虎と王女
「旦那っ!左舷100m、鳥人2、猛禽10。」
エグザイルに向かう船、見張り台から魔物の発見報告がされる。船の左舷に走ったガイラは魔物の集団に備える。船員が魔物に向けてクロスボウを撃つが、距離が遠くて目に見えた効果は無い。
「帆をたためっ!」
見張りの指令により船員が、メインマストの帆を畳む為に縄を引っ張る。万が一にも帆が破られることになると、この先の航海が大変なものになることは想像に難くない。必死な船員の様子をガイラは冷ややかな目で見ていた。
「魔物、接近します。残り50。」
ガイラは腰のベルトに付けられたポーチに手を伸ばす。そこから金属でできた飛礫を手に取ると、近寄ってくる魔物に向かって投げつけた。まっすぐに飛んだ飛礫は狙いを過たず、先頭を飛ぶ鳥人の羽に当たった。羽根でなく骨のある部分に当たり、片方の羽を使い物にならなくした。空を飛ぶ魔物は飛べなくなれば海に落ちるしかない。
「やはりつまらんな。だが・・・しっ!」
気合と共にガイラの手から飛礫が飛ぶ。さっきと同じ様に猛禽の羽を撃ち抜き、その身を海へと落とした。船員から放たれるクォレルとガイラの飛礫が魔物の数を半分に減らすと、不利を悟った鳥人によって残りの魔物達が逃げ去った。逃げていく魔物を見るガイラの目は冷たい。
「旦那、ご苦労様でした。おかげさまで追い払うことができました。」
「礼を言われる様なことはしていない。別に俺でなくてもいいだろう。」
「いえいえ、そんなことはありません。鉄拳の旦那が居てくれると安心して航海ができます。皆、そう言ってますよ。」
商人にそう言われると悪い気はしない。だが、戦うに値しない相手を倒しても余計に心が乾く。またあのサーベルタイガーと闘いたい。今度は相打ちでなく完全な勝利を味わいたい、そう思った。
「旦那?何かいいことでもあったのですか?ずいぶんと楽しそうな顔してますよ。」
「いや、なんでもない。」
「そうですか。しかし、旦那。そのポーチはどうなっているんですか?なんと言うか無限に出てきている様に見えますが・・・。」
商人の目がガイラの腰にあるポーチを見ている。幾度の戦闘をこなしても、ガイラの投げる飛礫がなくなることはない。始めはいくつかの石か何かを持っているかと思ったのだが、そうではないことに気付いた商人は興味を持つようになったのだ。
「無限ではないな。」
ガイラは一つ取り出すと海へ向かって投げる。30秒ほどしてまた新しい物を取り出した。
「魔法のアイテムですか?」
「多分、そうだろうな。無限鋲と俺は呼んでいるが、作った本人はインフィニティ・リベットと言ってたな。」
「そうですか。よろしければ1万ゴールドで買わせて頂きますがいかかでしょう?」
「断る。大事な贈り物で俺は気に入っている。いくら積まれようが売る気はない。」
「残念です。もし気が変わったら言って下さい。」
それ以上深入りすることなく商人はその場を立ち去った。彼としてもガイラを怒らせる気はない。必要な情報を得ることはできた。人が作った物なら手に入れることも不可能ではないのだ。
ガイラはもう一つのポーチから更に一つの飛礫を取り出す。右手で二つの飛礫をゴリゴリと握り合わせた。ガイラの装備は魔王と戦った時より充実している。増えたのは無限鋲と左腕の魔法反射板、武闘家のガイラが苦手とする中遠距離戦を有利にする為に考案された代物だ。敵が魔法を放つより早く、ミスリルの飛礫を投げ、撃たれた魔法は左手の篭手に仕込まれた魔法を反射する金属で跳ね返すことができる。これにより、ある意味完成されたガイラの闘法の前に敵はいなくなってしまった。ただガイラはこれらを駆使して闘う相手が欲しかった。
----------------------------------
