王と騎士の違い
サイモン自身は乗り気ではなかったのだが、周りの人間の勧めもあってパーティーに出席していた。ローザラインの交易関係者が連れてくる他の町の商人との面会に忙しい。疲れを感じてきた頃、やっと面会する者もいなくなり、一人グラスを片手にパーティー会場を眺める余裕が出来てきた。
「よおっ、ダニエラ嬢じゃないか。ずいぶんとお疲れの様だな。」
視線の先にダニエラを見つけたサイモンは、うんざりしている様な顔をしている男装の麗人に声をかけた。
「これはローゼンシュタイン近衛騎士隊長殿、お久し振りです。」
正式な敬礼をしようとするダニエラに、サイモンは軽く右手を上げてそれを制した。
「俺はもう近衛騎士隊長じゃない。ん?どこかで聞いたことのある台詞だな。まあいいや、なんの因果か知らんが今の俺は開拓村グランゼの領主だ。なんと辺境伯の称号がもらえることも決まったそうだ。」
「それはおめでとうございます。ですがその割にはお喜びになってはおられぬ様子、何かありましたか?」
「まあね、聞いた話だと本国では辺境伯がお似合いだと揶揄されている。辺境ということは事実だから反論のしようもない。それよりお前さんの方が浮かない顔をしているがどうかしたのか?」
自虐的に今置かれている状況を笑ったサイモンが、今度はダニエラを気遣った。ダニエラの端整な顔の眉間には皺がより、近寄る者を牽制しているかの様に見えたのだ。
「いえ、なんでもありません。このようなことには慣れておりますのでご心配なく。」
「ああ、またあれか。最近は聞くことはなかった話だが、物珍しさに近寄ってくる連中には事欠かないみたいだな。」
サイモンはダニエラの風聞を思い出した。それは王女の侍女武官になったダニエラは、若い貴族の子弟や御用商人の注目の的になっていた。物珍しさだけで言い寄る者、強さが本物かどうか確かめに来る者、うっとしいことこの上なかったのである。ここ最近は珍しくなくなったのかそういう者はいなくなったのだが、今回の来賓はノイエブルクからの者だけでは無い為、同じことが繰り返されたようだ。
「そんなところです・・・・いえ、もうこの話題は止めましょう。しかししばらく見ない間にローゼンシュタイン殿も、ずいぶんと日にお焼けになられたようです。礼服が似合っていません。」
「やっぱりそう見えるか。ここ半月はずっと野良仕事しかしていない、日焼けはそのせいだ。剣もずいぶんと握っていない、握っているのはペンと鍬ぐらいかな。」
「そうですか、久し振りにお手合わせでもお願いしようと思っていたのですが、期待できそうになさそうですね。」
「そうだな・・・・・あれ?」
ダニエラの質問に対してなんとなく返事をしていたサイモンは、椅子に座ったまま運ばれていくケルテンに気付いた。
「どうかしたのでしょう、どこか具合でも悪いのでしょうか?」
「ん~、どうだろうな、酒に酔っただけかもしれない。知らないだろうが、あいつほとんど酒を飲まないんだ。思考が鈍るのが嫌だとは言ってたが、ただ単に酒に弱いだけかもしれんな。」
「よくご存知なのですね、付き合いは長いのですか?」
「いや、そうでもない。五年前に半年ほど、それとここの宰相として現れてから少々の付き合いだ。妙に波長があってな、俺もあいつを買っているし、あいつも俺の何かを買ってくれているみたいだな。グレンゼにもあいつの腹心を出向してくれて助かっている。今日もクロウ、ああ出向されてきた者の名前な、クロウに村を預けてここに来ている。」
なんとも嬉しそうに話すサイモンにダ、ニエラは少し嫉妬のような感情が産まれたのを感じた。
「そう言えば、その宰相殿に忠告されました。世界はもう騎士を必要としていない、外の世界を見るべきだと。どういう意味か、お分かりになりますか?」
「ん~、どうだろう、騎士であろうと堅苦しく見えたのかもしれないな。俺の部下にもいたがな、平民出故により騎士らしくあろうとする者、貴族故に一族を背負っている者、お前さんも女性故により騎士らしくありたいとしていることが透けて見えたのだろう。」
「騎士であろうとすることが悪い、そう言われますか?」
サイモンの軽い口調に嘲りを感じたのか、ダニエラの口調に怒気が混じっている。
