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権謀術数

 翌朝、国や街に帰る来賓全てに挨拶がてらお詫びをしていた。結局犯人の証拠も上がらず、しかも毒の後遺症でやつれている為、お詫びに真実味が出ていて対応に困っている。ほとんどの者は俺の顔色を見て本気で心配しているようだ。それがたとえ金の成る木が倒れるのを心配しているだけだとしても悪い気はしない。だが今目の前にいるこいつだけは違う。さっき俺を見た瞬間に驚愕と不安が、すぐにそれを隠すように貼り付けたような愛想笑いが顔に出ていた。


「昨日は大変失礼致しました。普段飲み慣れない酒の為か、悪酔いしたようです。さぞご気分を悪くなされたでしょう、平にご容赦を。」


 ここは煮えくり返る様な心の内を隠して平身低頭、謝罪の言葉を口にする。


「いえいえ、気になさることはありません。体調の悪いときはお互い様です。いや、それにしても宰相殿がご無事でよかったと皆口にしております。天下に名高い宰相殿を失っては貴国も大変でしょう、ご自愛なされませ。」


「お心遣いに感謝致します。ですがバーゼル男爵、ご心配はご無用です。私がいなくともローザラインは成り立ちます。では我が国の誇る転移の魔法にてお好きな場所までお送り致しましょう。」


 片手を挙げて転移の魔法が仕える使用人を呼ぶ。バーゼル男爵以下数名の貴族が使用人と共に迎賓館から出て行く。その姿が見えなくなるまで、顔には笑顔を貼り付けたまま立っていた。


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 ローザライン城会議室、実質我が国を運営している数名が円卓を囲んでいる。ただしアレフは新婚旅行と称して商人の町に行かせているのと、グレンゼに出向しているクロウはここにはいない。メタルマ自治区長のマギー、武官の長のアイゼンマウアー、武官副長のゲオルグ、宰相秘書官のドゥーマン、外交、典礼担当のシャッテンベルクの5人が深刻な顔で俺の顔を見ていた。


「昨晩は心配をかけてすまなかった。無事とは言いがたいが命には大事無い。」


「本当に大丈夫か?顔色が悪いぞ、誰かに治癒魔法でもかけてもらったらどうだ?」


「ゲオルグ、礼を失してはならぬぞ、少しは慎め。いや、宰相殿、警護責任者として不手際をお詫びせねばならぬ。」


「構いません、アイゼンマウアー殿。使われた毒薬は極めて少量と思われますから、誰が警備をしていても防ぐことなど不可能でしょう。まあ狙われたのが私でよかった。ああ、それと今は治癒魔法は使えない。毒が抜けきらないうちに回復魔法を使うと逆効果になる場合がある。解毒の魔法と言えど万能ではない、せめてなんの毒を使ったのか分かるといいのだが・・・。」


 毒の種類が分かって初めて解毒の魔法は完全に効果がある。今回のような不明の毒には応急手当にしかならない。さらに身体に毒が残っている間に治癒の魔法を使うと、毒自体が活性化しないとも限らないので注意が必要だ。


「そこでアイゼンマウアー殿に一つ頼みがあります。影を貸して頂いてよろしいでしょうか?」


「勿論です。ではしばしお待ちを。」


 アイゼンマウアーが席を外して、しばし無言の時が流れる。戻ってきたアイゼンマウアーの後ろに特徴の無い男が立っている。


「おれっちを呼んでいるとか、何か御用で?」


「おい、失礼の無い様にしろ。」


「構いませんよ、こちらがお呼びしたのですから。もちろん用があるからお呼びしました。一つお聞きします、ノイエブルクの王族の屋敷に忍び込めますか?」


「当然だね、おれっちに忍び込めない場所は数えるほどしかねえ。ちなみにその一つはあんたの屋敷だ。」


 一切悪びれることなくそう言ってのけた男に、白い目が向けられている。


「褒められたと思っておきましょう。ではお願いしたい、まずバーゼル男爵の屋敷に忍び込んで下さい。調べてほしいことは交友関係、領地の運営、男爵自身の嗜好など全てです。できれば今回使用された毒と解毒薬の入手して下さい。」


