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懐柔

 ガイラは困っていた。今までの如何なる困難、毒、死、死闘ですら現状に較べれば容易いものに感じられた。


「ガイラ、ガイラ、これはどうじゃ?いくらお主でも無理じゃろう。」


 連合王国はマグダネル家の第三王女アンが人の頭程の大きさの岩を持ってきた。先ほどから木の板、鉄の鎧、鉄の盾の試し割りをさせられていた。本来ならこんな要求を飲むガイラではない。人を見世物にしようとする者には鉄拳で応えるのが常である。だが、目の前にいるのが少女であることと、一切の偏見もなく本当に感心している姿に断れずにいた。


「素手でないと駄目か?」


「なんと、武器も扱えるのか!?いいぞ、どんな方法を使っても壊せればいい。できるのか?」


「まあ、できないこともない。」


 ガイラは生来負けず嫌いである。不可能と言われるとむきになる。大人気ないとは思ったが、右手を竜闘着のポケットに突っ込んでミスリルナックルを握った。土の上に置かれた岩塊の前に立ち、腰を落とした構えを取る。大きく息を吸った次の瞬間、一気に拳を振り下ろした。砕かれた岩塊にアン王女、リスター王子、騎士アーサーが驚いている。


「おお、すごい、すごいのう。見たか、アーサー、そちにもできるか?」


「申し訳ありません、姫様。小官はそこまでの技は極めておりません。おそらく剣が折れることになると思われます。」


「ふむ、そうか、実に残念じゃ。当家最強のそなたがそう言うのか・・・う~む。」


「殿下、小官が最強と言われるのはおこがましくあります。」


 首を捻って何か考えているアン王女にアーサーが断りを入れた。最強の言葉を口にした時、ちらっとリスターの方を見たのにガイラは気付いた。


「アーサー、多分あんたの腕ならできるぞ。まあ、この国の武器では無理だろうがな。」


「ほう、ガイラ殿は戦ったことのないアーサーの腕が分かると言われるか。それと我が国の武具が劣るがごとき発言、なにか心当たりがあると見える。」


 ガイラの言葉に反応したリスターが口を挟む。その口調は尋問するかの様だ。


「まあな、足運びや立ち振る舞いでなんとなく強さが分かる。リスター王子も並んでいたぼんくらに較べたらずっとできそうだ。」


「それは褒められたと思えばよろしいか?自分より強い相手に言われるとどう思えばよいか分からぬ。」


「まあ、そんなところだ。俺の気合に耐えられなかった奴等は鍛えなおした方がいいな。いざ闘いとなったら逃げ出すやもしれんぞ。」


「これは手厳しいことを言われる。だが、ここはありがたい忠告を頂いたと思っておこう。」


 リスター王子が生真面目な顔のままガイラに一礼した。ガイラは堅苦しいが素直な王子に好感を抱いた。


「忠告ついでだ。ノイエブルクの一文字工房、メタルマのリヒャルト金属、この二つのどちらかに武具を頼むといい。値は張るが今よりずっとましな武具が手に入るぞ。」


「ノイエブルクの一文字工房、メタルマのリヒャルト金属ですか、記憶に留めておきましょう。では先ほどのもそのどちらかの製品ですか、見せてはいただけませんか?」


 先ほどミスリルナックルは岩を砕いてすぐにポケットに隠した。なんとなくそうしたのだが、話の流れで披露することになったガイラは、ポケットから取り出してリスター王子に渡した。握らされたリスターの手をアン王女とアーサーが覗き込む。見たことのない光沢に三人が唸っている。


