白銀の竜
「おい、いつまでこうしてればいいんだ!もうこれ以上は無理だぞ。」
漆黒の竜の猛攻に耐えていたガイラがマギーに向かって大声を上げた。
「ケルテンが戻ってくるまでよっ!」
「本当に戻ってこれるのか?」
「疑っているのですか?いくらガイラでも許しませんよ!」
投げやりなガイラの台詞にアレフが怒りを示した。
「すまん、そういう意味じゃない。戻って来れない状態になっているかもしれないと思っただけだ。」
「もういいわっ!このままケルテンが戻ってくるまで耐えるか、逃げるか、二択しかないわよ。どうするの?」
「倒すって選択はないのかっ!?」
「どうやって倒すのよ、私の最強の魔法ですら表面で弾かれるのよ。あんたの拳は届くのかしら?」
「もういいでしょう、僕の剣もほとんど届きません。仲間内で喧嘩している場合じゃありません。マギーさん、回復をお願いします。」
一番前に出て攻撃を防いでいたアレフが仲裁し、回復を要請した。
「分かったわ、回復するから30秒後に私の下に集まって!」
アレフが徐々に下がり、ガイラも攻撃を避けながらマギーの下へと集まる。マギーの魔法が完成し、三人の全身の火傷や打ち身が癒され活力が蘇った。しかしここまでで範囲治癒の魔法を使用した回数は10回を越え、マギーの顔色は蒼白である。すでに左手の祈りの指輪の宝玉は砕けて存在していない。
「ふはははははっ!まだあがくか、なにゆえもがき生きるのか?滅びこそ我が喜び。死に行く者こそ美しい。さあ我が腕の中で息絶えるがよい!」
竜の口から炎が吐かれ、集まっていた三人に叩きつけられる。さらに漆黒の闇が3人を包み込んだ。
「キャアァァァァーーー!!!」
マギーの着ている水の羽衣とガイラの竜闘着は炎に対して耐性はあるが、冷気に対する抵抗はない。漆黒の闇に包まれた場所が凍り付く。唯一防御効果の高いアレフがマギーに駆け寄って治癒すべく詠唱を始める。
「ぐふふふふっ、お前達の悪あがきは美しかったぞ。さあ、もう死ぬがよい。」
アレフ達三人を再び炎と冷気の嵐が襲う。マギーとガイラは訪れるであろう死を覚悟した。
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入った時はあっという間に来れたはずなのに、戻りは異様に遠く感じた。闇の中をどこに行けばよいのか分からないまま進む。外の様子がぼんやりと見える。漆黒の竜と闇の衣による同時攻撃でマギーが吹き飛ばされるのが見えた。
《俺は魔力を60消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ、
おお、万能たる力よ、血、肉、骨となりて、我等全てを癒せ!》
右手に光の宝玉を抱えて闇の外に飛び出る。
『Spatium Magna Sanitatem(空間大治癒)!』
追撃とほぼ同時に俺の魔法が発動する。荒れ狂う炎と冷気の嵐の中でアレフ達が癒しの光に包まれた。三人の視線が俺に集中する。
「ケルテン!」
「学者!」
「ケルテンさん!」
「間に合ったか。すまん、遅くなった。」
三人に駆け寄り、アレフの手に光の宝玉を渡した。渡されたアレフが何か聞きたそうな顔をしている。
「説明は後だ。アレフ、その玉を掲げろ。パワーワードは『光よ、闇を祓え!』だ。」
「あっはい・・『光よ、闇を祓え!』」
アレフの右手が天に向かって光の宝玉を掲げ、祈りの言葉を叫ぶ。光の宝玉と神の装備についている宝玉が光り輝き、王座の間を光で満たした。
「ぐわあぁぁぁっぁぁ!なんだ、この光はっ!・・・・ウォォォォー・・・・・目が目がぁぁぁぁぁ!!!」
光で何も見えない中で魔王の叫び声だけが聞こえる。
「おのれっ、またお前か、なぜここにいる?またしても我の邪魔をするのかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
光が止みつつある中でどこかから大魔王であろう言葉が吐き出された。
「竜の神よ、聞けっ!今こそ誇りを取り戻せっ!光はお前の敵ではない、光を受け入れろ。闇の支配を撃ち破れっ!」
