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褒美

 改めて入った謁見の間では、ガイラを見る近衛騎士の目が敵意と恐怖を宿していた。また近衛ではない騎士達は尊敬の眼差しを、王の横に座る女は目をキラキラさせて見ていた。その若い女が興味深く見ているのは終始一貫している。ガイラはその視線に何か嫌な予感がした。


「陛下、再度、鉄拳ガイラ殿をお連れ致しました。」


「うむ、ご苦労であった。そなたらは列に戻るがよい。」


「御意。」


 リスターとアーサーはガイラのそばを離れ、近衛騎士と騎士の列に割って入る。さっきは気付かなかったがリスターの戻った位置は近衛騎士の一団の一つ、筆頭の位置だった。


「さて、鉄拳ガイラよ、そなたの武勇、確かに見せてもらった。今まであの魔獣を倒した者がいなかったわけではないが、それは数人がかりのこと。単身撃ち破ったのはそなたが初めてじゃ、実に見事としか言いようがない。その武勇に応え褒美を与えたい。何か望む物はあるか?」


「ふ~ん、褒美ねえ。特に無いな、俺の望みはさっき叶った。むしろこっちから礼を言いたいぐらいだ。」


 後半の言葉はガイラの独り言で聞こえた者は少ない。


「んなっ、陛下の仰せを要らぬとは無礼にもほどがある。」


 ヒステリックなその声が響いた謁見の間に白けた空気が流れた。声を発した近衛騎士に視線が集まるとばつが悪そうに目を伏せた。


「ふむ、要らぬと申すか。要らぬ物を押し付けるわけにはいかぬな。一つ聞きたい、先ほど望みが叶ったと聞こえたが、いったいどう言う意味だ。」


「なんだ、聞こえていたのか。何、大したことじゃない、生死を左右するほどの相手との死闘、さらに勝つことができればそれ以上の喜びはない。たとえ負けたとしても・・・・いや止めておこう。人に話すことじゃないな。」


 ガイラが言葉にしなかったのは強者に負けて屍を野にさらす、それも望みの一つだった。思うように体が動かなくなって死ぬことなど耐えられない。そうなる前に闘いに倒れたいと常々思っていたのだ。


「そうか、余の与えた試練はそなたにとっては褒美でしかなかったと言うわけか。なるほど、あれ以上の褒美を与えることはできそうにない・・・か。」


 ウィルフレッド5世はそう言ってニヤリと笑う。その笑みにガイラも笑みで返した。


「しかし何もやらぬでは余の気持ちが済まぬ。そなた次第ではあるが騎士の身分をやることも、城下の一等地に屋敷を構えさせてやることもできよう。本当に何の望みもないのか?」


 正直なところ堅苦しい身分など要らないし、屋敷などもらっても何時までここにいるか自分でも分からない。金に困っているわけでもないし、余計な金など邪魔にしかならない。どうしたものかと考えていると、また不快な声が聞こえた。


「陛下、試しの儀式を達成したとは言え、このような得体の知れぬ者を騎士になど戯れが過ぎます。十分な金子を与えればそれでよいではありませんか。」


「ほう、その試しの儀を達成できたことのないそなたがそれを言うか。ヒックス卿、そなたは何を恐れておる?」


「なっ、何を言われますか。私が心配しているのは陛下の御身のことでありまする。他意はございません。」


「ふむ、それこそ余計なことだ。その者は強い者との闘いを望んでおる。残念ながら余は先ほどの虎より強くはない。ならば余がその者に害されるなどありはせぬ。そうであるな、鉄拳ガイラよ。」


 自分の部下には辛辣な言葉を投げつけたウィルフレッド5世は、ガイラに向き直って質問した。


「まあそうだな。あんたをやっても何も得しない。いや、その後に訪れる混乱の方が迷惑だな。」


「ほう、そなた等の言う得体の知れぬ無頼の者の言うことの方が的を得ておる。どうもこの国にも新しい風を取り入れる必要があるな。ノイエブルクか、ローザラインか、いずこの風であったか?」


「ノイエブルクの勇者、友にサバイバルの達人とも称されたが一切を捨ててきた。今は一介の武人に過ぎない。」


「そうか、全てを捨ててきたか。ならば余が拾おう、余はそなたのような勇者を尊重する。いつでも余を訪ねてくるがよい。何時来ようと何時去ろうと拒みはせぬ。」


 ウィルフレッド5世がガイラを見る目は暖かい。それはガイラが数年前に捨ててきた暖かさによく似ていて、ガイラを躊躇わせた。


「まっ、まあそこまで言うなら・・・ああ、そうだ。俺と闘ったあの虎はどうしている?まさか殺したりしていないよな。」


「心配は要らぬ。今治療をさせておる。少々時間はかかるようだがまた戦える様になるであろう。」


「そうか、それはよかった。さっきの褒美の話だが一つ頼みができた。」


「ほう、何か思いついたか。言ってみよ。」


「あいつを解放してやってくれ。檻の中で見世物になっているのでは不憫だ。」


 その答えはこの場にいる誰にも予想外であった。お決まりの人物の口から文句が飛び出す。


「馬鹿な、せっかく捕らえた魔物を解き放つなどありえぬ。」


「黙れ、余は何でも褒美をやると言った。ならば馬鹿な申し出ではない。鉄拳ガイラよ、そなたも檻の中は嫌なようだな。よろしい、では怪我が治り次第、野に放とう。それでよいか?」


「ああ、それで構わない。え~と、こう言う時はありがたき幸せとでも言えばいいのか?」


「好きにせよ。一人ぐらい自由な者がいてもよいではないか。そうだな、リスター。」


 突然、近衛の席に立つリスターに話題を振られた。動揺したリスターは少しの間の後に返事をする。


「御意にございます、父上。」


「ふむ、相変わらずそなたは堅い。少しは鉄拳の野放図なところを見習うが良い。」


「御意。」

 

 やはりリスターの返事は短く堅い。ウィルフレッド5世は思わず天を仰いだ。


「父さま、父さま、わらわにも話させて下され。」


 始めからずっと興味深そうにガイラを見ていた若い女が、ここぞと言わんばかりに割り込んできた。年は15歳にもなっていないだろうか?色気はないが躍動感に満ちたその表情に何か感じるものがあった。

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