「ん~、何だ。悪いとは言わないがいいとも言えない。多分、騎士道に背くことなかれとか、主の為に死すべしとか、そう思っているだろう。だけど俺の考えは違う、道に背こうが目的を達する、命は簡単には捨てない。」
「それは近衛騎士隊長の座にあった者が言ってよいことではありませんっ!」
「そう怒るなよ、俺にだって分かっている。だが今の立場だとその方がしっくりくる。今の俺の主はフロンティアにいる3000の民であいつらを守るために奇麗事は言ってはいられない、そうも思っている。」
「正直ローゼンシュタイン殿の仰ることはよく分かりません。ですが、それを確かめる為にグランゼに行くことを宰相殿に頼んでみます。」
「ああ、いいぜ。だけど来たら一緒に仕事をしてもらうぞ。野良仕事か狩猟ぐらいしかないけどな。」
サイモンが笑いながらそう言うと、ダニエラの顔に初めて笑みが浮かんだ。
サイモンとダニエラの会話が途切れたのを確認した使用人が、二人に近寄り小声で話しかけた。
「失礼します。メタルマの自治区長殿から伝言です。これを・・・。」
使用人の手からサイモンの手に紙が渡される。それに目を通したサイモンの顔がきゅっと引き締まった。
「どうかしましたか?」
サイモンは黙ったまま手にしていた紙をダニエラに渡した。そこには宰相に毒が盛られたことと、発見が早かった為無事であること、それともし毒を盛られた時の対処方が書いてある。さらにダニエラ宛にローザマリー王妃の毒見を徹底しろともあった。
「これは・・・ローゼンシュタイン殿、この解毒の魔法とは如何なるものでしょうか?」
「毒を癒す遺失魔法の一つ、辺境では必要だと最近習ったばかりだ。まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。」
「分かりました。では私はローザ様の下に戻りますので、なにかあったらお願いします。」
ダニエラが少しの時間も惜しいといわんばかりにこの場を離れて、ローゼマリー王妃の下へと急ぐ。サイモンはそれを目で追いつつ会場全てを見渡した。
(まさかこんな直接的な手段に出るとは、本国の連中も無茶をする。いまさらあいつの命を奪っても遅いとなぜ気付かない。もし殺るのなら魔王の島から帰ってきたあの時しかなかった。俺は追放を言い渡された時のあいつの目を忘れん。沈痛そうな面持ちの裏で笑みを浮かべていた、あれは先を見据えた者の余裕だったのだろう。今やるなら恥も外聞もなくすがることだけだ、これで王家の未来も決まったな。)
怒りとも哀れみとも言えない感情がサイモンの心の内をかき乱す。仮にもノイエブルクに仕えていた者として王家の荒廃は望んではいなかったが、今この瞬間にその気持ちは消え去ってしまった。
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「どうなっておる。あの者は死んではおらんのか!」
「分かりません。ですがあれを持ち込んだ者によりますと、意識はあれど体を動かすこともできず死ぬと聞いています。おそらくただ眠っているだけと思われているのではないでしょうか?」
パーティー会場に設けられた幾つかの休憩室の一つで、苛立つ男爵に使用人の一人がぺこぺこと頭を下げている。当然、周りにいる者は見ない振りをしていた。
「そうか・・・だが此度の企みは必ず成功させねばならん。万が一にも生き延びることがあったら何をされるか分からん。そうだ、次の手はどうなっておる。」
「準備はできておりますが、正直気が乗りません。無差別故、同行してきた者達が飲まぬとも限りませんので・・・。」
言いにくそうに使用人が男爵に言い訳する。
「何生温いことを言っている、だからこそ意味があるのだ。当方の者が犠牲になれば私の仕業と気付かれることもなくなるはずだ。」
「確かに仰るとおりですが、このままでも男爵がやったという証拠はないでしょう?」
「そうではあるが、やはり念には念を入れろ。今すぐにやらせる・・・いや、それだけでは駄目だ・・・・急いであいつのグラスを処分させろ、証拠にならぬとも限らん。」
「分かりました。では急ぎ手配します。」
急いで使用人の一人が部屋から出て行く。残されたバーゼル男爵は椅子に座ったまま苛立ちを隠そうともしていない。周りにいる者達は自分にその苛立ちが来ないうちにここを出て行こうと、何か退室する言い訳を考えていた。




