兄と妹
リスターの話は茶の用意をしている間しばらく休憩となり、その間ガイラはアン王女の鍛錬を見ていた。さっきからそうだが、ガイラが教えたことを真面目にかつ正確に行なっている。姫様のただのお遊びとは思えない。そんなことを考えている間に茶の準備が終わっていた。
「どうぞ、我が国でも厳選されたお茶です。お口に合うといいのですが。」
リスターの勧めに従ってカップを持つ。口にした茶の味は文句のないものであった。
「うん、悪くない。味はともかくこれが俺をもてなす為に用意されたことだけは分かる。それでさっきの話の続きをしてくれないか。」
「そうですね。では話を続けましょう。試しの儀式、そう呼ばれる戦いの儀式があります。武力を誇示する為に魔物を相手にします。この魔物は予め野で捕らえておいたもので、種類や大きさである程度のランクがあります。強い魔物、より大きい方を倒した者がもっとも優れた者とされます。」
「まあ、当然だな。だがそれと俺が闘わされたのと何の関係がある。もしかして俺に大王になれとか言わないよな?」
「残念ながらガイラ殿には王位継承権がありませんので大王にはなれません。実は試しの儀式にはもう一つの顔があります。それは国に対する直訴、免責、免罪など本来許されぬことを通すための手段です。強い者を尊重する考えが進んだ結果と言えます。」
「なるほどね、近衛の誰かさんをぶっ飛ばした俺が、免罪されるための手段だったって訳だ。実に不愉快な話だな。いつ俺が許してくれを言った?」
怒気を込めたガイラの視線がリスター王子に突き刺さる。その視線を真正面から受けたリスター王子は深く頭を下げた。
「申し訳ありません。あのまま放っておくと、一部の不満を持つ者達がなりふり構わずあなたを襲うと思われました。現に私が招聘に向かった少し前にそんな者達がいたのではありませんか?」
「ああ、いたな。手ごたえのない奴等だった。あの程度なら何人来ようが相手にならん。」
ガイラの軽口にリスター王子が薄ら寒そうな顔をする。
「ガイラ殿が構わなくてもこちらが構います。5人で駄目なら10人、10人で駄目なら20人、それで駄目なら毒殺なり、焼き討ちなり何でもやるでしょう。潰された面子を取り戻すためですからね。」
「阿呆か、名誉挽回なら方法は選ぶべきだぜ?」
「尤もな意見です。ですが何をしても全て闇の中に葬るのが彼等の常套手段です。その為に市井の者に迷惑がかかることを陛下は望んでいません。」
「OK、よく分かった。まあ俺としても楽しめたからそれほど怒ってない。」
そう言ってふっと笑みを浮かべるガイラにリスターは心底ほっとした様な顔をした。
「それはよかった。サーベル「タイガーを素手で倒すガイラ殿の怒りなど買いたくありませんからね。」
「ふん、俺は虎と一緒か。」
「話が少し外れました、戻しましょう。実際の試しの儀式はガイラ殿の様に一人では行ないません。最大で4人までの出場が許されています。ただし王位を争う場合は王位継承権のある者自身が出場しなくてはいけませんし、何か要望がある場合もその者が出場しないといけません。」
「なるほど、王位を主張する各国の代表でもある近衛騎士と、実際に戦わされる騎士か、悲しいな。で、あんたはどうするつもりだ?リスター王子。」
「当然王位を継ぐべく試しの儀式に出ます。騎士の力を借りるだけでなく、私も闘うつもりです。」
「ほう、いい覚悟だ。で、そこに俺の席はあるのか?」
「ありません。ガイラ殿の力を借りて試しの儀式を達成しても何の意味もありません。今のところ、私とアーサーの二名しかいませんがいずれ必ずやります。」
「いずれね・・・で、実際のところ、それはいつまでに成さねばならない?」
「そうですね。現大王の父上が健在の内は無理に行なう必要はありません。ただ崩御の後では遅いので、私の準備ができ次第になります。ですからできるだけ早く成し遂げて父上を安心させたいと思います。」
リスター王子は本気だ。それが分かったガイラは、ふとアン王女の思いが分かった様な気がした。
「そうか・・・強くなりたい理由はそこにあったか。リスター王子、あんたの妹は三人目の席に座ろうとしている、その為になりふり構わず強くなろうとしているぞ。」
「とんでもない。試しの儀式に女が出た前例はありません。」
「前例がないね・・・そう決め事でもあるのか?」
「いえ、典範に明記されている訳ではありません。ですが父上はそれを認めないでしょう。現に武器を持たせることすら許しておりませんから。」
「くっくっくっ、なるほどなるほど、武器も持たずに強さを発揮できるかもしれないと、一縷の望みを賭けたか。面白い、実に面白いな。」
「駄目ですよ。私としてもアンを危険に晒すつもりはありません。」
「兄上、それでは危険でなければよろしいのですね?」
いつの間にかリスターの後ろに立っていたアン王女が大きな声で聞いた。
「うっ、いつから聞いておった?ならん、ならんぞ。」
「駄目です。兄上は危険だからわらわを出場させたくないと言われました。ガイラ、わらわを強くしてくだされ。そのためなら何でもいたしまする。」
「ああ、いいぜ。分の悪い賭けは嫌いじゃない。その試しの儀式とやらがいつかはしらんがそれまでは面倒を見てやる。ただし俺はそんなに優しくないし、結果強くなれなくても責任は持たない。」
「結構じゃ、わらわはそれで構わぬぞ。」
満面の笑み、それも最高の笑みをガイラに見せたアン王女は、再び鍛錬を始めた。それとは対象的に苦虫を噛み潰した様な顔をした二人がいた。
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話が終わった頃、家来であろう一人が遠慮がちにリスター王子に詰め寄った。耳元でしばらく話している。リスター王子が深刻な顔でガイラの方に向き直った。
「ガイラ殿、もしかすると貴殿との約定が果たせぬかもしれません。」
「約定?そんなものしたか?」
「例のサーベルタイガーを開放する話のことです。」
「ふん、そうか。やはり俺みたいな者の頼みは聞けないって話か。どこに行っても同じだな。」
胸糞が悪くなることを思い出したガイラが皮肉を言った。
「いいえ、違います。父上は約束は守ります。大王の名にかけてした約定は必ず守ります。」
リスター王子がむきになって否定する。
「じゃあ、どういう意味だよ。他の理由など考えられないぜ。」
「例のサーベルタイガーですが、あの日以来何も食べないそうです。詳しくはこの飼育係にお聞きください。」
「おい、何も食べないとはどういうことだ。もしかして俺が折った肋骨がひどいのか?治療はきちんとしたのだろうな!?」
「治療はできる限りしています。ですが折れた骨を繋ぐほどの治癒の魔法はありません。あとはあのサーベルタイガー自身の生命力に頼るのみですが、何も食べないのではそれも期待できません。」
「なんとかできないのか?例えば肉の種類を変えるとか、魚を食わせるとか、方法はあるだろう!」
「考えれることは全てやりました。それでも何も食べません。檻の隙間から見える試しの儀を行なった場所、ずっとその一点を見ているだけです。誰かを待っているみたいなのでここに来ました。お願いです。あのサーベルタイガーに会ってやって下さい。」
「分かった、会おう。馬鹿馬鹿しいとも思うが、そんなに必死に頼まれたら断ることもできないな。」
「ありがとう、ありがとうございます。」
飼育係が何度も何度も頭を下げる。しばらくして落ち着いてからガイラ、リスター王子、騎士アーサー、そして興味を持ったアン王女が魔物の檻へ行くことになった。