「闇・の・・・支配?光は・・・敵・・・・・・うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
漆黒の竜のいた場所から爆発したような閃光が放出された。魔王の叫び声が止んだその後に、漆黒の鱗を脱皮するかの如く、光り輝く白銀の鱗を持つ竜が中から現れた。闇の衣はその光を避けるように隅へと移動している。
「なんだ、この感覚は?体が軽い・・・いや軽いのは頭か。靄がかかっていたような意識がはっきりとしてくる。わしは誰だ、なぜこんな所にいる?」
「お前は竜の神の生まれ変わり、大魔王によって地に堕とされていたのだ。」
「竜の神?・・そうだ、わしは大魔王の力を封じる為にほとんどの力を使い尽くした。そして残った力で転生したのだった。そのわしがまさが大魔王の意識に乗っ取られていたとは・・・・・おお、勇者よ、感謝するぞ。わしは炎と大地、光を司る竜の姿持つ神。今ここに本来の使命を思い出すことができた。」
真の姿を取り戻した竜の神が、光の宝玉を掲げるアレフに視線を送り謝意を示した。声をかけられたアレフが所在無さ気に俺を見る。ガイラとマギーは今の状況を理解できずに、視線を俺とアレフと竜の神を往復していた。
「使命を思い出したのなら、そこの闇の衣を消し飛ばしてくれるか。そうすれば新たに魔王が現れることはなくなるはずだ。」
俺はこの大広間の隅に避難している大魔王の残骸を指差した。
「おお、そうであった。わしを支配していた忌々しい闇の意志よ、この世界から消えよ。」
竜の神の口から光り輝く炎が闇の衣へと叩きつけられる。蒸発するように闇の衣が消えていく。
「おのれ・・・我が・・消えていく・・・・・おのれ・・・おのれっ!おっ・・のー・・・・・れっ!」
断末魔の叫びを上げると大魔王の怨念が、完全にこの世界から消え去った。
「終わった、全て終わったぞ、アレフ。」
「これで終わりですか?でもまだここにいますよ。」
「いいんだ、神の使命を思い出した竜の神が人間に害を及ぼすことはない。」
「そうだ、人の子よ、お前の言う通りだ。闇に堕ちたわしを光の下に戻したのは光の子、そなただ。」
「光の子ですか?」
「光の子って何よ?」
アレフとマギーが不思議そうな顔で疑問を口にする。
「ああ、一説によると勇者は光を司る神の血筋らしい。結果だけを言うと正しかったようだな。」
「はあ、よく分かりませんがそうなんですか?」
「そうだ、正確には風と水、そして光を司る神の末裔。その血は薄くなりほぼ人間と変わらなくなってもわしを目覚めさせるに十分であったようだ。そなたがいなければ私は闇に飲まれ、地に堕ちていただろう。」
「まあ、アレフはアレフだ、それ以外の何者でもないさ。さあ、もうここにいる必要はない。城に帰ろう。」
「そうか、ならばわしが送ろう。背中に乗るがよい。共にこの世界を目にしようではないか。」
白銀の竜が前脚をつき、俺達を背中へと誘う。俺は遠慮せずにその大きな背中に乗った。
「では失礼します。」
アレフが一言断ると恐る恐る竜の背中に乗る。それを見たマギーとガイラもしぶしぶ竜の背中へと登った。
「では行くぞ、しっかりと掴まっているがよい。」
竜の神の声が聞こえた瞬間目の前が光に包まれ、地下のよどんだ空気が消えて新しい風を感じた。すごい勢いで白銀の竜が天に向かい急上昇を始めた。
「おお、体が軽い、翼が軽いぞ。どこまでも登っていけそうだ。」
猛烈な風、必死でしがみつきながら心底楽しそうな竜の背中をタップする。
「悪いが人間の俺達にはこの速さと高さはきつい。」
「おお、そうであった。あまりの喜びに我を忘れた。では少し高度を下げて、この世界を隅から隅まで眺めるとしよう。」
竜の神は高度を落としてノイエラントを飛ぶ。空と海の彼方に不可思議な障壁が見えた。
「ぬう、なんだこれは?世界に、空に、海に限りがあるだと・・・?」
「多分神による結界だ。魔王をこの地から出さぬ為、精霊神によって施された結界だろう。」
「そうか、ならばもうこの結界は不要だ。閉ざす結界よ、今ここに世界を解き放てっ!」
竜の神の宣言により結界が割れ、消滅していく。その先には無限に続く空、眼下に広がる大海、そして新たなる大地が見えた。