実力行使
森の中で男達が何かを掘り起こしていた。一人はその隣に立っていて命令をしているだけだが、誰も文句を言わない。
「だから言ったんだ、始めからこうすべきだと。お前の言うことを聞いて余計な恥をかいたわっ!」
「ちょっと止めてください。私に当たることはないでしょう。あれはこの国に不和の種を蒔けとの本国からの命令です。」
「ふん、何を悠長なことを!役に立つなら使う、邪魔なら消す。それだけのことだ。」
「ですがあの男はかなり強いと聞いています。簡単に消すとは言いますが危険を伴います。」
「はん!強いと言っても魔法使いだ。奴に魔法を唱える時間を与える暇もなく、この数の飛び道具で撃てばいちころだ。」
地面から掘り起こされた布の包みを開くと、そこにはたくさんの武器。勿論この男達が隠して置いた物で論戦に負けた今、実力行使に打って出るしかなくなったのである。束ねてあった鉄の剣を解き各自に配り、さらに奥にあるボウガンを一人一丁ずつ手にする。リーダー格の男はクォレルをセットし、近くの木に試し撃ちをする。発射されたクォレルが木に突き刺さった。
「分かりました、私も覚悟を決めます。ですがどうするのですか?都合よく奴が一人でいるとは限りませんよ。それに奴はあの村に滞在していません。どうやっているかは分かりませんが、夜にはどこかに移動しているようです。」
「くそっ、忌々しい奴だ。寝込みを襲うこともできんのかっ!」
腹立ちまぎれに足元に落ちている石を蹴飛ばす。その石に当たりそうになった者が舌打ちするが、面と向かって文句は言わない。そうしている間に霧が立ちこめてきた。
「なんだよ、これだから辺境は嫌だ。よくこんな所に住もうなんて考えるものだ。やはり下賎な者の考えることなど理解できん。」
「ここの海峡が重要な地だからです。海が近いから霧が出やすいと思われます。」
「余計なことを言うな。そんなことどうでもいい。」
リーダー格の男が部下の暴言を吐くと、周りにいる者達が心底軽蔑したような目をする。長いこと付き従ってはいるが心酔しているわけではない。隷属しているのか、金で雇われているのか、どちらにせよ機会があれば離れたいと思っていた。
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「ノイエブルクに帰るなら、これまでの給料を払ってやろうと思って来たのだが、とんだところにでくわしてしまったな。」
霧が立ち込める中、姿を現してそう声をかけた。俺の声と姿を認めた彼等は手にしていたボウガンを俺に向かって構える。
「こんな所にのこのこやってくるとは貴様は馬鹿なのか。やはり下賎の出の者、いかに重職にあろうと自らの命を大事にできぬようだ。」
「ほう、正しいことも言えるのだな、俺もその考えには同感だよ。さっきも言ったが払うべき物は払わなくてはいけない。この村で働く者にはローザラインの城で働く兵士と同じ給金を与えている。週に250G、あんた達は6人いるから全部で1500G、この袋に入れてあるから受け取るがいい。」
そう言って足元に金の入った袋を置く。先頭に立っている偉そうな男が残忍そうな目つきをした。
「はっはっはっ!殺される為に金を払いにくるとは馬鹿な奴だ、撃てっ!」
その合図で男達のトリガーが一斉に引かれた。飛び出したクォレルが立ったままの俺に迫る。次の瞬間彼等は信じられない光景を目撃した。俺に当たるはずのクォレルは何もないかの様に通り過ぎ、後ろの木に次々と突き刺さった。
「何時からそこにいると錯覚していた?」
笑いを堪えて彼等に問う。霧に紛れて近づき彼等に幻影の霧の魔法を使用した。彼等に俺の正確な位置を把握できないことを分かっていて、さっきまで話していたのだ。
「・・・なん・・・だと!?一体これはどういうことだ?」
「簡単なこと、霧に俺の姿を投影しているだけだ。」
「くそっ、卑怯だぞ。姿を現せ!」
「卑怯ね、人を暗殺しようとしていた奴に言われたくないな。まあ、卑怯と言うのは俺も同感だがね。」
「何を訳の分からないことを言っている。出て来い、出てきやがれっ!くそ、霧に紛れて俺達を殺るつもりか。おい、お前達私を囲って円陣を組め。そうすればどこから襲ってこようが怖くない。」
俺がどこにいるか分からないので必死で回りを探っている。探すのを諦めたのか自分を中心に円陣を組ませた。範囲攻撃魔法を知らないのなら、あながち間違った判断ではない。
「なるほど、只のぼんぼんではないようだな。だが俺からは手を出さない。と、言うより出す必要がない。あんたが今まで周りの者をどう思い、どう扱っていたか、それが明暗を分けることになる。」
《俺は魔力を5消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ、
おお、万能たる力よ、光となりて偽りを映せ!confusionem(混乱)!》
完成した魔法は円陣の中心に立つ男の目に偽りの映す。奴の目には周りにいる物が敵に見えるだろうか?味方に見えるだろうか?
