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人と虎

 ガイラは闘いに臨んで歓喜に震えていた。檻からのっそりと出てきたサーベルタイガーは先ほどの挑発のせいか、明らかにガイラだけを敵視していた。一人と一匹の視線が絡み合う。


 一歩も動かないガイラを中心にサーベルタイガーがゆっくりと回る。互いに間合いを計っているのだ。会場が緊張に包まれ、静まり返る。隣の人間の呼吸音さえ聞こえるようだ。サーベルタイガーが歩くリズムを変えて一旦距離を取る。次の瞬間、その巨体がガイラに向かって跳んだ。


「おおっ!」


 飛び込んだサーベルタイガーの二本の前脚を、ガイラの両手が爪を避けて握って止める。その光景に会場が湧いた。


「ぐっ、ぐああああっ!」


 後ろ足だけで立ち上がり圧し掛かるサーベルタイガーの圧力にガイラは必死で耐えていた。体長は倍、体重で4倍は違う相手との力比べは、明らかにガイラに分が悪い。徐々に近づいてきたサーベルタイガーの牙がガイラの頭を襲う。


「ふんっ!」


 迫る牙に怯むことなく、ガイラの頭がサーベルタイガーの頭に叩きつけられた。鮮血が飛び散る。サーベルタイガーからの圧力が緩んだ隙に、握っていた手を離してガイラは跳び下がった。牙に当たったのかガイラの頭から血が垂れる。その血を拭った手を自らの口に運び、それを味わった。ニヤリと笑ったその顔の凄惨さに会場が引いている。


 一旦仕切り直しとなった闘いは、今度はガイラから仕掛けることで再開された。一足跳びに間合いを詰めたガイラは、サーベルタイガーの顎に右拳を突き上げる。首を捻ってその攻撃を受け流したサーベルタイガーの片方の牙を左手で握り、右の拳で折ろうとしたガイラは直前でその手を止めた。その一瞬の隙にサーベルタイガーの前脚がガイラの居る場所に振られる。ガイラは虎の頭を踏み台にしてそのままサーベルタイガーの後ろに跳び去った。


 ざわっ・・・ざわざわ。会場がざわめく。


「今の惜しかったな。もう少しで牙を折れるところだったのに。」


「いや、今のはサーベルタイガーがうまくやった。折られるのを阻止したんだ。」


 勝手な憶測が観客の間を飛び交う。その声はガイラの耳に届いていた。


(勝手なことを。折れなかったんじゃない、折らなかったんだ。なあ、こんなことでこの闘いを終わらせたくないよな。まだ俺達は死力を尽くしていない、そうだろっ!)


 ガイラは目の前にいる魔物に心の中で話しかける。言葉は通じないが、拳で語りあっているつもりだった。再び視線が交差した。


 跳び出したのはほとんど同時、直線的に距離を詰めたサーベルタイガーと違い、ガイラは斜め右前に飛んでいる。さらに地面を一蹴りしてがら空きのサーベルタイガーの横っ腹に渾身の一撃、めり込んだ膝に確かな手ごたえがあった。サーベルタイガーがその勢いで横に倒れる。追い討ちをかけるべく飛び掛ったガイラは、飛び起きたサーベルタイガーに逆に跳ね飛ばされることになった。


「ぐうぅぅぅぅぅ・・・・・・・・・はあああっ」


 背中から落ちたガイラは呼吸困難に陥っていた。苦痛に耐え強引に息を吸い込む。肺が膨らんで空気が取り込まれた。


「ガアッ!グルルルルルルルッ!」


 無防備に倒れているガイラにサーベルタイガーが跳びかかる。なんとか反応したガイラは左手でサーベルタイガーの右前脚を、右手で喉を掴んだ。マウントポジション、圧し掛かる圧力は先ほどの比ではない。ガイラの筋肉が悲鳴を上げる。見ている者はガイラがこのまま噛み殺されると予想した。


 ガイラは右手に力を込め、サーベルタイガーの喉を握りつぶさんとしている。それを阻止するべくキラータイガーの爪がガイラの右腕を竜闘着ごと切り裂く。ガイラは流れ出る血に一切構わず、さらに力を込める。魔物と人間の力の均衡に観客が息を飲む。