連合王国の城では、アン王女が型稽古をしている。ガイラが旅立つ前に教えてくれたもので、動きは遅いが遅いゆえに足腰、体幹の鍛錬になるのだ。ただし、アン王女はその効果に疑問を持っていた。
「アーサー、こんなんで本当に強くなれるのか?」
「よく分かりませぬ。私どもが行なう稽古とは異なるものですので、私にはなんとも言えません。」
「ぬう、そのガイラがおらぬから続けるしかないではないか。」
「そのようです。しばらくはそのまま続けるとよろしいでしょう。」
真面目に答えは返してみたのだが、アーサーはアン王女が無理に剣を振ったり、重い鎧を身に着けようとしたりしなくなったのである意味ガイラに感謝していた。ガイラ程恵まれた体格を持っていないアン王女がこんなことで強くなれるわけないと思っているのだ。それはリスター王子も同感であった。
アン王女の一人稽古は続けられている。始めに習った正拳突きと型稽古だけを繰り返している。ガイラが城に来てから数日の間、城の中庭がアン王女の稽古場となっていた。それは城にいる誰もが知っている事実となっている。
「やはりここでしたか。アン王女様、例のサーベルタイガーですがまた何も口にしません。ガイラ殿が旅に出て二日、その間何も食べておりません。このままではガイラ殿の帰りを待たずして、餓死してしまいます。」
「なんと、それは困ったのう。わらわとしてもガイラとの約束は守ってやりたい。」
飼育係は心底困った顔をしている。彼に与えられた職務は軽いものではない。他にも数頭の魔物の面倒を見ているが、そのどれも失うことのできない大事な財産なのだ。
「よし、わらわが行く。ガイラには及ばぬがわらわも雷牙流の一員じゃ。もしかすると何かできるかもしれん。」
「姫様、おいたが過ぎます。何も姫様がやらねばならぬことではありますまい。」
「いやじゃ、わらわはガイラとの約束を守るのじゃ。」
嗜めるアーサーにアン王女が我が侭を言う。こうなったら誰の言うことも聞かない。誰もがそれを知っている。
-----------------------------------
魔獣の檻の前にアン王女が立っている。香箱を組んでいるサーベルタイガーはほんの少しだけアン王女の方を見たが、再び目を閉じてしまった。転がったままの肉の塊がむなしくそこにある。
「食べるのじゃ、ガイラが戻ってくるまであと10日はある。それまで何も食べずにおるつもりか!」
相手が言葉が通じない魔獣相手とは思えない口調で話す。話しかけられた魔獣は伏せていた顔を上げて不思議そうな顔をする。
「いいか、わらわはガイラと約束したのじゃ。お主をこの檻から出して野に放つとな。だが、その為にはお主に生きていてもらわねば叶わぬのじゃ。」
真剣に話すアン王女の顔をまじまじと魔獣が見ている。時折ガウッと相槌を打っている様に聞こえるのは間違いだろうか?ついて来ていたアーサーと飼育係はその疑問を飲み込んだ。
「のう、お主はどうしたいのじゃ?ガイラと再戦したいのか?それともガイラが共にいたいのか?前者が望みなら野に放たれてから存分に試合うがいい。じゃが、後者なら駄目じゃ。ガイラはわらわのものじゃからのう、お主は諦めよ。ああそうか、お主が死んでしもうたらそんな心配は要らぬか。」
勝ち誇ったアン王女が魔獣の前で胸を張って立ちはだかる。その姿を見ていたサーベルタイガーは軽く首を振った。香箱の姿勢からすっくと立ち上がると放置されていた肉へと歩く。なにか考えていた様ではあるが少々の躊躇の後、その肉を食べ始めた。
「おおっ、食べ始めたぞ。まさかわらわに張り合うつもりではないだろうな。もしやわらわの話が分かったのか?」
「「えっ!?」」
傍に控えていたアーサーと飼育係は思わず疑問の声を上げた。理解できると思って話しかけていたのではなかったのか?そう言いたいのを懸命に堪えた。サーベルタイガーが全て食べ終えるまで、アン王女は嬉しそうに魔獣を見ていた。