「どうしたお前達、なぜ私に剣を向ける。裏切ったらお前達の身内がどうなるか分かっているのか!」
わめきながら剣を目茶苦茶に振り回し始めた。円陣を組んでいたことが災いとなって、剣が当たった者から血が飛び散った。
「止めて下さい、止めて下さい、男爵様!」
「黙れ、黙れ、黙れ、黙れーーーー!!!もういい、お前達など要らぬ、要らなくなったものは処分するする。死ね、死ね、死ねえー!」
錯乱した何某男爵が回りにいる仲間に斬りかかる。しばらく防戦一方だった周りの者が次第に応戦し始めた。そして5分と経たず男爵は、仲間であった者の手にかかってその身を地に伏せた。残った者達はその結果に呆然と立ち尽くしている。
「どうしましょう?望んだことではありませんが男爵を殺ってしまいました。もうノイエブルクに帰ることはできません。」
「そうだな、どう弁明しようと男爵を殺したことを咎められる。そうなると三族皆死刑となるに違いない。かと言ってここローザラインに亡命を望む程恥晒しにもなれぬ。もしそうしたとしても、我々が宰相殿にたて突いたことはあの村にいた者全てが知っている。たとえ宰相殿が許しても他の者は我々を許さないだろう。」
「ではどうするのですか、まさかこのままのたれ死ねとでも言われるのですか!?」
「ふう、国に残してきた家族のことを考えるのならそれが正解かもしれないな。任務の結果死んだのなら咎められることもなかろう。どちらにせよ、ノイエブルクにもローザラインにも我々の居場所はない。」
「じゃあ他の、ノイエブルクの手の届かぬ所にでも行きますか。」
「悪い案ではないが、どうやってそこまで行くのだ。我々に外洋を渡る術はない。」
その言葉に問いかけていた者達は言葉を失った。なかなか冷静で正しい判断をする者もいるようだ。このまま朽ち果てさせるには惜しい。
「俺が送ろうか?他の町でよければ俺が送るぞ。」
今度は本当に霧の中から姿を現し男達の前に立つ。彼等は手にしていた剣を俺に向かって構えた。
「止めろ。今更血を流しても仕方が無い。一つ聞きます。さっきの言葉は本当でしょうか?」
「ああ、本当だ。うちで仕えさせるわけにはいかないが死なせるには惜しい。」
「ではこいつ等を頼みます。私はノイエブルクに帰って責任を取ります。」
「なっ、何を言われるのです。あなたが責任を取るというなら我々もついていきます。」
「馬鹿なことを言うな。戻った者は三族まで死刑になるかもしれないと話したばかりだ。ならば犠牲は少ない方がいい。おそらく誰も戻らなかった場合はもっと犠牲は多くなるだろう。だから私が戻る、私の家族には悪いがそれが少しでも上に立った者の責任だ。私の家族も分かってくれるだろう。」
胸を張ったまま何でもないことの様に言ってのけたその男に、周りの者が再び言葉を失った。
「ああ、もう、これだから武人という奴は困る。必要なら自分の命さえ犠牲にしようとしやがる。残された者の身になれよ。多分こいつらは一生悔やむことになるぞ。あんたも他の者達の家族も面倒みてやるから短気は起こすな。いいな、後で人をよこすからここでじっとしていろ。」
これ以上話していることに耐えられなくなったので、それだけ伝えて彼等に背中を向けて歩き出す。後ろから声がかけられた。
「あんた、話に聞くほど悪い奴じゃないみたいだな。いや、むしろお人好しと言うべきか・・・お人好しは長生きできないぞ。」
余計なお世話だ。そう言おうと思ったがさっきの台詞が恥ずかしかったので、さっさとその場から立ち去ることにした。