」
「仕方あるまい、昔から農奴とはそういうものだ。だが、それが納得できない者はそうでない場所に行くこともできる、そんな時代になったのだな・・・よし、お前はお前と意見を同じにする者を連れて出て行くがよい。おそらく先ほどの言葉を流布させた者が手引きしてくれよう。」
座りなおした老人は静かに目を瞑った。
「ちょっと待てよ。親父はどうするつもりだ?」
「わしは残る。新しい時代に老体は必要なかろう。」
「馬鹿な、忠誠心ゆえに残ったとしても必ず殺される。俺は拉致してでも連れて行くぞ。」
「・・・・・分かった。これ以上何も言わぬ。お前の枷にはなりたくない。」
壮年の男の剣幕に老人が折れた。しばらくして明かりの消えた小屋から人が次々と出て行く。翌朝、誰も出てこないことに腹を立てた屋敷の者が小屋に訪れた時、そこには誰もいなかった。




