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開港

「例の者からの連絡はまだないのか?」


「例の者とはローザラインに潜入させたバルヒェット男爵のことでしょうか?」


「フン!名など知らぬ。一男爵の名などいちいち覚えてなどおらぬわ。」


 シュタウフォン公の言い様に応対していた文官だけでなく、大臣執務室にいる全ての者が公爵の機嫌が悪くなったことを把握した。


「もっ、申し訳ありません、失言でした。まだ連絡はございません。」


 平身低頭、床に額を摩り付けてでも謝罪する。公爵の機嫌を損ねてその場で首になった者は少なくない。それどころか文字通り首が飛んだ者もいるのだ。


「どいつもこいつも使えぬ奴等ばかりだ。たかが平民一人消すことが出来ぬとは無能にも程があるわ。」


「で、ですが、平民とは仰られますが仮にも一国の宰相、そう簡単に事は運びません。やはりこの計画は無謀であったと愚考致します。」


 必死で言い訳する文官を冷たい目で公爵が見下ろす。周りにいた者達は公爵の逆鱗に触れることを恐れて目を合わせることすらしない。


「そうか、そうか、無謀か。そなたは無謀と申すか。ならばなぜそれを先に言わぬ。事が終わってからならなんとでも言えるわ・・・・・もうよい、そなたの顔など見たくないわ!」


 最初は笑いが混じった声で徐々にそれが怒りに変わり、最後には怒声が大臣執務室を越え城の二階中に広がった。怒声を浴びせられた文官は這いずる様にして退室していく。その姿を目にした者はそれが近い未来の自分の姿かもしれないと思った。


「先の者達の身内はどうなっておるか?」


「はあ?先の者とは退室したホルツマン殿のことですか?」


「・・・・・何を聞いておった!・・・まあよい、先の者とは蛮国に行かせた者のことだ。どこから秘密が漏れるとも限らん、速やかに処分させよ。」


「はっ!承知致しました。すぐに手配致します。」


 命令された文官は手にしていた書類もそこそこに部屋を飛び出して行った。苦虫を噛み潰した様な顔をしている公爵の機嫌を損ねないように。部屋に残った文官達は少しでもよい報告ができるないものかと、無言で相談していた。


 それから二時間後、シュタウフェン公は例の者達の身内ほとんどがどこかに消えてしまったと報告を受けた。その後、当然のごとく報告した者がどこかへと飛ばされたのは記すまでもないことである。


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 グランローズ海峡にゆっくりと巨大な船が入ってくる。工事が始まって三ヶ月、その成果を試す時が来たのだ。陸にいる者、水の中で待機している者、船の上にいる者、全ての者が固唾を飲んで船の通過を見守っている。陸と海に配置した監視員の手にある警告を示す赤い旗は振られていない。海峡の半ばの港に船が接岸して白い旗が振られた。狭い海峡に拍手喝采が響き渡る。


「よかった、まだ半分だが成功したみたいだ。」


 誰にと言うわけではないがそう呟いた。先日からマギーの調子が悪いので、メタルマに帰して静養させてるのだ。


「おめでとうございます、宰相殿。続いて残り半分の実験を行ないますがよろしいですか?」


 髭面の強面のクヌートが遠慮がちに話しかけてくる。この男は見た目と違って結構繊細なところがある。


「ああ、そうだな。心配は要らなかったみたいだね。」


「当然です。宰相殿と我々の渾身の事業です。失敗することなど考えられません。」


 褒めてくれているのか、自らの功績を誇っているのか、両方が入り混じった様な口調で胸を張っている。


「クヌート、君がいなくてはこの事業は完成しなかっただろうね。感謝している。」


「いや、その、頭を上げてください。俺みたいな者に勿体無い。俺達は皆、この国の為に働けて光栄に思っています。」


「そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、昼からの実験は任せる。」


「お任せあれ、絶対に成功させてみせますよ。では失礼します。」


 クヌートが小型の船に向かって走っていく。おそらく対岸に渡って残りの実験計画を確かめるつもりだ。ここまま実験を続けてもまず問題ないだろうが、できることは全てやらなければ納得できないらしい。大胆にして繊細、50m以上を素潜りできる体力だけでなく、水中で緻密な作業もできる強靭な精神力の持ち主で、現場作業員の信頼も厚い得難い人材だ。元々どこかの貴族の荘園で農奴頭をやっていたらしいが、手放した貴族は見る目がなかったとしか思えない。売られた理由は見た目が気に入らないだそうだ。酒に酔ったクヌートが苦笑いをしながら語った時、俺には何も言うことはできず開いたグラスに酒を注いでやったことを覚えている。