「嫌だと言ったら?」


「他の人に頼むだけです。近いうちに最適な人材が来ます。」


「OKだ、おれっちの真価を見せてやるよ。安い挑発だがここはのってやろう。」


「ですが、もしあなたが捕まってもローザラインでは引き取ることはできませんよ。」


「当然の話だ。影が捕まった時は自ら命を絶つと決まっている。」


「結構です、でしたら、できる限りのバックアップはさせてもらいます。シャッテンベルク殿、バーゼル男爵とは如何なる者でしょうか?残念ながら私の記憶にはありません。」


 元々マギーの家の執事長であったシャッテンベルクは外交、典礼だけでなく、横のつながりを利用した諜報も担当している。


「バーゼル男爵は元老院に近い貴族の一人ですが、その実体については詳しいことは存じておりません。領地の運営でも悪い噂はありませんので、当方への農奴の流出も確認できていません。今分かることは以上です。」


「参考になりますか?」


「十分とは言えないが、だからこそ調べ甲斐があるってもんだろう。」


「期待していましょう。では先に報酬を支払います。これをどうぞ、きっとあなたの仕事に役に立つと思います。」


 手元の紙に一つの魔法を書いて渡した。渡された紙を眺めて不思議そうな顔をしている。


「これは?」


「一時的に姿を消すことのできる魔法です。今のところ一人を除いて伝授した者はいませんので、覚えたらその紙は必ず処分して下さい。」


 今まで飄々としていたその男が唾を飲み込む音が響く。顔色が変わった姿が見れて嬉しい。


「いいのか?いや、そこまで買ってくれるのなら期待に沿える様努力させてもらう。じゃあな!」


 それだけ言い残すと、消える様にその場から立ち去った。


「ねえ、ケルテン、それで調べてどうするの?」


「分からん、調査結果次第だ。このまま何事も無く済ませることだけはしない。」


「表沙汰にはしないの?多分だけど、陛下が知ったらそうするわよ。」


「駄目だ、証拠がない。それに王妃の顔に泥を塗ることになる。実害はなかったのだから、こちらも向こうの流儀に従って対抗させてもらう。そうだ、王妃で思い出したが一つ決定事項を伝えておく。王妃の父上でもあられるライムント16世陛下が退位することは皆も知っていると思うが、退位後は我が国に来てもらう。王立学院の初代学長の座についてもらうと、本人と陛下二人のご了承を得てある。」


 俺の言葉にアイゼンマウアーが安堵の表情を浮かべた。退位後の去就について心配していたのだろう。


「おいおい、とんでもない人選だな。あちらさんは知っているのか?」


「ノイエブルク側なら何も知らない。隠居すると見せかけてこっちに転移させる。」


「ほとんど誘拐だな。」


「ノイエブルクにいるよりましだ。退位して権力を失った王にどんな結末が待っているか、それは歴史が物語っている。復権を恐れるあまり暗殺されるか、復権を望んで討って出るか、新体制に不満を持つ者に担ぎ出されるか、いずれにしても禄な結果にはならないね。」


 俺の話に円卓を囲む者達が静まり返った。


「どうも宰相殿の知っている歴史は、我々の知っている歴史だけでは無いようです。その知識を我等が国、我等が国王陛下、我等が民の為に使われんことをこのアイゼンマウアー、心より望むものです。」


「世界が私を必要としている限りはそうするよ。では今すぐに私の知識が必要なことはないですか?」


「クロウはいつ帰ってくる?農場と養殖場の長がいないと困る。」


「早くて二週間、ライムント16世の退位と共に近衛騎士の内20名ほどが辞める予定になっている。彼等がグランゼに慣れるまでの辛抱だ。」


「了解、それまで俺とアイゼンの旦那の二人でなんとかするさ。じゃあ俺は行くぞ、まだやらねばならないことがあるからな。」


「おい、ゲオルグ!・・・これまた失礼しました。では私も所要がありますので退室させて頂きます。」


 ゲオルグが椅子から立ち上がって会議室を出て行くと、アイゼンマウアーが礼儀正しく退室の挨拶をして出て行った。

 

「ではライムント16世様のお迎えの準備が済んでいませんので、私も失礼致します。」 


 シャッテンベルクは一度マギーに視線を送ると丁寧に頭を下げてから退室していった。


「宰相殿、まだ毒が抜けていない様ですので今日は静養して下さい。出来る範囲で代行しておきます。」


 ドゥーマンが含みのある言葉を残して退室していくと、俺とマギーの二人だけが会議室に残された。


「どうしよう、マギー、急に休みがもらえたみたいだ。ただ思うようには動けないよ。」


「じゃあ、久し振りにアウフヴァッサーに行きましょう。あそこならゆっくりできるわ。」


 俺にむかってマギーが微笑む。その微笑は精霊神の微笑みに勝るとも劣らない、俺にはそう思えた。

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