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鉄拳の憂鬱

「くそっ、面白くねえ。なんかスカッとすることでもねえかっ!」


 ガイラ=ガラ=ライガは連合王国の首都の街中を不機嫌な顔で歩いている。この国に来て約五年、特に目的もなく溜まった鬱憤を吐き出すところもなく、日々を悶々と過ごしていた。


 五年前アレフ達の建国を見届けたガイラは、ケルテンに頼んで他の国へ向かう船に乗せてもらった。当然の様に慰留されたのだが、誰の言葉も心に届くことなく自分だけの旅路に出た。愛する女の為に国を作る、その補佐をする、どれも尊敬できることではあったが、自分の求めるものとは違うと思った。


 ノイエラントでま王を倒す為の冒険は楽しかった。幾度も死線を越え、ついに目的を達成した時は感慨深かった。だが平和の中で漫然と生きることに、耐えられなくなるのはあまりに早かった。あの陶酔、緊迫、高揚、恍惚、興奮、緊張、歓喜が強烈であった為、金、女、酒などの日常にある如何なる快楽でも代用することは不可能であった。


「あっ、鉄拳の旦那、来週の航海はお願いしますよ。旦那がいないと安心して海に出れませんや。」


「ん?ああ、覚えておく。」


 ガイラに気付いた商人から声がかかるが、やる気のない返事に軽く頭を下げて何処かへと去ってしまった。ガイラの記憶にはなかったが護衛をした商人の一人だろう。ここ連合王国では名が売れ、商隊の護衛なら一日100G以上、魔物の退治や決闘の代理人なら最低でも1000Gの報酬を得ることが出来る様になっていた。これはガイラが提示した金額ではない。いつの間にか技量が認められ、自ずとそうなってしまった金額だ。


「邪魔だ!どこを見て歩いている?」


 ふらふらと道の真ん中を歩いているガイラに傲慢な声がかけられた。豪華な金属鎧に紋章入りの剣、おそらく城の騎士の一団が、横に広がった隊列のまま馬の上からガイラを見下ろしている。声をかけたのはその内の誰かであることは間違いなかった。


「すまんな、考え事をしてた。」


「ふん、始めから端を歩け。跳ね飛ばされたいか!」


 その騎士達は相手にするまでもなく、五人全員を纏めても自分より強いとは思えなかったのだ。どこに行っても騎士とか貴族は変わらない。興味を失ったガイラはあっさりと道を譲る。騎士の一団が通り過ぎていくのをなんとなく見送り、興味を失って彼等に背を向けて歩き出した。


 ヒヒーンッ!


 ガイラの背の方向で馬の嘶く声が聞こえた。


「ばばあ、何をするか!我等が行く先を遮るとは許せぬ。そこになおれ!」


 尊大で猛々しい声とともに、抜剣する音。ガイラの目が一瞬にして輝き、後ろに振り向いた。そこには果物が散らばり、老婆が倒れこんでいる。その前で馬上の騎士が剣を突きつけていた。他の騎士はその姿をにやにやして見ている。誰も助ける者はいない、下手に擁護すると自分に矛先が来るかもしれない。こんな時は知らぬ振りをするのが平民の処世術なのだろう。


「騎士の行軍を邪魔するということは国に対する反逆だよな。ばばあ、この落とし前、どうつけるつもりだ?」


 突きつけた剣をゆらゆらと揺らしながら、残忍な笑顔を浮かべている。権力や暴力の愉悦に酔った顔だ。


「あ~あ、つまらん。どこに行っても騎士や貴族は変わらんな。」


 静まり返った街中に大声が響き渡った。その声の主を探すべく馬上の騎士達がまわりを見渡すが、道行く人々は自分が厄災に巻き込まれない様にと必死で視線を逸らす。その中に一人騎士達から目を離さないガイラがいた。


「今のはお前かっ!今なんと言った?もう一度言ってみろ!」


「つまらん奴だと言ったのだ。弱い者にしか剣を向けられないのか、恥を知れよ。」


 今度は明らかな悪意を込め面と向かって罵倒した。ガイラはそのままゆっくりと近づく。その迫力に騎士と群集が二つに割れた。その真ん中を無人の荒野を進むべくガイラが歩く。はっと気付いた騎士がその行き先を遮った。


「貴様、我等を愚弄するともりか!」


「なんだ、愚弄されたことは分かるみたいだな。)


「我等連合王国近衛騎士に向かってなんたる暴言!もはや許さん。斬り捨ててくれるわ!」


 先頭にいた騎士が手にしていた剣を振り下ろす。ガイラは跳び下がってその剣筋を避けて身構えた。


「初めからそうしろよ。俺としてもこっちの方がいい。」


「貴様っ!」


 ガイラの手がちょいちょいと挑発的に動くと、先頭の騎士が怒声と共に再び剣を振り下ろした。群集から悲鳴が上がる。傍から見るとガイラが真っ二つにされた様に見えたのだ。


 カランカラン。乾いた音が響き、折れた鉄の剣先が地面に転がった。


「なっ!」


「遅い!」


 ガイラは驚いている騎士の右手首を取り、一気に引き下ろす。地面に口付けするとこになった騎士の頭を軽く踏みつけると、他の騎士達に視線を送った。


「ほら、一人死んだぞ。次は誰だ、面倒だからいっそのこと全員でかかってこいよ。」


 ガイラの挑発に真っ赤になった騎士達が一斉に抜剣する。それでも一斉にはかかってこようとはしない。


「なんだ、来ないのか。じゃあこっちから行くぞ。」


 ガイラは目にも止まらぬ速さで馬と馬の間を走りぬける。一番後ろにいた騎士の馬の尻を思いっきり手の平で叩いた。


 ヒヒーン!あまりの痛みに棹立ちになった馬から騎士が振り落とされ、自由になった馬は目の前にいた騎士達の馬に何度もぶつかりながら走り去った。騎士達は暴れる馬を必死で抑える。その動揺をのさなか馬の間をガイラが潜り抜ける。ものの一分と経たず場上にいる騎士は一人もいなくなった。

 

「婆さん、あんたも気をつけろよ。つまらんことで斬られたら損だ。」


 ガイラはしゃがみ込んだままの老婆を起こすとその手に1Gを握らせた。そして地面に転がっていた果実を一つ手にするとその場を立ち去った。

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