 さてこれで海峡のことはもう何も心配いらない。船から降りてくる船長代理を迎えに行くことにした。


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「お久し振りです、船長。いつまで丘の上にいるつもりですか?」


「そう言うなよ、ドラーフゲンガー船長代理。俺だって船の上の方がいいが、今はそれは許されないようだよ。」


 降りてきたドラーフゲンガーは形だけの敬礼をした後、その手を前に出してきた。俺も手を出して硬い握手をする。この男は元々伝承の町で漁業を営んでいた男で、まだ神の結界がある頃から小さな船で遠くまで獲物を取りに行っていた命知らずだ。それにちなんで命知らずを意味する姓を与えた。今は俺のいないこの船を任せているが、俺のことをずっと船長と言ってくれる数少ない者の一人だ。


「それは残念です。また一緒に海を行きたいものですな。がっはっはっはっはっ!」


「そうだな。で、例の首尾はどうなった?」


「無事に南の町に送ってきましたよ。結構な人数でしたが大人しかったので楽なものでした。でも転移の魔法で送ればよかったのではないですか?」


「ん~、まあそうなんだが、あれは便利すぎて距離を忘れる。彼等はもう故郷に戻れない、それを理解して欲しかったんだ。」


「なるほどねえ、相変わらず優しいんだか、きびしいんだか分からん人だ。送っていった人もそんなことを言ってましたよ。」


 ドラーフゲンガーがにやにやと俺を見ている。腹が立ったので軽く叩くが、硬い腹筋に阻まれてなんの効果もなかった。


「で、南の町に行って終わりじゃないだろう。他にはどこに行った?」


「小型快速船の実験の為に暗黒大陸中央の川を遡りました。噂に聞いた原始の村がありましたよ。。まあ船の実験も成功と言っていいでしょう。これが報告書です。」


「ふむ、あとで読むことにするよ。あれがうまく行くならヘンドラーでも使えるだろう。」


「ヘンドラーですか・・・また良からぬこと考えてますね~。ノイエブルクの連中が憤慨しますよ。ああそうだ、で思い出しましたがエグザイルの商人がノイエブルクに大型船を売るそうです。その商人の話によると言い値で買ってくれたそうで、大喜びしていました。」


 悪そうな笑顔を浮かべて、さも面白かった様に語る。想像できることだが最初は断られるぐらいの高い値段をふっかけて徐々に値段を下げる、そういった交渉をするつもりだったのだろう。ノイエブルクの貴族の連中はそんな駆引きなどしない。彼等は偉そうにしていれば平民は自ずと畏まると思っているのだろう。


「馬鹿だね、買ってからの方が大変なことに気付いてないのかな?運用できるだけの船員はいるかね。」


「船員はしばらくはレンタルです。十分に儲かったのでアフターサービスは無料でやらせてもらうそうですよ。」


「そうか、なかなかできる商人だ。次に会ったらその船の情報を貰っておいてくれ。交渉はドラーフゲンガーに任せる。必要ならいくらか出してもいいが、事前に連絡してくれよ。」


「いえ、実にそう言われると思って、ある程度話はしてあります。金より別の何かが欲しいと言ってましたので近いうちに引き合わせるつもりでした。」


「了解だ、時間は先方に合わせよう。それで他には何かないか?」


「朗報です、連合王国が正式に弁務官事務所の設立を認めてくれました。前に送っていったガイラ殿が働きかけてくれたようですよ。」


 想像しないところで懐かしい名前が出てきた。詳しい話を聞く為にドラーフゲンガーを仮の港湾事務所へと迎え入れた。

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