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大牙

 馬車に引かれた特別製の檻が連合王国北、マグダネル領の荒野を移動している。乗っているのはサーベルタイガーである為、街中を走る時は黒い布を被せて中が見えない様にしていたが、今は開放している。本来はこの地方にサーベルタイガーは存在していないが、山奥なら放しても問題無いと判断したのだ。


 同行しているのはガイラとなぜかアン王女、当然の様にアーサーもついてきている。目的地に辿り着いたのか馬車が停止した。檻の錠前を開ける前に危険を避ける為、一部の者を除いて馬車の中に避難する。外に出ているのはガイラ一人しかいない。ガイラと一緒に外にいることを望んだアン王女は、アーサーに窘められて馬車の窓から外を見ている。檻の錠を開けるのは当然ガイラの仕事となり、鍵を持ったガイラが檻の前に立った。


「これでお前も自由だ。お前がその気なら今すぐ再戦するのも悪くないな。」


 ガイラがサーベルタイガーに話しかける。理解できているのかは分からないが、その言葉に耳を傾けている様に見えた。サーベルタイガーがゆっくりと檻から歩み出て、太陽の下で大きく伸びをした。


「これが最後だ。これからは自分で狩れよ。」


 ガイラは懐から小さな肉を取り出すとキラータイガーの前に置いた。その肉にサーベルタイガーが跳びついて、ガイラの顔を見ながらその肉を咀嚼している。


「もう捕まるんじゃねえぞ。お前は広い大地で自由に生きるのが一番いいんだ。」


 肉を平らげたサーベルタイガーがガイラの方を見る。


「ガウッ!」


「ガウッじゃねえよ。早く行け、いつまでもお前に構っている暇は無い。」


 サーベルタイガーは動こうとしない。その姿に苛立ったガイラが拳を振り上げて吼える。


「行けって言ってるだろう!」


 サーベルタイガーは向きを変えると一歩二歩と離れていく。そこで振り返ってガイラの方を名残惜しそうにみている。しかしガイラは背を向けて視線を合わせない。その態度にサーベルタイガーがとぼとぼと離れていき、やがてその姿は見えなくなった。


「ふん、せいせいした。さあ、俺達も帰るぞ。」


 馬車に籠もっているアン王女達にぶっきらぼうに話しかける。馬車の扉を開けて出てきたアン王女がサーベルタイガーの見えなくなった方向に手を振った。


「さようなら・・・さようならぁ・・・・。」


「なんだ、お前さん、泣いているのか?」


「わっ、わらわは泣いてなんかいない!ただ毎日餌をやっていたから少し情が移っただけじゃ。」


 服の袖で顔を擦って涙を隠す。振り向いた時には赤くなった目に涙は見えなくなった。


「そうか、さあ俺達も帰るぞ。」


 ガイラはその大きな手でアン王女の頭を軽く撫でると馬車へ乗り込んだ。馬車が動き出す。アン王女は後ろの窓から外を見つめたまま動かない。しばらくして何かに気付いた。


「おい、見よ。あそこじゃ、あのサーベルタイガーがついてきておるぞ。」


 アン王女の声に皆が窓から外を見る。その先には馬車の速度に合わせて走っているサーベルタイガーの姿が見えた。


「どうしましょうか、姫様。このままでは街までついてくるかもしれません。」


「むう、困ったのう。」


「ふん、止めてくれ。俺が追い払ってくる。」


「せっかく逃がすのじゃ、手荒な真似はいかんぞ。」


「分かっている。」


 速度の落ちた馬車からガイラが飛び降りる。サーベルタイガーに向かって立ちはだかると、拳を握って臨戦態勢に入った。そんなガイラにサーベルタイガーが駆け寄る。ガイラが牽制の為に振るった拳を軽く避けるとそのままガイラに跳び付いた。図らずも先の戦いと同じような体勢になった。


「くそっ!やる気かっ!」


 のしかかる重みにガイラが力を込めて対抗しようとする。しかしガイラの予想に反してサーベルタイガーは牙と爪を使わず、その身を擦り付けるだけ。ガイラは力の籠もっていない魔物を引っぺがすと立ち上がった。


