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混乱の始まり

「国務大臣殿、ずいぶんと機嫌が悪いようですがどうか致しましたかな?」


 執務室のデスクで座って難しい顔をしているホフマンスに、文官の一人が問いかけた。


「やらねばならぬことで山積みだ、どうすれば機嫌がよくなるか教えてもらいたいものだな。」


「それは時間が解決することでしょう。魔物が消え、さらに忌々しい若造も消えたのです。ここノイエラントも国務大臣殿も安泰ですな、はっはっはっはっはっ!」


 目の前の男を怒鳴りつけたらどんなに気分がいいだろうか、ホフマンスは一瞬そう思った。だが口から出た言葉は別の言葉だった。


「安泰か、そう願いたいものだな。しかし忌々しい若造とやらを追放したがっていたのはそなた等ではなかったかな?」


「何を言われます、最初にあの者の罪を問うたのは国務大臣殿でしょう。我々が率先して追放したわけではありませんぞ。」


「ふん、どうだかな。まあよい、それで例の件はどうなった?希望する者は現れたのか?」


「残念ながらおりません。貴重な財産を使ってまで調査に赴く者などどこにもいませんよ。」


「なるほど、溜め込んだ財産は惜しいか・・・新たな開墾地や、発見した鉱山の所有権が得られるとしても駄目か?」


「駄目でしょうな。命の危険もあります故、そんな確証の無い話に乗る者などおりません。」


「そうか、よく分かった。下がってよいぞ。」


 失望を感じたホフマンスは手を振って、目の前の文官を追い払った。


「次は流民対策だ、どうなっておる?」


「はっ、理由は分かりませんが急激に減少しております。おそらく元居た町にでも帰ったのではないでしょうか?」


 入れ替わって執務机の前に立った文官の一人が、不思議そうにホフマンスにそう告げた。


「それでは解決したことにはならぬ、どこへ向かったのか調べろ。」


「はあ、しかしどうやって?」


 ホフマンスの手によって、手元にあった不幸な書類の一枚がくしゃくしゃになった。ホフマンスの口から搾り出すような声が漏れる。


「・・・なら聞いて来い。」


「はっ?」


「ならば聞いて来いと言っているのだ、門番にでも聞けば済むことであろうがっ!」


 ホフマンスの怒号が執務室に響き渡った。部屋の内外にいたほとんどの者が一度ホフマンスの方を見た後、目を合わせないようにあさっての方向を見ていた。怒鳴られた当の本人は腰を抜かしたのか座り込んでいる。


「おいおい、出来の悪い部下を怒鳴ってはいけませんな。ほら、もう一度怒られる前に国務大臣殿の命令に従って聞いて来い。」


 からかうような口調で入ってきたサイモンが座り込んでいた文官を立たせ、執務室から出るように促した。


「ああ、そうだ。自分の足で行け。部下に行かせるなんて手抜きはするなよ。」


 ほうぼうの体で出て行く文官にサイモンが一言を付け加えた。ついでに執務室にいる他の者に視線をやって、この部屋から出て行くよう促す。しばらくして執務室はホフマンスとサイモンしかいなくなった。


「ホフマンス、廊下まで怒鳴り声が聞こえたぞ。俺じゃないんだ、少しは控えた方がいいぞ。」


「そんな嫌味を言いに来たのか?私は忙しいのだ。お前に付き合っている暇はない。」


「俺だって暇じゃない、幾つか話がある。まず一つ、新天地の調査に近衛騎士を行かせてもいい。訓練の代わりになるからな。」                                

           

「陛下の許しを得ることができるのならぜひお願いしたい。」


 ホフマンスの答えにサイモンがニヤリと笑みを浮かべた。


「サイモン、お前は行くなよ。近衛騎士隊長が城を留守にするものではない。」


「ちっ!全てお見通しか。じゃあ次の話、さっきの流民の話だが、俺の知る限り城の門から大勢が外に出た形跡はない。」 


「どういうことだ、城下街にいた流民が消えていなくなったとでも言うのか?」


「そうだ。これに関してはこちらで調査を続ける。まあさっきの文官が戻ってきて同じ話をするだろうが黙って聞いてやれ。」


「わかった、それで話は終わりか?」


「いや、これは俺の予想・・・いや、予感だな・・・。」


「なんだ、歯切れの悪い言い様だな、お前らしくも無い。予想でも予感でもいいから言え。」


 サイモンが言いづらそうにしているのを、ホフマンスが続きを促す。


「そうか、なら言うが食料の備蓄に気をつけろ。ここ一月の間、貴族の荘園から大量の食糧を買い占めている奴がいる。」


「なんだと、だがそんな大きな金が動いた話は聞いていないぞ?だいたいノイエラントに流通するゴールドにも限りはあるのだ。荘園単位の金が動けばすぐに分かるはずだ。いったいどこのどいつだ?」  


