旅の終わり
第三王女が鍛錬を行なう連合王国城の中庭に、サーベルタイガーの大牙が寝ている。さらにその腹を枕にして横になっているガイラがいる。サーベルタイガーを野に還すと言ってそのまま帰ってきたその日から、そこが昼間の定位置となったのだ。
「コラァッ!ガイラ。ちゃんと教えんか!」
ゆっくりとした動きの演舞の最中に、ふと目に入ったガイラと大牙の姿にアン王女が大声を上げた。その声にガイラの目がうっすらと開く。軽く動いた頭に気付いた大牙も大声の主の方を見る。
「踏み込みが弱い。」
「見てもおらんのに、適当なことを言うなあ!」
「音で分かる。まだまだ鍛錬が足りないから、体勢のブレに対応できていない。」
ガイラは大牙を枕にしたままである。その横柄な態度に周りにいる侍従達が表情を強張らせている。
「そんなこと言われてもよく分からん。本当にこんなんで強くなれるのかっ!?」
「ふう、仕方ねえな。手本を見せるからよく見てろよ。」
跳び起きたガイラが演舞を始める。さきほどアン王女がやっていた演舞と同じ演舞だ。一周は教えた時と同じくゆっくりとした動きで、二周三周と繰り返す度に動きを速くしている。最終的にアン王女が見切れない程の速さで演舞を終えた。少し荒くなった息をゆっくりと整えると、再び定位置に戻る。サーベルタイガーの毛皮は意外に柔らかくて気持ちがいい。
「むう、ガイラがすごいのは分かっておる。じゃがどうすればそうなれるのじゃ。」
「そうだな・・・ならできる範囲でいいから動きを速くしてみろ。」
「うむ、分かった。やってみる。」
アン王女はいつもと同じ構えから演舞を始めた。ガイラを真似て一周ごとに動きを早くする。その動きがいつもの三倍程度になっただろうか、手足の動きがおかしくなってきて、とても演舞とは呼べないものになってしまった。それを見ていたガイラはなんとも言えない懐かしさに笑顔を浮かべた。
「こらあ!笑うなっ。」
「いや、すまんすまん。姫さんが面白くて笑ったんじゃない。俺も昔そうだったと思っただけだ。」
「・・・?なんのことを言うておるのじゃ?」
「俺も昔は同じことを思った。こんなことをやって何になる、こんなことで強くなれるわけないってね。俺の師匠も今の俺と同じような気持ちだったんだろうな。」
ガイラが遠い目をして語った。
「ほう、ガイラにも師匠がいたのか。」
「当たり前だ。何もしなくて強い者などおらん。師匠の名前はガラ、ライガが流派の始祖の名前、そうなると姫さんはアン=ガイラ=ライガとなるかな?」
「おっ、おっ、お前は何を言うておるのじゃっ!」
アン王女が顔を真っ赤にして怒鳴った。ガイラは気付いていないが、王家の女に別の性を与えると言うことはとても大きな意味がある。
「何って、流派雷牙だとそう言う名前になる、それだけのことだ。何かおかしなことを言ったか?」
「そっ、そうか、ではわらわを正式に弟子と認めたわけじゃな。」
「ああ、それも悪くない。そう思えてきた、なあ、大牙。」
「ガウッ!」
何気なしに大牙に声をかけると、理解しているかの様な返事が返ってきた。まだ顔は赤いが、アン王女はガイラに認められた喜びに溢れていた。
「ではガイラのことは師匠と呼ばねばならぬのか?」
「いや、それは今までどおりでいい。俺も人のことは言えんしな。」
「そうか、ならこれからもよろしく頼む。で、わらわは何が悪いのじゃ。お主みたいにうまく動けんぞ。」
「動きを速くするとバランスが崩れるのは、基本ができていない証拠だな。まず遅くてもいいから動きを身体に叩き込むことだ。一応、この一連の動きの中に全てが入っている。拳や足による打撃、投げ、体当たり等の基本になる。と、昔言われたものだ。」
「分かった。ならこのまま続けるぞ。」
アン王女が再び演舞をしている。しばらくそれを見ていたガイラは、目を瞑って柔らかい毛皮の感触を楽しむことにした。
大牙を飼うことになって、ガイラは正式にアン王女付きの武官となった。これによりガイラと大牙が住むのに十分な大きさの屋敷が与えられ、城から俸給が与えられるようになった。反対する者がいなかったわけではないが、リスター王子、アン王女、騎士アーサーの連名による推挙があった為、公然と反対できる者はいなくなったのだ。
こうしてガイラは長い放浪生活を終え、連合王国はマグダネル家にその身を落ち着けることになった。