「これは鉄ではないな。もしやミスリルですか?」


「ああ、そうだよ。一文字と俺のそう多くはない友人に作ってもらった自慢の一品だ。無くすと悪いからそうそうに返してくれ。」


「確かに、これほどの品だ、そなたの言い分も分かる・・・・・・・・・うむ、いい物を見せてもらった。感謝する。」


 しばらく撫で回していたリスターが感謝の言葉とともに、ミスリルナックルをガイラに返した。受け取ったガイラは再びポケットに片付けた。


「ぬう、兄上ばかりずるうございます。ガイラ、わらわにも触らせて下され。」


 頬を膨らませたアン王女がガイラに向かって手を差し出す。また困った顔をしたガイラはしぶしぶミスリルナックルをその手に乗せた。


「・・・・・むう、鉄とどう違うのか分からぬ。アーサー、どっちが硬いのじゃ?」


「姫様、ミスリルは鉄よりずっと硬いと聞きます。また、その硬さ故加工が不可能とされています。」


「なんと、ではどうやって作ったのじゃ?おそらくこの形はガイラの手にぴったりと合うのであろう。」


「ああ、そうだ。俺の手に合わせて作ってある。悪いが詳しい作り方までは知らない、たとえ知っていても教えない。友を裏切りたくないからな。」


 遠いどこかを見ながらガイラが話す。その表情を見たリスターがアン王女を咎めた。


「もうよかろう、アン。それをガイラ殿にお返ししなさい。大事な友人からの頂き物ぞ。」


「はい、兄上。ガイラ、大事な品を見せて頂き感謝いたす。」


 アン王女の手から直々に受け取ったガイラは、ふっと笑みを浮かべると大事そうにポケットに片付けた。


「では、今日は帰る。多分宿屋の親父が待っているからな。」


「本日は無理難題を聞いて頂き、真にありがとうございました。父に代わって御礼申し上げます。またのお越しをお待ちしております。」


 リスターが王子とは思えないぐらい低く頭を下げた。すぐ後ろにいるアーサーも同じである。


「ガイラ、また来るのじゃ。わらわが待っておるぞ!」


 立ち去ろうとするガイラに向かってアン王女の手が振られている。背中を向けたガイラは右手を挙げると軽く左右に振った。


 -------------------------


「それで、そなたの見たあの者はどうであった?」


「裏表の無い男かと。さらに比類ない武勇と実直な性格、逃すには惜しい人材かと存じます。」


「ふむ、そうか。ノイエラントを開放したローザラインの若き英雄王、それと共に旅をしていたもう一人の勇者か。まさか我が国に流れていたとは、奇縁であるのう。」


「御意にございます。」


 締め切った自室で座っているウィルフレッド5世に、立ったままのリスター王子が応えた。親子とは思えない緊張感が漂っている。


「他には何か情報は得られたか?」


「ノイエブルクとメタルマで上質な武具が手に入ると聞きました。その証拠にミスリルの武器を拝見させてもらいましてございます。」


「なんと、あの加工不可能と言われるミスリルか。その話だけでもその両国と付き合う価値があるな。まさか暗黒大陸の向こうにそのような国があったとは実に驚きだ。引き続き情報を引き出せ。だが無理強いはいかんぞ。」


「承知しております。うまい具合にアンナが興味を示しました、このままでよろしいでしょうか?」


「ふむ、場合によってはあの娘を差し出しても良い、まあ互いの気持ち次第ではあるがな。おそらく無理に差し出すと機嫌を損ねることになろう。気をつけることだ。」


「御意。ですがアンナは13、あの者は30にはなってはいないでしょうが20台後半、おそらく近衛騎士を輩出している貴族からの反対が激しいと思われます、ご配慮くださいませ。」


「お前に言われるまでもない。元々おてんばだの破天荒だの噂がある娘だ、うまく利用させてもらう。」


「なるほど、悪い噂にも使い道があるのですか。勉強になります。」


「噂によいも悪いもない、どう利用できるかだ。お前も大王になるつもりなら理解しておけ。まあ、その前に試しの儀式を達成せねばならぬか。」


「御意。ではガイラ殿の話を確かめる為に質の良い武具を手に入れます。それをもって試しの儀に挑みましょう。」


「ふむ、それでよい。ではその時を楽しみに待つとしようか。下がってよいぞ。」


「では失礼致します。」


 退室する王子の背を見る王は何か面白い物を見つけた様な目をしていた。

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