「俺に言われても分からん。俺も貴族派の部下数人から聞いただけだ。旨みのある話なら横流しを企む奴が現れないとも限らないからな。」


「分かった、備蓄は当然のことだが、市場の動向も気にかけておく。」


「そうしてくれ、それとホフマンス、お前には頼りになる部下はいないのか?最近仕事が滞っているようなんだが?」


サイモンは周りを見渡しながら言った。執務室の中には二人以外いないが以前と比べて雑然とした感じがしたのである。


「そうか、やはり分かるか。何人かいた仕事のできる人材が職を辞した。自身の荘園の運営に専念しなくてはならなくなったそうだ。こちらとしても荘園からの税収を見込んでいるから断るわけにもいかない。」


「なるほど、それで補充されてきたのがさっきの使えない貴族ばかりみたいだな。」


「そう言ってくれるな。少しずつ慣らしていくのが私の仕事だ。」


「ならもう少し忍耐強くなるのだな。もし怒鳴りつけたい奴がいたら俺が怒鳴りつけてやるから、近衛まで使いによこせ。」


「すまない、損な役回りをさせることになる。」


ホフマンスが軽くサイモンに頭を下げた。 


「気にするな、俺なら元々貴族にも文官にも嫌われている。今までより悪くなることはないさ。じゃあ、俺は俺の仕事に戻るぞ。」


 くるりと踵を返し、上げた右手を軽く振ってサイモンが大臣執務室から出て行った。


-----------------------------------

「国務大臣、よろしいか?」


 人払いをして誰もいないはずの執務室に声が響いた。


「来たか。シュミット、調査結果を見せてくれ。」


 ホフマンスはシュミットから渡された書類に目を通して驚愕していた。サイモンの言った通り貴族の荘園から消えた食糧は国家予算に匹敵するぐらいの価値があると思われた。現時点でここノイエブルクにそんな金額を動かせる貴族、商人はいない。過去にならいたがその人物は反逆の罪でもうこの世にはいない。


「例の貴族達の屋敷でずいぶんと古い時代の貴金属を見つけた。物にもよるが200~400年前の物と思われる。俺もそう詳しいわけではないからはっきりとは分からん。こんなときにあいつがいてくれれば力強いのにな。」


「止めろ、そのことは口にするな。公式には存在していない。そう言うことになったのだ。」


「ああ、そうだった、気をつけよう。結論から言うと希少価値のある古美術品と引き換えに食糧を買い集めている者がいる。使用人から聞いた話では取引に来た者の人相は同一ではない。だがおそらく出所は同じだな。」


「誰が何の目的でそんなことをしている?」


「どこか食糧の足りない所があるのだろう。新天地を目指す者か、もう辿り着いた者が当面の物資として入手したと考えるのが妥当だ。」


「なるほど、ならば納得できる。しかも違法ではないから誰かを罪に問うわけにもいかぬな。シュミット、誰が一番怪しいかな?」


「まあ勇者一行でしょう。多分魔王の城で手に入れた財宝で取引したのでしょうな。なんらかの方法でノイエブルクから大勢の人々を連れ去ったのも彼らでしょう。」


「やはりそう思うか。私も古美術品と聞いて彼らの顔が思い浮かんだ。歓迎していい話なのかは私にもわからぬ。只、これから重要になる食糧を売り払った馬鹿者共は、近いうちに困ったことになるであろうな。」


「大臣も辛辣なことを仰る。不思議でも何でもないことですが、先の見える貴族の下に取引にきた形跡はありません。わざわざ大臣の仰る馬鹿を狙って人を寄越したとしか思えませんな。」


「ではその者に私が馬鹿ではないことを証明せねばなるまい。とりあえず地方都市には食糧の増産を要請するとしよう。」                


 ホフマンスはここにいない誰かに向かってそう言った。


「このまま調査を続ければよろしいですか?」


「いや、もうよい。これ以上調べても何も出ては来ないだろう。それよりサイモンの手伝いをしてやってくれ。新天地に近衛騎士を調査させるとしても、永久に向こうにいさせるわけにはいかぬ。適当な移民希望者を募集するから情報の統制を頼む。」


「なるほど、私は新天地に明るい未来がある様に噂を流せばよろしいのですね。」


「別に噂とは限るまい、事実明るい未来があるかも知れぬ。そうするのは実際に現地に行く者次第だ。そなたはその背中を少し押してやるだけでよい。」 


「物は言い様ですな・・・・・いや仰せに従います。では私は失礼するとしましょう。」


 ホフマンスの前からシュミットが消えた。


(国務大臣としてあの者の越権行為を咎める必要があった。それは今でも間違いであったとは思わない。結果だけを見ると別の方法もあったのかもしれぬ。しかしどちらにせよ馬鹿は住み難い時代が訪れたに違いない。私は後世に秩序を壊した極悪人と言われるか、新しい秩序を作った名大臣と言われるかはこれからの働き次第だな。)


 ホフマンスは一人呟いてから、呼び鈴を鳴らす。待たされていた文官が執務室に入ってきた時には、いつも通り執務机で書類に目を通していた。 

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