「であっ!」


 ガイラの右脚がサーベルタイガーのわき腹に叩きつけられた。そこはさっき膝を入れた箇所、骨が折れる嫌な音がして、魔物からかかっている圧力が明らかに下がった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 喉にかけた右手はそのままにガイラは渾身の力を込めて立ち上がった。微妙な力加減でサーベルタイガーを右に倒すとそのまま首に膝を落とす。絞めていたこととの相乗効果でサーベルタイガーの動きが止まった。勝ちを確信したガイラは右拳を突き上げる。ガイラは満面の笑みを浮かべ、そのままサーベルタイガーの胸に倒れた。死闘で疲れた体に柔らかい毛皮が気持ちいい。その感触を最後に意識が途絶えた。


「なんとも壮絶な男だな。そこまでだ、これ以上は不要である。」


「御意!」


 双方の動きが完全に止まったのを見届けたウィルフレッド5世は、試しの儀式の終わりを告げた。武器を構えていた騎士達が恐る恐る近寄る。動かないサーベルタイガーに安心したのか、倒れているガイラを二人がかりで起こし安全な場所に移す。ローブを着た者が近寄ってガイラの傷を治した。


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「はっ・・・ここは!?」


 目を覚ましたガイラはここが何処なのか周りを見渡す。リスターと一人の騎士がガイラを見ていた。


「おお、気付いたか。無事でよかった。」


「ああ、そうか、俺は負けたのか。」


「貴公、覚えてないのか?貴公はサーベルタイガーの動きを止めてから気を失った、貴公の勝ちだ。」


 そう語る騎士の顔にガイラは覚えがあった。たしか試しの儀式が始まる前に忠告してくれた騎士だ。


「ふう、残念ながら覚えてない。あんたの顔はおぼえているがな。」


「そうですか、少官はアーサー=ベックフォード、連合王国はマグダネルに使える騎士です。貴公の世話役を仰せつかりました。以後よろしく頼みます。」


 アーサーを名乗った騎士がガイラに向かって手を差し出す。起き上がったガイラがその手を握ると、緊張していた顔が緩んだ。


「よろしくな、アーサー。俺のことも貴公ではなくガイラと呼んでくれ。でないとベックフォード殿と呼ばねばならん。」


「承知した。ではガイラ、こちらこそよろしく頼む。」


「おう、あんたは昨日の連中と違って手ごたえがありそうだ。いずれお手合わせ願いたいな。」


「いずれ機会があったら、お相手しましょう。」


 ガイラが嬉しそうに話すとそれにアーサーが答えた。ガイラの表情が城にやってきた時とはまるで違う、横で見ていたリスターは思ったが口から出たのは別の言葉だった。


「ベックフォード、私闘は禁止されております、ご注意を。」


「はっ、そうでした。申し訳ありません。」


 慌てて畏まったアーサーがチスターに向かって頭を下げた。この一連の流れからアーサーよりリスターの方が位が上だと分かった。


「ちぇっ、そう固いこと言うなよな。昨日と今日、俺にぶっ飛ばされた奴がいるんだぜ。」


「その者達は勝手に私闘を行なった為、謹慎させています。近衛騎士にあるまじき行為が立証された場合は謹慎では済まないでしょう。ガイラ殿にはその証言をお願いしたいと思います。」


「ふ~ん、まあ構わんが、騎士と近衛騎士は違うものなのか?」


「ガイラ、少官の様に飾りの無い鎧を着ているのが騎士で、華美な鎧を着ておられるのが近衛騎士です。」


 ガイラの素朴な質問にアーサーが姿勢を正して説明する。近衛騎士の話をする時にした険しい顔に、ガイラは何か不快なものを感じた。


「ベックフォード殿、詳しい話はまたに致しましょう。ではガイラ殿、陛下がお待ちですので、もう一度謁見の間へとご足労下さい。まだ試しの儀の褒美が与えられていません。」


「別に褒美が欲しくてやったんじゃねえ・・・ああ、分かったよ。行けばいいんだろ。」


 軽口を叩くガイラをリスターが睨みつけると、諦めたようにガイラがリスターの要求を飲んだ。リスターを先頭にガイラ、アーサーと続く。ガイラは再び連合王国の城の謁見の間へと入ることになった。

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