空を駆ける者
目を覚ますとそこには、奇岩怪石の山。さらには生きた山羊や鹿が木に繋がれていた。状況が理解できない。寝過ぎて凝り固まった体をほぐすため、前脚を突っ張り、背中の翼を大きく広げる。伸ばした尻尾の先がどこかに引っかかった。
そうだ、闇の呪縛から解き放たれたあの後、誰にも迷惑をかけぬ様にと人間の来ない台地に寝床を見つけたのだった。あれからどれぐらいの時が経ったのだろうか?それを確かめる為に、仮の寝床から出ることにした。
ここは寝るには十分だが住むには狭い。おそらく供物であろう物が邪魔だが、捧げてくれた者の気持ちを無駄にしたくないので、壊さない様にそろりそろりと外に出た。出てから気付いたのだが人型になればすっと楽だったであろう。
「ウガッ!?」
青色の皮膚、頭部に一つ目と角を持つ二足歩行の生き物と目があった。その手にはたくさんの食物を入れたざるを持っている。いきなりの遭遇に驚いたのか、そのざるを放り投げて逃げていった。
そうか、誰もいないと思っていたが人間ではなく彼の者達が住んでいたのか。場合によってはここを出て行くことになるかもしれない。そんなことを考えていると先ほど見た青い者が、たくさんの同族を連れて戻ってきた。目の前に畏まる者達に見覚えはない。今更だが彼等の巨体に気付いた。一つ目の巨人か。
「ウガ、ウガウガウガ、ウガウガ。」
「うむ、そうか。だが心配には及ばぬ。そなた達を襲うつもりはないし、わざわざわしの為に供物を届ける必要もないぞ。」
わしの言葉に一同がほっとした表情を浮かべた。どうもわしが凶暴な魔物かもしれないと心配していたらしい。
「ウガガ、ウガウガガガ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウガ。」
「ほう、そなた達は農耕をしているのか。それで他に狩猟を主にしておる同族もいると。」
「ウガッ!ウガウガウガ、ウガガ・・・・・・・・・・・・・ウガ。」
「ふむ、その者達が凶暴なる正体を現す前に討伐しようとしていたのを、そなた達が抑えておったのか。そうか、それは済まぬことをしたな。いらぬ争いは好まぬ、そなた等が迷惑ならまた他所に向かうとしよう。」
残念ではあるがここはねぐらを他所に移すとしよう。絶海の孤島になら迷惑にならない場所もあろう。
「ウガー、ウガウガウガウガッ!」
青い顔をさらに青くした巨人達が首をぶんぶんと振る。どうやらわしがいなくなると困るらしい。さらに詳しいことを聞くと、狩猟をする者達は乱暴で農耕で暮らしているこの者達から略奪することもあった。そこにわしが現れて何をしたわけではないが、その関係が少し改善されたらしい。このまま去られると元に戻ることになるので、なんとか思いとどまって欲しい、か。
「よし、分かった。ではその者達の集落に案内せよ。わしが話をつけてやろう。」
「ウガ、ウガガ、ウガウガウガウガガ。」
「いやいや、そんな無茶はせぬよ。そなた等が争わずに生活できる様説得するだけじゃ。まあ、わしにまかせよ。」
殴り込みにでも行くと思われたのか必死で止めようにしていたが、わしの言葉で落ち着きを取り戻した。
「ウガガ、ウガウガウガ。」
高地から湖を見下ろし、反対側の岸を指差す。そこに住む場所があるらしい。飛んでいけば大した距離ではない。翼を広げて離陸するとその集落を目指した。
眼下には原始的な集落が広がる。反対側にも似たような集落がある。こちらには農耕地があるが、向こう岸にはない。風を切って空を進む。対岸の集落に降りようとしたところ、大きな石が下から飛んできた。投石か、なるほど彼等達が言ったとおり好戦的な種族のようだ。当たっても大したダメージがないのでそのまま降りる。
集落の外れに降りた時にはかなりの数の巨人に囲まれていた。彼達の手には武器が握られている。武器と言っても大きな木そのままのこん棒でしかない。一段と背の高い者がこん棒で襲い掛かってくるが、避けずにそのまま当たってやる。自慢の硬い鱗に当たったこん棒が砕け散った。
「よせよ、痛いじゃないか。」
「「「ウゴー!!!」」」
予想外の結果に巨人達が沸く。自信のあった一撃が何の効果も示さなかったことに怒ったのか素手で暴れる。これも直接的なダメージは少ないが、響く衝撃にだんだんと腹が立ってきた。ここは威風を示すために立ち上がる。前脚を地から離して、頭をもたげる。巨人の頭の位置は地上から4~5m、立ち上がったわしの頭を10m、その威風に巨人達がたじろいだ。
「ウゴー、ウゴウゴ、ウゴゴー!」
馬鹿な、ドラゴンが立ち上がるなんて見たことがないぞ、か・・・なるほど、この辺りにドラゴンが住んでいるのか。だが、わしは只のドラゴンではない。大体、わしの背にある立派な翼が見えないのか。
「我が名はドラゴンロード、炎と大地、そして光を司る竜の神であるぞ。要らぬ争いは好まぬが降りかかる火の粉は振り払わねばならなくなる。」
「ウゴー!!!」
さきほどから暴れている巨人が咆哮と共に拳を叩きつけてきた。かなりの衝撃に痛みを感じた。
「いい加減に致せ!」
軽く前脚で突き飛ばすと、その場で体を一回転させ尻尾を叩きつける。大きく吹き飛ばされた巨人が湖に落ちて、大きな水しぶきを上げた。周りにいた者達が沸き立つ。闘いの歌を歌い、武器を掲げて闘いの踊りを始めた。円陣が徐々に狭くなる。仕方が無い、ここは闘わねばならないようだ。
「ウッゴー!」
最も近くにいた者がこちらに襲い掛からんとした時、湖の方から大きな声が上がった。その声に襲い掛かろうとしていた巨人達の動きが止まる。
「ウゴゴ、ウゴゴウゴゴゴゴ。」
巨人の集団が二つに割れ、湖から上がった巨人がこちらに向かって歩いてきた。
「ウゴ、ウゴゴウゴゴウゴウゴウゴ!」
「なんじゃ、そなたがこの集落の長であったか。うむうむ、そうか、一番強いそなたに勝ったわしに従うと申すのだな。よろしい、わしは争いは好まぬ。向こう岸の者達と仲良くせよ。」
「ウゴッ!」
巨人の長の言葉と共に、全ての者達がわしに向かって拝礼した。
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湖を見下ろす山の上は気持ちがいい。少し寒いが天から注ぐ太陽の光がその寒さを和らげている。あれから巨人達は仲良くやっている。狩猟で得た食物を、農耕で得た食物と交換することになったのだ。さらに彼等は改めてわしに供物を届ける様になった。一度は断ったのだが是非にと持ってくる物を断り続けることはできなかった。まあ、わしが少し我慢すれば平和にことが進む、そう思うことにした。
ここは人間の住む場所から高い山々で隔離され、巨人の他には山に生息するドラゴンと寒き場所を住処とする精霊しかいない。誰に迷惑をかけることもなくすごせるこの場所が気に入った。しばらくはここを我が住処としよう。
時々、翼を広げ人間の町の発展を眺める。村が町になり、城になる。この間は海を行く大きな船を見た。そこには見たことのある竜の紋章があった。