「おい、どういうつもりだ!?」


「ガウウゥゥゥ!」


 サーベルタイガーの声に殺気はない。ガイラはその目に5年前に亡くした愛馬ライを感じた。


「もしかして俺についてくる気か?」


「ガウッ!」


 サーベルタイガーはまるでそうだと言わんばかりに縦に首を振った。


「いや、駄目だっ!俺は二度と生き物は飼わねえっ!そう決めたんだ。」


「ぐるるるるぅ。」


 ガイラの足元に寄ってきていたサーベルタイガーが、その足に自らの首筋を擦り付けている。布ごしに柔らかい毛皮の感触が伝わった。


「ガイラ、もう分かっただろう。そのサーベルタイガーはそなたを慕っておるのじゃ。」


 いつの間にか近寄っていたアン王女がガイラに話しかける。何かあっては困るのでアーサーが護衛について来ている。


「何を馬鹿なことを!こいつは魔物だぞ。そんなことはあり得ん。」


「あり得ないことはもう幾つも起きておる。そやつはそなたの許可無しにはものを食べなんだし、いまはそなたを追って走ってきた。どちらも只の魔物の所業とは思えんぞ。」


「そんなことはない。その証拠に俺がいない間、何も食べなかったわけではないだろう?」


 ガイラはその事実を信じたくないと必死で否定する。アン王女はこんなに余裕のないガイラを見るのは初めてであった。


「そうではないぞ。最初の二日は何も食べなんだ。だからわらわは説得したのじゃ。おそらくその魔物は人の言葉を理解しておるらしい。そなたが悲しむと言ったら、わらわからだけは食べる様になったのじゃ。」


「だから何だよ。人の言葉を理解できるから俺に飼えって言うのか!?」


「そう怒鳴らんでも聞こえておる。何があったかは知らぬが、その魔物もそなたを悲しませるために一緒にいたいのではなかろうに。」


「お前に何が分かるっ!俺はもう何も失いたくないんだ。」


 ガイラは叫ぶ。当人は気付いていないが涙を流している。


「そうか、だから人との付き合いも否定してきたのじゃな。じゃが、もう遅い。わらわはそなたから離れんし、その魔物もそうじゃ。そなたを失って悲しむわらわ達の気持ちが分からんそなたではなかろう。この涙がそう言っておる。」


 ガイラの顔にアン王女の袖が当てられ、流れる涙を拭き取る。足元のサーベルタイガーもガイラの顔を心配そうに見ている。その可笑しな姿に己の馬鹿さ加減が笑えてきた。


「ぐずっ!ははっ・・ははっ・・・あははははっ!こんな餓鬼と獣に慰められるとはな。情けねえ、情け無さすぎて笑えてくるわ。」


「そうか、笑えてくるか。やはりそならは傍若無人な方がいいな。泣き顔がこれほど似合わない者はおらんぞ。」


「くそっ、余計なことを言うな。分かった、わかったよ。連れて行けばいいんだろっ!」


「そうじゃ、それでいいのじゃ。おいっ!よかったのう。そなた、ガイラが付いてきていいと言っておる。」


 アン王女がサーベルタイガーに向かって話しかけると、今度はアン王女の足にその毛皮を擦り付けた。アン王女の手がサーベルタイガーの頭を撫でる。恐ろしい魔物のはずのサーベルタイガーが可愛く見えた。


「そうだ、ガイラ。一緒におるのなら名前をつけねばならん。いつまでも魔物だのサーベルタイガーでは面倒じゃ。」


「そうか・・・・・・ならお前の名前はタイガだ。」


「なんじゃと、サーベルタイガーだからタイガーでは安直過ぎないか?」


「違う、タイガーじゃない。大牙、大きな牙を意味する俺の流派の言葉だ。同名の技がある。」


「ふむ、大牙か。よし、ではそなたの名前は大牙じゃ。この大きな牙を意味する名じゃ。」


 サーベルタイガーの大きな牙をアン王女が掴もうとすると、護衛のアーサーが慌ててその手を引き止めた。その可笑しな光景にガイラが笑う。大牙もどこか可笑しそうに見つめていた。

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