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大王の招致

 ガイラは連合王国首都の繁華街の外れにある宿屋を定宿にしていた。正確を期すると宿代を払っていないので定宿とは言わないのかもしれない。この宿屋は斡旋業をしている為、凄腕の冒険者でもあるガイラを囲っておいた方が得だと判断したのだ。


 その宿屋の酒場のテーブル上に幾本もの酒瓶が転がっている。昨晩いつもより不機嫌な顔で帰ってきたガイラが夜通しで飲んだ結果だ。この席にガイラが座って酒を飲んでいる時は誰も近づかない、酒瓶は勝手に片付けてはいけない。この二つはこの宿屋の暗黙の了解とされていた。


 そのテーブルの主が数時間の休息の後に戻ってきた。不機嫌なのは相変わらずで転がっている酒瓶を振って酒が残っていないか確認し始めた。その姿にため息をついた店主が大きなグラスに水を入れて持っていく。


「鉄拳、もうその辺にしておけよ。何があったか知らないけど身体に毒だぞ。それだけ飲んで酔わないとはあんたどうなってるんだ?」


「ふん、余計なお世話だ。・・・まあ幾ら飲んでも酔えないんじゃ、これでも変わらんか。」


 ガイラはそう言って差し出された水を一気に飲み干した。ガイラも自分で分かっていた。酒を飲んでも酔えないのは心が餓えているからだ。その心の餓えを癒すことが出来るのは闘いしかない。それも極上の相手との闘いしかない。残念ながらそんな相手はここ5年の間、会うことはできずにいた。


「今食える物を持ってくる。突っ立っていないで座って待っていろよ。」


「分かった、ならこの上を片付けてくれ。なにか食うには散らかりすぎている。」


 勝手な言い草ではあるが店主が快く引き受け、テーブルの上を片付けさせた。それが終わったとほぼ同時に食事が運ばれてきた。ガイラが落ち着いて食事を始めたせいか、他の客も落ち着いて食事を取ることができるようになった。


 しかしそんな平穏は長くは続かなかった。ガイラの食事が終わる頃、外から扉が乱暴に開いて数人の騎士が入ってきたのだ。酒場の中を見回すとガイラの席まで真っ直ぐに歩いてきた。


「おい、そこのお前!昨日、クルサード男爵に狼藉を働いたのは貴様で間違いないかっ!」


「さあな、その何とか言う男爵の名は記憶にない。」


「ふざけるな!貴様の記憶など関係ない。貴様が狼藉を働いたことは明白なのだ。黙ってついて来ればそれでよし、そうでないなら力尽くでも連れて行く。」


「ならば力尽くを選ぶんだな!」


 いきなり立ち上がったガイラは偉そうに話していた騎士の胸倉を掴んだ。掴まれた騎士がその手を外そうと抵抗する。次の瞬間、その騎士の身体が入口の扉へと吹っ飛んだ。


「ああ、済まない、また扉を破壊してしまった。代わりと言ってはなんだが、次の依頼は条件無しで引き受けてやる。」


 騎士が入ってきたあたりから顔色が青くなっていた店主に向かって、悪びれずにガイラが軽口を飛ばした。その余裕に激怒した他の騎士達が一斉に剣を抜く。これから起きるであろう争いに、店の中にいた者達が巻き込まれては堪らないと隅へと身を寄せた。


「貴様、抵抗するかっ!」


「勘違いするなよ。俺が抵抗するんじゃない、お前達が抵抗するんだ。少しは楽しませてくれよ。」


 馬鹿にした様な口調で騎士達を挑発すると、身近な騎士の剣の間合いの内側に飛び込んだ。剣を持つ手の甲を打たれた騎士が剣を取り落とし、続けて腹を打たれて蹲った。しかしガイラを除く者には何が起きたか分からない。


「こいつ、強いぞ。どうする?」


 残った三人の騎士の内の一人が動揺している。無意味な質問を口にした。


「なんだ、そんなことも分からないのか。もういい、興味が失せた。自分の足で帰れるうちに俺の前から消えろ。」


 ガイラは騎士達を無視して元通り椅子に座り、これ見よがしに食事を再開した。立っていた騎士達は罰が悪そうな顔のまま倒れている二人の騎士を引きずって、店の外へと姿を消した。


「おいおい、鉄拳、あんた何やったんだ?いやそんなこと言っている場合じゃない。今のはまずい、次は大挙して来るぞ。いくらあんたが強くても魔法には敵わないだろう?」


「そうか。それは楽しみだ。」


 そう言うガイラの顔には歓喜の表情が浮かんでいた。一通り食事を終えたガイラはそのまま二階の自室へと消えた。話しかける者はいない。


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 しばらくして降りてきたガイラは、黒く染めた独特の武闘着を着、左手に同じく黒く染めた革の篭手、ただしこの篭手には金色に輝く金属が貼り付けてある物を装備していた。右手をポケットに突っ込んだまま破壊されたままの扉を睨んで立っている。誰がどう見ても臨戦態勢のガイラに宿屋の主人が蒼白になった顔で話しかけた。


「どうするつもりだ。まさか本気じゃないだろうな?」


「俺はいつも本気だ。いけ好かねえ奴等に従うつもりはない。」


「鉄拳、勘弁してくれよ。俺の店が無くなっちまう。」


「それは困るな。だったら相手に頼むことだな。武器を構えてくるならこれで相手をする。丁寧に話しかけて来るなら考えないこともない。」


 それを聞いた店主は慌てて壊れた扉から外へと出て行った。ガイラはそのまま仁王立ちのまま誰かやって来るのを待つ。今ここにはガイラしかいない。とばっちりに巻き込まれることを恐れ、誰もがここを去った後だった。


 10分は待っただろうか?戻ってきた店主は一人の男を連れてきていた。城に勤める文官の衣服を纏う品のいい男だ。


「なあ、鉄拳、この方があんたに用があるってよ。話だけでも聞いてやってくれないか?」


 ガイラがその哀願に黙って頷くと、その男がガイラの前に静かに立った。


「私は連合王国の大王に使えるリスターと申します。陛下が貴殿に興味を持たれました。話を伺いたいとのことですのでご同行頂けますか?」


「お断りだ。俺は上品に話す言葉を持っていない。」


「おい、何言ってんだ。陛下のお誘いを断るとは何を考えているんだよ?」


「どいつもこいつも・・・いいか、権力を振りかざせば誰もがほいほいついて来ると思ったら大間違いだ。なんで俺が顔も知らない奴の命令を聞かねばならん。俺の話が聞きたければ自分の足で来い。」


 苛立ちを隠さずガイラが目の前の男に文句を叩きつけた。その言葉に宿の店主があっと声を上げた。何かを思いついたのかリスターなる男の袖を引っ張って一旦外に出ていく。しばらくすると上機嫌な店主が改めてリスターを連れて戻ってきた。


「鉄拳、これは正式な依頼だ。依頼主はこのリスター殿、依頼内容は同行して大王様に会うことだ。次の依頼は条件無しで引き受ける、さっきそう言ったよな。」


 人の悪い笑顔を浮かべた店主が一気にまくし立てた。ガイラの不機嫌そうな顔が緩み、今日初めての笑顔を見せた。


「参った、俺の負けだな。その依頼引き受けよう。」


 ガイラが大きな拳を前に突き出すと、店主も同じく拳を差し出す。軽く打ち合わせた二人は満面の笑みを浮かべ、依頼主に振り向いた。

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